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第8話 蚊帳の中

田舎の家では蚊帳を吊るということをした。

蚊帳というのは細かい網の物で、

蚊が入ってこないように部屋を囲むものと思っていい。

あれは不思議な空間を作るものだ。

夏の夜の部屋が、隔絶された気がしたものだ。


私は夏の夜に、

まどろみながらコゲマメのことを考えていた。

脈絡なく、夏が終わったらコゲマメはどうなるんだと考えていた。

コゲマメは夏の少女の気がしたし、

私にとってこれ以上ない夏だった。

吊るしっぱなしの風鈴が静かに鳴る。

蚊取りブタから線香のにおいがする。

静か過ぎる、夜。


夜の底という感じがした。

私は夜という海のようなところに揺らめいている、

網の中の魚のような気がした。

夏の夜という海の底で、

月が青く輝くのを遠く眺めているような気がした。


誰も入って来れない蚊帳の中。

小さな虫だって、この中には入れない。

夏の密室。

この中にどんな秘密を置いていこう。

朝になればなくなる密室に、

魚の涙のような秘密を、置いていこう。


私は夏が終わるのが怖いんだ。

この楽園が終わるのが怖いんだ。

コゲマメと駆け回り、

笑い、驚き、涙する。

それが無くなるのがとても怖い。

私は夜の底、蚊帳の密室で、声に出さずに告白する。

告白は泡になり、上へ上へと上って散り散りになる。


夏の夜は海の底。

誰にも聞こえない告白。

私は夏の波に揺られる。

孤独はこの中でだけ。

朝になればみんないる。


孤独を友にすることは出来るだろうか。

孤独は一生の友になりうるかもしれないけれど、

私は、夏が終わるのを、受け入れられずにいた。

私はそれほどには幼かった。

コゲマメのいないことを考えたくないほど。

夏休みが終わることを考えたくないほど。

この田舎は私にとって楽園で、

きらきら輝く記憶が宝物のように私の中にある。


蚊帳の中、私は一人。

夜の底で夏が終わらないようにと願った。

夏のぬしなら、季節を夏休みのまま止めてくれないだろうか。

(モヤシはそんなに弱虫じゃないよ)

凛としたその声を、私はよく知っていて、

夏の化身のようなその友の声で、

私は孤独よりも強いものを知る。


夏のぬしが、うなずいた気がした。

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