「……お? おーい、まりー!」
「やっと来たの? 遅いわよ」
「えへへ、ごめんごめん」
まりはいつものように不機嫌そうな顔つきでこちらを見る。遅刻ギリギリに来たから怒られるのも当然だ。しかし……
「まあまあ、かなちゃんはこれが通常運転だからさ」
「……これが通常運転だと困るのだけど……」
今日はしおりお姉ちゃんもいるから、私のことをフォローしてくれた。これがちゃんとフォローになっているかは怪しいところだけど。
でもこの二人を呼び出したのは他でもない自分なのだから、文句は言っていられない。今日は二人に大事な話をしようと思っている。
「立ち話もなんだしそこのカフェに入らない?」
「そうだね。ボクもちょうど何か飲みたいと思っていたところだよ」
「あら、かなにしては気が利くじゃない。もちろん遅刻したあなたの奢りよね?」
「うぐっ……まあ、仕方ないかぁ」
「そうこなくちゃ」
私が渋々了承すると、まりはさっきまでの眉間のシワが消えとてもいい笑顔を浮かべた。現金なやつだ。
私たちは駅前にあるカフェに入ると、運良く窓際のカウンター席が空いていたのでそこに腰掛けた。
「かなは何を頼むの?」
「紅茶にしようかな。シフォンケーキ食べたいし」
「あら、ここのシフォンケーキ美味しいって評判らしいのよ。かなもなかなかやるわね」
「え、ど、どーも?」
なぜ急に褒められたのかはわからないが、とりあえず褒められているのでよしとしよう。
まりはカフェラテを、しおりお姉ちゃんは抹茶ラテを注文し、私は紅茶とシフォンケーキを頼んだ。……いや、誰もシフォンケーキ頼まないのかよ! 美味しいらしいと言われたから、てっきり二人も頼むものだと思っていたのに。
注文した商品が運ばれてくると、私たちは早速食べ始めた。シフォンケーキは噂通りふわふわで、紅茶も香りが良くてとても美味しい。
「それで? 話ってなんなの?」
まりがそう切り出すと、しおりお姉ちゃんもうんうんと頷いた。私はそれを聞くと、少し緊張しながらも口を開いた。
「実は……その……私……」
「何? 早く言いなさいよ」
「うん……私ね、夢ができたの」
私がそう言うと、二人は驚いた顔をしてこちらを見た。
「いや、そんな『彼氏ができたの』みたいに言われても」
「あはは。やっぱりかなちゃんは面白いね」
「えっ、いや、そんなつもりで言ったんじゃ」
まりは呆れ、しおりお姉ちゃんは笑い出す。私は必死に否定しようとしたが、二人は笑うだけだ。なんか急に恥ずかしくなってきた。
私は真っ赤になったであろう顔を手で隠しながら話を続ける。とりあえず話を続けなければこの状況からは脱せないだろう。
私の話を二人は黙って聞いている。少し笑っているようにも見えるが。まあ、そんなことはどうでもいいのだ。今はとにかく話を聞いてもらうことが大事である。そして夢の話を終えると……
「あのねぇ、あたしもあなたの配信見てるのよ。知らないと思った?」
「あ」
「そうだね。配信で残した言葉をボクたちが知らないわけないじゃないか」
そうだ。ありがたいことにまりは私を推してくれてて、しおりお姉ちゃんもママとして私の配信を楽しんでくれているのだ。どうして忘れていたんだろう。
「まったく……そのためにあたし達を呼んだの? バカね」
「むぅ……バカで悪かったね」
私は頬を膨らませながら、まりを睨みつけた。しかし、そんな私の視線は軽く流されてしまう。
「かなちゃんの夢、応援してるからね」
しおりお姉ちゃんは優しく微笑んでくれる。その笑顔に私は思わず見惚れてしまった。やっぱりしおりお姉ちゃんは優しい。
しおりお姉ちゃんの優しさに涙を滲ませていると、まりははっと何かに気づいたように目を見開いた。
「あ、あたしももちろん応援してるわ! 大好きな推しだもの。かなに面と向かって言うのが照れくさかったけど、これはあたしの本心よ!」
「え……あ、ありがとう」
まりの真っ直ぐな気持ちに、私は少し動揺した。まりは顔を赤くして、照れ隠しをするようにカフェラテを勢いよく飲んでいる。そんなまりの様子に私は思わず笑ってしまった。
こうやって夢に向かって頑張れるのも、しおりお姉ちゃんとまりのおかげだ。ママとしても、ファンとしても私を応援してくれているんだから頑張らないと。私はみんなのおかげでここまで来れたのだから。
「ありがとう。二人とも大好き」
私は満面の笑みで二人にそう伝えた。二人はそんな私を見て、少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「じゃあ、そろそろ出ようか?」
「うん。紅茶もシフォンケーキも美味しかった」
「相変わらず二人で勝手に決めるんだから。ま、いいけど」
突然のしおりお姉ちゃんの言葉に、私とまりはそれぞれ反応を示した。
カフェを出た私たちは、この後どこに行くかを決めていなかった。ぶらぶらと街を散策するのでも私は十分楽しいけれど、まりは違うだろう。しおりお姉ちゃんも特に行きたい場所があるわけではないらしいので、結局三人で私の家に行くことになった。
「なんかいつもの感じになっちゃったけどいいの?」
「そのいつもの感じがいいんじゃん」
「あたしもしおりさんと同意見。かなの家落ち着くしね」
「それは喜んでいいのだろうか……」
そうこうしているうちに家に帰り着くと、玄関前に見知った人影が。
「えっ、ひすいさん!? どうしてここに!?」
「お、君か。良かった良かった。家に誰もいないようでびっくりしたぞ」
「え、あ、そうだったんですか。言ってくれたらすぐに帰ってきたのに」
「いや、その、なんだ……私的な用でわざわざ『帰ってこい』と呼び出すのはどうかと思ってな」
相変わらずどこで遠慮しているのか基準がわからない人だ。でもそれがなんだか面白くて、思わず吹いてしまう。しかし、着いてこられていない人が二人ほど。
「え、かな……この人誰?」
「かなちゃん、ひーちゃんと約束してたの?」
しおりお姉ちゃんは元々ひすいさんと同級生だから知っているのは当然として、まりは初対面らしく不審者を見るような目つきで接している。……まあ、あながち間違いとも言いきれない。
「まり、紹介するよ。この人は星宮ひすいさん。ここまで言えばわかるかな?」
「えっ……この人があの有名な?」
私はこくりと頷く。まりは信じられないという様子で、ひすいさんを見つめている。しかし当のひすいさんは気にしていないようで「よろしくな」と言ってまりに握手を求めている。まりは戸惑いながらもそれに応じた。
「……あの……その……よろしくお願いします」
ひすいさんはそんなまりの様子に少し笑った後、私に耳打ちをしてきた。
「君、いい友達を持ったな」
「……はい!」
その真意はわからない。だけど、本質を見通す鋭い目を持ったひすいさんのことだ。私は満面の笑みでその言葉に答えたのだった。