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第4話 もってもてになるスキルだよ!

 バスの前方では矢崎卓を中心に、脱出計画が検討されていた。

 知千佳たち光っていなかった者は、バス後方に追いやられて完全に蚊帳の外だ。

 光っていなかったのは知千佳以外には三名。

 篠崎綾香。金持ちで高飛車な態度が嫌われていて、クラスでは孤立している。

 桐生裕一郎。いわゆる不良。粗野な態度が目立つので距離を置かれていた。

 高遠夜霧。学校にいるときはだいたい寝ているのでクラスメイトとの交流がほとんどない。


「こいつ、マジで寝てんのかよ」


 夜霧を見て桐生が呆れたように言う。夜霧は最初から後部座席にいて、この騒ぎにもかかわらず寝続けていた。


「そういや高遠くんていつも寝てるよね」

「そんなの今どうでもいいじゃない! なんで私がこんな目にあわなきゃならないのよ!」


 思い出したように言う知千佳に、綾香が苛立ちをぶつけた。


「私に言われてもね」


 知千佳はバス前方を見た。

 話し合いは順調に進んでいるようだった。議論というよりは、矢崎が考えたことをみんなが聞いていると言った様子だ。

 しばらくして生徒たちがバスを降りはじめた。

 そろそろ一時間が経過する。ミッションがスタートするのだろう。


「ちっ。俺らには一言もなしかよ。行こうぜ」


 そう言って桐生は先に行ってしまった。


「高遠くん。みんな行っちゃうよ? 起きてよ」


 知千佳は夜霧を軽く揺さぶった。だが、起きる様子はまるでない。


「ほっといたら? 好きで寝てるんでしょ?」


 夜霧のことなどどうでもいいのだろう。綾香も桐生に続いて歩きだした。

 知千佳も気はとがめたが、夜霧が起きないのだから仕方がない。そう割り切って外に出ようと前を向くと、先に行った二人が立ち止まっていることに気付いた。

 何を手間取っているのかと、知千佳は二人の背後に近寄った。


「どういうつもりだよ?」


 桐生が凄んでいる。出入り口の前には矢崎と郡山アスハが立ちはだかっていた。


「申し訳ないが、君たちをつれてはいけない。ここに残ってもらうよ」


 大して申し訳なさそうでもなく、矢崎は言った。


「あぁ? 黙ってりゃ好き勝手に仕切りやがってよ! 何様のつもりだ!」

「将軍様だよ」


 矢崎が出入口そばにある手すりを掴んで無造作に引っ張る。

 すると金属製のはずのそれは、あっさりと形を変えた。


「これがジェネラルの力だよ。ギフトを得た者はレベル一でもこの程度には身体能力が強化されている。ただの人間の君たちを連れていくのは足手まといなんだ。わかってくれたかな?」


 明らかに人間離れした力を見せつけられ、桐生は固まった。


「で、でもそんな力があるなら私たちを守ってくれてもいいわけでしょ?」


 綾香がすがるように言った。


「これは苦渋の選択だと理解してほしい。クラス全体のことを考えれば、能力を持たない君たちは切り捨てざるをえないんだ」

「だったら、守ってとか、面倒を見てくれとかは言わない。ついていくぐらいいいでしょ?」


 知千佳が聞いた。さすがにここに置いていかれてはどうしようもないと思ってのことだ。


「そういうわけにもいかないんだ。君たちがここに残るのは作戦の一部なんだから」

「はーい、じゃあみんなにはより魅力的になってもらうね。チャームアップ!」


 作戦とは何かを聞き返す前に、アスハが動いた。

 手のひらを知千佳たちに向けたのだ。すると、知千佳たちの体が輝きはじめた。


「え? 何? あっすん、何かしたの?」


 光はすぐにおさまったし、特に変化はない。だが、ただ光っただけということはないはずだ。


「彼女のクラスはビューティーコーディネーター。バフ系のスキルが得意でね。みんなのスキルを検討した結果、ヘイトコントロールに利用できそうだと気付いたんだよ。つまり君たちには囮になってもらうことにしたんだ」

「おとり?」


 彼らが何を言っているのか、知千佳はすぐに理解できなかった。


「ともちー。『チャームアップ』はね。もってもてになるスキルだよ!」

「索敵スキルを持つ者に調べてもらったら、ドラゴンはこの上空にいる一匹だけだ。つまり君たちが狙われていれば、他の者たちは安全に街まで辿りつくことができる」

「そんな作戦にみんな納得したっていうの! って、みこち! みこちがこんな作戦に賛成するわけない!」

「みこちって城ヶ崎くんかい? もちろん賛成してくれたよ」

「ごめんねー。でも死ねってことじゃないよ? しばらくひきつけてくれたらいいってことだからさ。バスの中にいたらきっと大丈夫だよ」


 そんな言葉で自分を納得させているのか、アスハは軽く笑いながらバスを下りていった。

 続いて矢崎も下りていき、バスのドアを強引に閉めた。

 桐生が慌ててドアに駆けよった。


「くそっ! 開かねーぞ! バカ力で壊しやがったんだ!」

「どうしたらいいの?」

「知らないわ! 何だってのよ! この私が何でこんなことになってんのよ!」

「ヴァアアアアァアアアアアアアッ!」


 三人が慌てふためいていると、空気を震わせるような咆哮があたりに響き渡った。


「これが……ドラゴン?」


 姿はわからない。

 だが知千佳は、その咆哮が絶対的強者によるものだと本能で理解していた。


「窓だ! 窓から出られるだろ!」


 桐生の案を聞いて、知千佳は窓に近づいた。

 だが窓ははめ殺しになっている。

 窓からはクラスメイトが全力で逃げていく姿が見えた。

 その慌てぶりは、すぐそこに恐怖の対象がいることを物語っている。


 ――早くなんとかしないと!


 知千佳は手を振りかぶった。窓を割ろうとしたのだ。だが、それは果たせなかった。


「きゃっ!」


 横転したかと思うほどの勢いでバスは揺れ、知千佳は激しく飛ばされた。


「みんな、大丈夫!?」


 通路に投げ出された知千佳が身を起こす。


「うわああああああああ!」


 出口側に飛ばされていた桐生が絶叫した。

 知千佳と桐生の間の空間。

 そこで、綾香は血まみれになって倒れていた。

 天井から出現した白く細長いものが、綾香の胸を貫いていたのだ。


  *****


「篠崎さんが最初に刺されて、とにかく逃げようと思ってこっちまで来たわけ。誰かさんはぐうすか寝たままだったけどね」


 知千佳がいやみたらしく言う。


「……異世界……ってゲームの充電はどうやったらいいんだよ……」

「この話聞いて最初に気にするのそれ!?」


 夜霧にとっては実に深刻な事態だった。

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