水の音やにおいを感じたことはあるかな。
それを感じることがあるならば、
それは一概に身体というものだけでなく、
耳も鼻も涼しさを求めているんだと思うよ。
夏の暑さは、感覚を鋭敏にしている。
でも、ある程度体温が下がらないと、身体がついてこない。
うん、バランスの崩れっぱなしの季節だと思う。
そんな季節は、五感全部で涼しくなりたくて、じりじりしているものだよ。
私も子供だった。
都会田舎かまわず夏はやってくるものだよ。
当時の私は親に連れられて田舎にいって、
そこで初めて水のにおいを追うということをした。
かんかん照りの田舎の風景。
古い家屋、田んぼ、畑、たまに木があり、
蝉が鳴いている。
その風景に、うっすらにおいがあって、
蝉の音よりかすかに音があって、
私はそれを探し、追った。
立ち止まり、空気を思いっきり吸い込んで、
水のにおいが近いかを感じなおして、
また追う。
都会に暮らしていた私にとって、
それは大冒険だったんだよ。
自分の感覚が頼りの冒険。
地図も道案内もない。
いくつも曲がり角を曲がって、
いくつも道を越えて、
森を林を越えて、
小さな川を見つけたときの喜びを私は覚えている。
私は見つけられる。
自分の感覚で何かを見つけられる。
水の甘いにおいのするそこで、
涼やかな水の流れる音を聞きながら、
感覚が開いていく感じを持ったことも覚えている。
水を追っていた私は水を見つけられた。
そして、水の流れるそこで、
私の感覚はもっと大きなものも追えるんじゃないかと。
そんな感じがしたんだ。
私はなんとなくだけどね、
夏のぬしが笑っている気がしたんだ。
この夏全てをつかさどる、ぬしが、
私の小さな大冒険を見て、少し笑ったような。
そして、多分、やれるならやってみろと、ぬしは言っていると思う。
私はそんなわけで、
たまに感覚を開いては、
今でも何かを追い求めていることがあるよ。
水のにおいは始まりのにおい。
挑戦でもあり、招待状でもあり、
いつも近くにいる友からの便りかもしれない。
夏のぬしを友と出来たら、それは素敵なことだと今も思うよ。