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第2話 水のにおい

水の音やにおいを感じたことはあるかな。

それを感じることがあるならば、

それは一概に身体というものだけでなく、

耳も鼻も涼しさを求めているんだと思うよ。

夏の暑さは、感覚を鋭敏にしている。

でも、ある程度体温が下がらないと、身体がついてこない。

うん、バランスの崩れっぱなしの季節だと思う。

そんな季節は、五感全部で涼しくなりたくて、じりじりしているものだよ。


私も子供だった。

都会田舎かまわず夏はやってくるものだよ。

当時の私は親に連れられて田舎にいって、

そこで初めて水のにおいを追うということをした。


かんかん照りの田舎の風景。

古い家屋、田んぼ、畑、たまに木があり、

蝉が鳴いている。

その風景に、うっすらにおいがあって、

蝉の音よりかすかに音があって、

私はそれを探し、追った。


立ち止まり、空気を思いっきり吸い込んで、

水のにおいが近いかを感じなおして、

また追う。

都会に暮らしていた私にとって、

それは大冒険だったんだよ。

自分の感覚が頼りの冒険。

地図も道案内もない。


いくつも曲がり角を曲がって、

いくつも道を越えて、

森を林を越えて、

小さな川を見つけたときの喜びを私は覚えている。

私は見つけられる。

自分の感覚で何かを見つけられる。

水の甘いにおいのするそこで、

涼やかな水の流れる音を聞きながら、

感覚が開いていく感じを持ったことも覚えている。


水を追っていた私は水を見つけられた。

そして、水の流れるそこで、

私の感覚はもっと大きなものも追えるんじゃないかと。

そんな感じがしたんだ。


私はなんとなくだけどね、

夏のぬしが笑っている気がしたんだ。

この夏全てをつかさどる、ぬしが、

私の小さな大冒険を見て、少し笑ったような。

そして、多分、やれるならやってみろと、ぬしは言っていると思う。


私はそんなわけで、

たまに感覚を開いては、

今でも何かを追い求めていることがあるよ。

水のにおいは始まりのにおい。

挑戦でもあり、招待状でもあり、

いつも近くにいる友からの便りかもしれない。


夏のぬしを友と出来たら、それは素敵なことだと今も思うよ。

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