「……言われるがままに来ちゃった……」
ひすいさんとの通話を経て、今度の休みにデートをしようと誘われ待ち合わせ場所でその人を待っていた。だけどまだひすいさんは来ていないらしく、私はベンチに座りながら空を見上げていた。
「ひすいさんは何を考えているんだろう」
ひすいさんの行動が分からない。私なんかに構うよりも、もっと他にやる事があるはずなのに。
「あ、いたいた」
「!」
そんな事を考えていると、ひすいさんが私を見つけてこちらに駆けてきた。私はベンチから立ち上がって、ひすいさんの方へと向かう。ひすいさんの服装は今日も様になっている。
オーラがすごくて、私は思わずひすいさんの前で立ち止まってしまった。ひすいさんが私の顔を覗き込んでくる。やっぱり、美の暴力だ。なんだか直視するのが難しくて、思わず目を逸らした。
すると、私の手がひすいさんに取られる。いきなりの事でビクッと肩を震わせた。そんな私を見て、ひすいさんは優しく微笑む。
「今日は我の行きたいところに行くから、ついてきてくれ」
「は、はい」
ひすいさんに手を取られながら、私はひすいさんの隣を歩く。ひすいさんは私の手を離そうとしない。
ひすいさんに連れられてやってきた場所は、ショッピングモールの中にある服屋さんだった。私はこういう場所には来た事がないから、少し緊張してしまっている。
「さぁ、おいで」
「わっ」
ひすいさんに背中を押される様にして店内に入る。目の前に広がる色とりどりの服に、思わず感嘆の息を漏らす。こんなお洒落な場所に来たことがないから、なんだかドキドキする。
そんな私を置いていくかの様に、ひすいさんは近くにいた店員さんを捕まえた。そして何やら話をしているようだ。
「この娘に合う服を見繕ってくれ」
「かしこまりました」
ひすいさんがそう言うと、店員さんは私を見てにっこりと笑い、「こちらへどうぞ」と手を向けた。私は恐る恐るその店員さんの方へ近寄る。ひすいさんは私と離れて別のコーナーへと向かって行った。
それから私は着せ替え人形の様に色々な服を着せられて、気がついたら元の場所に戻ってきていた。なんだかどっと疲れた気がする。
「お連れ様はあちらでお待ちですよ」
「ありがとうございます……」
お洒落な服屋さんで長時間服を着替え続けるという慣れない体験に、私はだいぶ疲れてしまった。店員さんにお礼を告げてから、ひすいさんが待っている方へと歩いていく。
「おお、見違えたな」
「ありがとうございます……」
ひすいさんが私を見て驚いている様に見える。なんだか気恥ずかしくなってきて、思わず顔を逸らした。だけどその行動があまり良くなかったのか、ひすいさんは少しムッとしたような声を出した。
「……なんだ? 我の選んだ服が気に入らないか?」
「あ、いえ、そういう訳じゃなくて……」
「ならなんだ。なぜ我の方を見ない」
「っ……」
ひすいさんの不満そうな声を聞いて、私は思わず息を呑む。どうしよう、なんて言い訳したらいいんだろう。だけどそんなことを考えている間にもひすいさんは私の方へと近づいてくる。そして私の顎を掴み、強引に目を合わせてきた。その行動に心臓が跳ねた気がした。
「目を逸らすな。我を見ろ」
「……は、い」
ひすいさんの瞳に見つめられて、思わず返事をしてしまった。そんな私を見て満足したのか、ひすいさんは私から手を離した。そして私の目を見て満足そうに笑ったあと「行くか」と私の手を引いて歩き始めた。その行動にドキドキしながらも、私はひすいさんについて行くことしかできなかった。
服屋を後にして連れてこられた先は大きなイベントホールだった。今日はここでイベントが行われるようで、周りにはたくさんの人がいた。
「着いたぞ」
ひすいさんに手を引かれて会場へと入ると、大きなステージが視界に入った。どうやら今からイベントが始まるところらしい。そしてひすいさんはこのステージで行われるイベントを見に来たらしい。会場は熱気に包まれていて、私までワクワクしてきた。
「わぁ……」
ステージの上では様々なアーティストさんが集まってパフォーマンスを披露していた。私はそれを夢中になって見ていた。ひすいさんは私の隣に座ってその様子を眺めていた。
「すごい……」
私は思わず感嘆の声をこぼした。こんなにすごいイベントが見れるなんて、今日は本当に良い日だ。
「我はこのステージに立ちたい」
「……え?」
「規模感はこんなものじゃないぞ? もっと大きいステージでたくさんの人の前で歌ってみたい」
ひすいさんはそう言ってステージをじっと見つめた。その瞳はキラキラしていて、なんだか子供みたいで可愛いと感じてしまった。私はそんなひすいさんの横顔を見て微笑む。
私も、夢を見てしまった。今の自分ならきっと、推しのようになれるのではないかと。大勢のファンを得て、同じ活動者の仲間もできて、地力がついてきた今なら。
「……私も……」
「ん?」
「私も同じです! 私もステージに立って、大勢の人の前で歌いたい!」
私がキラキラした目でひすいさんを見つめると、ひすいさんは目を丸くしたあとに「にっ」と歯を見せた。
「よく言った! なら、共に上を目指そう」
「はい!」
なんだか凄くワクワクしてきた。今日ここに来れて本当に良かったと心の底から思う。
……もしかして、私をここに連れてきたのは目指したいものを共有したかったからなのだろうか。服屋でいい服に着替えさせられ、このステージを見せられたのは私に夢を見せるためだったのだろうかと考える。私の目標を再確認させるために。
「……ありがとうございます、ひすいさん」
「? なにか言ったか?」
「いえ! なんでもありません!」
しおりお姉ちゃんのことで悩んでいたはずなのに、すっかりどうでもよくなっていた。悩みが消えたわけじゃないけど、ひすいさんがここに連れてきてくれたことにより、私の目指すべきものがハッキリと見えた。
大きなステージに立つ。そのために私は、この道を進み続けようと思う。そう決めた瞬間、私の中で何かが変わった気がした。
「我も、お前と同じステージに立てる日が楽しみだ」
ひすいさんはそう言って笑った。私もつられて笑う。
私はもう、迷わない。