「とりあえず殺そうか」
飛んでくるのがクラスメイトだと知って、夜霧は決断した。
「そうそう、空を飛んでるクラスメイトがいたらとりあえず殺すよねーって、なんでやねん!?」
ボケだと思ったのか、知千佳はノリツッコミをいれてきた。
「だったらどうするつもりなの? 俺たちをあっさり見捨てたあいつらと仲良くお話でもするのか?」
「え? その、マジで殺すとか言ってる?」
冗談だと思っていたのだろう。だが夜霧が本気らしいと気づいて知千佳は狼狽した。
「俺たちをここに放置したのは殺人行為に等しいよ。それはクラスメイト全員の罪だし、やり返されたって文句は言えないだろ?」
別に恨みがあるわけではない。だが、報復する権利はあるだろうと夜霧は思っていた。
「そりゃ……納得はいかないけどさ。何も殺すとか言わなくても」
「こっちにその気がなくても、敵対する可能性があるんじゃないかと俺は思ってる」
「え?」
そんなことは考えもしなかったのか、知千佳はぽかんとした顔になった。
「何のためにくるんだよ、三人だけで」
「索敵できるとか言ってたから、ドラゴンが死んだのがわかったんじゃない?」
「で、生きてるかもしれない俺たちを助けにくるって? 足手まといは放置するのがあいつらの方針じゃなかった?」
「はい、そのとおりでした」
矢崎の言葉を思い出したのか、知千佳はしょんぼりとなった。
「だからあいつらはクラスとは関係なく動いてて、その場合、目的はここに残されてる荷物かなと思う。そして、あいつらがクラスの奴らを出し抜いて戻ってきたんだとしたら、生き残ってる俺らは邪魔だよな?」
「憶測……だよね」
「そうだよ。けど、それなりに可能性はある。俺は壇ノ浦さんを守ろうと思ってるから、リスクはなるべく減らしたい。けど、壇ノ浦さんの意向は尊重するよ。少し様子を見てみよう」
「荷物が目的なら、隠れるとか逃げるってのは?」
「もう見つかってるだろうし、飛んでくる相手から逃げるなんて無理だろ。とりあえず誰が誰か教えといてよ」
夜霧でも顔がわかる程度に三人は近づいている。
知千佳によれば、左端の見た目はいいが軽薄そうなのが東田良介。
真ん中の茶髪で小柄なのが、福原禎章。
右端の小太りなのが花川大門とのことだ。
しばらくして、彼らは夜霧たちの数メートル先に降り立った。
「知千佳たん生きてるー! ナンデー!? これは予想外でござるよ! 死体をゾンビ化アーンド奴隷化して、やりたい放題する拙者の計画が台無しでござるぞー!」
花川の粘着質な声は実に気持ちが悪い。少し喋るだけで、ここまで人の気分を害することかできるのかと、夜霧は妙に感心してしまった。
「生きてる可能性はあるって言っただろ? ま、ドラゴンが死んでるってのは予想外だったけどな」
東田は楽観的で、どこかドラゴンを見下しているように見えた。
「バスにぶつかって首の骨でも折ったんじゃない? てかさー、生きてるほうがいいにきまってるじゃん。ゾンビにして操るとか発想がキモイんだよね」
馬鹿にするように言うのは福原だ。小柄で幼く見える容姿だが、どこか生意気な感じの態度だった。
「なんですとー! 福原殿の能力はとんだ宝の持ち腐れでござるよ! 拙者によこすでござる。ゾンビハーレムのために有効活用するでござるー!」
「僕、生きてるのを殺してまでゾンビ化するのはやだからね」
「ふふん、こんなこともあろうかと、奴隷の首輪の用意は万端なので! 生きてるのなら、福原殿に頼る必要はないのでござる!」
「キモイよ。なんで、そんなの用意してるんだよ」
「まあ、いいじゃねーか。最初は無理やりで後は従順になるとか、二度おいしいだろ」
「いや、拙者、陵辱系はちと苦手でしてな」
「だったらどっかいけば?」
「ですが、寝取られは大好物なのでござるよ。好きな子が目の前で、とか、その大変よろしいですな。そして、事後に優しく慰める役でも割り振ってもらえれば」
「お前、やっぱキモイ」
「お前らそれぐらいにしとけよ。壇ノ浦さん、ぽかんとしてるじゃねーか」
「そういや、高遠もいるじゃん。ほら、壇ノ浦さんを庇うみたいに前に出てさ、実に健気じゃない?」
「も、もしや、寝取られ彼氏役は高遠氏なのですか! ありえませんぞ! 知千佳たんは拙者のものでござる!」
「あ、いいな、それ。高遠なんかさっさと殺そうと思ったけど考え直したわ。いつもぼーっとしてるこいつが、女寝取られてどんな顔すんのか見てみてー」
「へえ。よかったじゃない、高遠くん。しばらくは生きてられるってさー」
すべては自分たちの思うがままだとでも言わんばかりの態度で、実に鬱陶しい。
やはり殺してもいいんじゃないかと夜霧は思いはじめた。
「その、なんなのかさっぱりなんだけど、仲よくできないってことだけははっきりわかった」
知千佳は夜霧に寄り添い、小声で伝えてきた。
これからどうするかを夜霧は考えた。
殺すのは簡単だが、それでは何も得られない。できるだけ情報を引き出したいところだ。
まずは話をしてみるか。夜霧がそう思ったところで、東田が先に動いた。
右手を前に出したのだ。
夜霧はその行為に危険はないと判断した。殺気がないし、掌は夜霧たちのほうをを向いていない。
「ファイアボール!」
東田の右手が輝き、次の瞬間、何かが夜霧のそばを通り抜けた。
それだけだった。
素直に考えればファイアボールとは火球を飛ばす類のものだろう。
だが夜霧はそれらしきものを視認できなかったし、それは背後のバスに当たったはずなのに何の音もしていない。
少し経ってから、とても重い物が落ちたような音が背後から聞こえてきた。
夜霧は振り向き、そこに異様な光景を見た。
バスの後ろ半分が消え去っている。
先ほど聞こえたのは、残ったバスのフレームが傾いて地面にぶつかった音だったのだ。
草原は一直線に抉られていて、むき出しになった地面が道のように森へと続いている。
森にはぽっかりと穴があいていた。つまり東田の放った何かは、軌道上の全てを音もなく消し去りながらどこまでも突き進んだのだ。
「相変わらず東田殿のファイアボールは常識はずれですな! チャージなしで、しかもランク1でこの威力! ヘルフレイムではない、ファイアボールだ、みたいな勢いでござるよ!」
花川がおだてるように言い、聞いている東田も満更でもなさそうだった。
反撃されることなどまるで考えていないなめきった態度だが、これほどの攻撃ができるなら全てがゴミのように思えても無理はない。
「俺は基本魔法しか使えないからな。こればっかりを鍛えまくったんだ。おかげで魔王すら倒せるようになっちまったよ。そうそう、カルオネ山の山頂を吹っ飛ばしたの俺なんだぜ?」
「あれは東田殿だったでござるか! さすがは勇者様、さすゆうですな!」
「東田は勇者でいいよね。俺なんか魔王軍の下っ端死霊術使いからの成り上がりだったんだよ?」
彼らが何を言っているのか、夜霧にはさっぱりわからなかった。
聞いている限りでは、この世界や賢者から与えられたギフトに熟知しているように思えるが、彼らがバスを離れてからそう時間は経っていないはずだ。
「つーわけでだ。こっちの実力はわかっただろ? 抵抗は無駄だ。壇ノ浦はこっちに来いよ。高遠はそこで見とけ」
デモンストレーションは充分ということだろう。東田たちは、夜霧たちが逆らうなどとは考えてもいないようだった。
「大したもんだ」
夜霧はもはや原型を留めていないバスを確認した。
東田が使ったファイアボールという術は、直径十メートルほどの何かを飛ばすものなのだろう。それが通り過ぎた部分は綺麗になくなっていて、しかもそれ以外の部分にはほとんど影響がない。
バスのフレームをさわってみてもほのかに暖かいぐらいだ。
「東田くん! なんでこんなこと!?」
「俺たちはさ、次の機会があったら好き放題にやってやるって心に決めてたんだ。で、まさかの機会到来ってわけだ。だったらやることやるしかないだろ?」
「そうそう、まずは壇ノ浦さんだよね。うちの学校の誰に聞いてもそう言うんじゃない?」
「拙者、普段からお世話になっておりましたでござるよ!」
その下卑た顔を見れば、彼らが何をやりたいのかは一目瞭然だった。
「何なの! 私の身体が目当てなの!?」
知千佳が自分の身体を抱きしめながら言う。
「この状況でそれを言える壇ノ浦さんはたいしたもんだよ。一人で異世界でもどこでも生き抜いていけるんじゃない?」
夜霧は感心した。
怯えて立ちすくんでいるかと思えば、知千佳は案外元気なようだ。
「へえ、ずいぶん仲良さそうじゃないか」
福原は冗談めかして言うが、そこには嫉妬が混じっている。かなり歪んではいるが、知千佳への好意は本物らしい。
「とりあえず話ができるようにしてみるよ」
夜霧は知千佳に優しく話しかけた。
強がってはいても、不安なはずだ。
まずは奴らの不愉快な口を閉ざし、知千佳を安心させてやろうと夜霧は決めた。