田舎の家では蚊帳を吊るということをした。
蚊帳というのは細かい網の物で、
蚊が入ってこないように部屋を囲むものと思っていい。
あれは不思議な空間を作るものだ。
夏の夜の部屋が、隔絶された気がしたものだ。
私は夏の夜に、
まどろみながらコゲマメのことを考えていた。
脈絡なく、夏が終わったらコゲマメはどうなるんだと考えていた。
コゲマメは夏の少女の気がしたし、
私にとってこれ以上ない夏だった。
吊るしっぱなしの風鈴が静かに鳴る。
蚊取りブタから線香のにおいがする。
静か過ぎる、夜。
夜の底という感じがした。
私は夜という海のようなところに揺らめいている、
網の中の魚のような気がした。
夏の夜という海の底で、
月が青く輝くのを遠く眺めているような気がした。
誰も入って来れない蚊帳の中。
小さな虫だって、この中には入れない。
夏の密室。
この中にどんな秘密を置いていこう。
朝になればなくなる密室に、
魚の涙のような秘密を、置いていこう。
私は夏が終わるのが怖いんだ。
この楽園が終わるのが怖いんだ。
コゲマメと駆け回り、
笑い、驚き、涙する。
それが無くなるのがとても怖い。
私は夜の底、蚊帳の密室で、声に出さずに告白する。
告白は泡になり、上へ上へと上って散り散りになる。
夏の夜は海の底。
誰にも聞こえない告白。
私は夏の波に揺られる。
孤独はこの中でだけ。
朝になればみんないる。
孤独を友にすることは出来るだろうか。
孤独は一生の友になりうるかもしれないけれど、
私は、夏が終わるのを、受け入れられずにいた。
私はそれほどには幼かった。
コゲマメのいないことを考えたくないほど。
夏休みが終わることを考えたくないほど。
この田舎は私にとって楽園で、
きらきら輝く記憶が宝物のように私の中にある。
蚊帳の中、私は一人。
夜の底で夏が終わらないようにと願った。
夏のぬしなら、季節を夏休みのまま止めてくれないだろうか。
(モヤシはそんなに弱虫じゃないよ)
凛としたその声を、私はよく知っていて、
夏の化身のようなその友の声で、
私は孤独よりも強いものを知る。
夏のぬしが、うなずいた気がした。