「君は『潮目まりん』だね。噂には聞いているよ。突飛な言動がファンの心を掴んでいると」
「えっ……ひすいさんに認知していただいているなんて光栄です……!」
私たちは家の中に場所を移し、それぞれソファーに腰掛けていた。まりとひすいさんは初対面だからお互いの自己紹介をさせようと思い私はダイニングテーブルから二人の様子を眺めていた。しおりお姉ちゃんはそれを察して二人から少し距離を置いてソファーに座っている。
「あたしもひすいさんがとても優秀なクリエイターだと聞いています。けーちゃんとも色々コラボしてるの見てます!」
「おぉ! それは嬉しいな。ふふっ、『イニシャルK』は罪な女だな」
「どこからそんな話になったんですか……」
二人の会話に、ついツッコミを入れてしまう。私が罪な女だなんて一体どういうことなんだ。そんな話をしていたようには思えなかったんだけど。
「……それで? ひすいさんはどうしてここに?」
ツッコミを入れてしまったことは仕方ない。私は気持ちを切り替えて話題を変えることにした。
「そうだったそうだった。『イニシャルK』にだけ先に話そうと思っていたのだが、みんなもいるのは話が早くて助かる」
……ということは、私だけでなくみんなにも関係する話なのだろうか。ひすいさんはソファーに腰をかけ直すと、みんなの顔を一瞥した。妙な緊張感が漂う。
ひすいさんは一体どんな話をしに来たのだろうか。みんなにも関係があるということはおそらく活動関係なのだろうが……全く予想がつかない。元々ひすいさんの行動を予想できないから当たり前のことではあるが、嫌な話でなければいいな。
「実は……事務所を設立したいとの話が上がっているんだ」
「……事務所?」
予想していなかった切り出しに、私は思わず聞き返してしまう。事務所って……あの事務所だよね? 前世で見た企業勢の子達が入っていたようなところと考えていいのだろうか。
この世界ではまだ個人で好きなようにやっている子達がほとんどだと感じるが、ついに歴史を……運命を変えるような話が持ち上がったというわけか。
この話はもちろん嬉しいが、個人勢だからこそできること、企業に入っているからこそできることのメリットデメリットが存在するのも事実。おいそれと早計な判断はできない。
「うむ。まあこれはあくまで構想段階で正式な申し出ではないから気楽に聞いてくれ」
「……でも仮とはいえあたし達を迎え入れたい、って話なんですよね?」
「そうだ。君たち全員に魅力がありファンも多くついているだろう。他に取られる前に動き出したいとするのは自然だと思うがね」
まりが確認するように問うと、ひすいさんは笑顔で答える。相手方がそこまで私たちのことを思ってくれているのは嬉しいが、事務所設立の前段階ということで金銭面や条件面での不安が拭えない。
「ひすいさん、その事務所設立はいつ頃になる予定ですか?」
「まだ先のことだとは思うが、君たちが了承すればそれも早まるだろう。……ただ、君たちが嫌ならこの話は断ろうと思う」
「……え?」
まりが質問すると、ひすいさんはそう答えた。私たちの意見を尊重してくれるのはとてもありがたいし、正直不安もたくさんある。だけど、事務所所属の話を見送るのは少しもったいない気もする。
私たちはお互い顔を見合わせる。おそらくみんな考えていることは同じだろう。
――大丈夫、私たちならきっと大丈夫。
私はそう心の中で呟きながらみんなの顔を見回すと、それが伝わったかのように全員から頷きが返ってきた。私はそれを確認するとひすいさんに向き直り口を開く。
「ひすいさん。私たち、事務所入りたいです」
「いいのかい? 一応断れるようには話をしておくが……」
「はい。その提案お受けさせてください。きっといい方向に進めると思います!」
「……そうか。では伝えておくよ」
私が手を差し伸ばしながら伝えると、ひすいさんは微笑みながら私の手を取ってそう言った。よかった……これでまた一歩前世の運命を変えられるかもしれない。私は嬉しくてつい笑みが溢れる。
不安が消えたわけではない。きっとこれからも苦難はあるだろう。でも私たちなら乗り越えられると、そう信じている。それだけの信頼と力が私たちにはあるから。
「……で、ボクはどういう立場になるのかな? かなちゃんたちはタレントでいいとして……」
「そりゃもちろんしおりにも役割はあるさ。クオリティの高いLive2Dの技術を持ってるやつがいなくてな」
「あー、そういうこと」
しおりお姉ちゃんは納得したように頷く。クオリティの高いLive2Dの技術……VTuberにとって欠かせないものでありながら、この世界ではまだまだ発展途上の段階だから人手が足りないのだろう。
それに、そんな人手問題が気にならなくなるほどしおりお姉ちゃんのLive2D技術はすごい。クオリティもそうだし、なにより制作スピードが半端ない。そんな人材を欲するのは当たり前だろう。
「しおりお姉ちゃんだけにできる主人公感あるね!」
「……!」
それがあまりにかっこよくてつい口をついて出た言葉に、しおりお姉ちゃんは目を見開いて固まってしまった。……どうしよう、何か変なこと言ったかな。
「……なるほどねぇ、そういうこと言っちゃうか」
「え? あ……もしかして言っちゃダメなやつだった……?」
しおりお姉ちゃんの反応に急に不安になってきて、私は恐る恐る尋ねる。するとしおりお姉ちゃんは急に私に抱きついてくる。
「そんなわけないじゃん! そんな嬉しいことないよ!」
「わぷっ!?」
私は急にしおりお姉ちゃんに抱きつかれて思わず変な声を上げてしまう。でも、喜んでくれたならよかった。これが二人きりだったら文句はなかったのだが……
まりとひすいさんの何か言いたげな視線が耐えられない。とても恥ずかしい。床に穴が空いていたらどれだけ入りたいか。……床に穴が空いていたら大惨事なんだけども。
「あーあ、見せつけてくれちゃって」
「あっはっは。我に嫉妬していたようだが、お主ら仲良いじゃないか」
「うぅぅ……離してぇー!」
二人から呆れられ、私の叫びは虚しく消えていったのだった。