「しおりお姉ちゃん! 色々聞かせて!」
「……え、急にどうしたの?」
ひすいさんと料理対決をした翌日。いつもなら寝て起きたら大抵がどうでもよくなるのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。知りたい気持ちが止められない。
「昨日、ひすいさんにちょっとだけ高校の時の話を聞いたの……それで、その、もっとその時のしおりお姉ちゃんがどんな感じだったのか気になって……」
「ふーん? 確かにかなちゃんと同じ時期に通えなかったから知らないもんね」
そう言って、しおりお姉ちゃんは私の隣に腰かける。
「でも、普段家にいる時とあんまり変わらなかったよ? 特別テンション上がるようなこともなかったし……」
「それでも知りたいの……だめ?」
「いやぁ、だめではないけど……ボクの話面白いかなぁ」
そう言って、しおりお姉ちゃんは苦笑しながらも私に思い出話をしてくれた。
高校時代のしおりお姉ちゃんは、私と出会った小学生の頃から変わらず面倒くさがりで無愛想らしかった。そのせいか友達も少なく、いつも一人でいたという。
「でも、そんな時にしおりお姉ちゃんと仲良くしてくれた人がいたんだよね」
「うん。それがひーちゃんだったんだ。今では自信満々! って感じだけど昔は結構おどおどしてたんだよ」
「へぇ……ひすいさん、昔は今ほど明るい性格じゃなかったんだ」
意外だった。私が知る限り今のひすいさんは最高に輝かしく見えるから。……いや、それこそがひすいさんが普段からそうあるために努力している結果なのかもしれない。そう考えるとやっぱり凄い人だな、と思う。
そんな人見知り気味なひすいさんの方からしおりお姉ちゃんに声をかけてくれたようだ。それはしおりお姉ちゃんが学校のパソコンを使っていた時のことだった。
『あの……それ……』
『え? ……ああ、これ? モデリングしてたんだよ。自分のキャラ作るのが好きで』
しおりお姉ちゃんはそう説明しながら、面倒なことになる前に撤収しようとした。しかし、ひすいさんは目を輝かせながらパソコンの画面を覗き込んでくる。
『……これを、全部……自分で作ったの?』
『そうだけど……興味ある?』
ひすいさんがコクリと頷く。しおりお姉ちゃんは意外だったようで呆気に取られていた。人見知りな彼女が自分から話しかけてきたこともそうだが、何よりもモデリングに興味を持っているということが驚きだったそうだ。
そこから二人が仲良くなるのにそう時間はかからなかったらしい。ひすいさんは自分の好きなことを話す時だけ饒舌になり、その話題で二人は何度も盛り上がった。
『ねぇ、しーちゃんは高校卒業したらどうするの?』
ある日ひすいさんがそう尋ねた。しおりお姉ちゃんは今までそのようなことを考えてもいなかったので適当に答えたようだ。
『さぁ……まあ今すぐは働きたくないから大学進学しようかなぁって感じ』
『そっかぁ……ひすいはね、音楽に関係ある仕事に就きたいなって思ってるんだ』
ひすいさんがそう告げると、しおりお姉ちゃんは驚いたような顔をした。今までそんな話を聞いたことがなかったから。音楽の授業の成績はいいみたいな噂は耳にしていたけど、しおりお姉ちゃんはそれ以上のことは知らなかった。
ひすいさんは目を輝かせながら、自分の夢について語る。音楽で世界中の人を笑顔にしたい。そんな子供っぽい夢を堂々と。しかし、しおりお姉ちゃんは馬鹿にすることもなく真剣にその話を聞いていた。
しおりお姉ちゃんにはわかるからだ。その子供っぽい夢……物語の主人公のような夢が。
『……すごいな、ひーちゃんは』
『そうかな? えへへ、ありがとう。しーちゃんには夢ってあるの?』
ひすいさんにそう聞かれた時、しおりお姉ちゃんは答えられなかったそうだ。今まで将来の夢なんて考えたこともなかったから。でも、その時だけは違ったらしい。
『……ボクもね、夢はあるよ』
『へぇー、なになに?』
ひーちゃんは前のめりになって聞いてくる。しおりお姉ちゃんは気恥ずかしそうにしながらその夢を語った。
『……主人公になりたい』
『主人公?』
ひーちゃんは首を傾げた。しおりお姉ちゃんは頷いて、話を続ける。
『うん。ボク、昔から物語の主人公に憧れてたんだ。だから……ボクもひーちゃんみたいに夢を持って、主人公みたいに誰かを笑顔にできる人になりたい』
『……なれるよ! しーちゃんなら!』
ひーちゃんは笑顔でそう断言した。しおりお姉ちゃんが思わず「えっ」と声を出してしまうくらい、自信たっぷりに。
その時のひーちゃんの笑顔を今でも鮮明に覚えていると、しおりお姉ちゃんは語っていた。その笑顔に魅せられて……ひーちゃんみたいに誰かを笑顔にできるような人になりたいと思ったから。だから今こうして自分はここにいるのだと。
「……っていう感じかな? どうだった?」
「どう、って……」
私はしおりお姉ちゃんの話を聞き終えた後、しばらく何も言えなかった。ひすいさんの現在とのギャップもそうだし、何よりしおりお姉ちゃんの中でひすいさんがとても大きな存在だったことに驚いた。
……いい話だとは思う。思うけれど、なんでだろう。私は少し妬ましいと思ってしまった。それほどまでにしおりお姉ちゃんの中ではひすいさんが大きな存在なのだとわかってしまったから。
「……どうしたの? そんな顔して?」
私の様子をおかしく思ったのか、しおりお姉ちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。私は慌てて首を横に振る。
「う、ううん! なんでもないよ……そ、それよりさ! ひすいさんの話もっと聞かせて!」
私は話を逸らしてしおりお姉ちゃんにそうお願いする。しおりお姉ちゃんは不思議そうにしながらも頷いてくれた。
「うん、いいよ。でもその前に……」
そう言ってしおりお姉ちゃんは立ち上がり、私の頭を優しく撫でた。そして、優しい笑みを浮かべて言う。
「いつもありがとね、かなちゃん」
その優しい笑みと温かい言葉が……私の胸に深く刺さった。私はなんだか急に恥ずかしくなり、俯いてしまう。しおりお姉ちゃんが不思議そうな顔をして覗き込んできたけど、私は顔を逸らして絶対に見せないようにした。
それからも、私としおりお姉ちゃんの話は続く。とても楽しい時間だ。でも……やっぱり妬ましいという気持ちはなくならない。ひすいさんはずるいなぁ……なんてことを思ってしまうのだった。