「よーし! 頑張るぞー!」
【けーちゃん頑張れー!】
【けーちゃんならいけるぞー!】
【実際けーちゃん料理うまいからなぁ】
「我も気合い充分だぞ!」
【ひすい様ー! 頑張ってー!】
【そういえばひすい様って料理できるの?】
【勝って欲しいけど相手悪くね?】
待ちに待った料理対決の日がやってきた。私もひすいさんも気合い入っているし、コメント欄も最高の盛り上がりを見せている。準備は万端。食材もお互いの予算内に収めながら調達することができた。
「いざ、尋常に」
「勝負だ!」
私の掛け声に合わせてひすいさんも宣言する。ついに、料理対決の火蓋が切って落とされた。
勝負が始まると同時に、私達はそれぞれ調理を開始した。ひすいさんの方に目をやると、彼女の手際の良さに思わず目を見張る。料理対決を提案しただけあってさすがの腕前だ。私も負けてはいられないと気合いを入れ直す。
作る料理はオムライス。お昼ごはんや晩ごはんとして定番の料理で、とても簡単に作れる上、味も保証できる。ひすいさんも難しいものを作る気はないようで、メニューはオムライスに決まった。
私はまず鶏肉を炒め始めた。ケチャップを加えたら一旦火を止め、そこにご飯と先ほどの鶏肉を入れて混ぜ合わせる。次に卵の準備だ。卵を割るところから私の戦いが幕を開ける。手に伝わってくる感覚的に上手く割れそうだ。フライパンにバターを溶かし、卵を一気に流し込む。ここからはスピード勝負だ。卵が半熟のうちにご飯と鶏肉を包み込み、それをお皿に盛り付ける。
最後にケチャップをかけて完成だ。
「できたー!」
我ながらいい出来栄えだと思う。ひすいさんもちょうど作り終わったようだ。彼女は自信のある表情を浮かべながら、私の前に皿を出す。
「我のオムライスはこれだ! 感想を聞かせてもらおう!」
彼女の皿を見ると、私が作ったものより一段と美味しそうだった。しかも、私のオムライスとは見た目が少し違うようだ。彼女はホワイトソースの上にケチャップではなくデミグラスソースがかけられている。
「うわぁ! 凄い美味しそう!」
「ふっ、そうだろう? このオムライスには我の愛がたっぷりと詰まっているからな」
ひすいさんは自信満々な様子で胸を張る。正直愛というものはよくわからないけど、彼女の表情を見るに自信はたっぷりなのだろう。
私達は早速手を合わせて食べ始める。まずはソースがかかった部分を食べてみることにしよう。一口食べると、デミグラスソースの濃厚な味わいが口の中に広がった。
「このソースめちゃくちゃ美味しいですね!」
「そうだろう!? 我の力作だからな!」
ひすいさんは嬉しそうな笑みを浮かべる。配信を見ているリスナー達もひすいさんのあまりの可愛さに【これは優勝】とか【この笑顔が既に勝ち】とか勝手なことを言っている。……まあ、骨抜きになる気持ちもわからなくはない。
「じゃあ、こっちも食べてくださいよ」
「うむ、いただこう」
ひすいさんはそう言うと、私が差し出したオムライスをスプーンですくう。そしてそのまま口の中に入れた。
「さすがに料理配信をしているだけあって美味しいな!」
「そ、そうですか?」
ひすいさんはまっすぐに臆面もなく褒めてくれるから、こっちが恥ずかしくなってしまう。その素直さは見習いたいものだ。こっちばかりドキドキさせられてちょっと悔しい思いもある。
すると、ひすいさんは突然真剣な表情になると、私の顔をじっと見つめてきた。彼女の視線に射抜かれて心臓がドキッとする。
ひすいさんはそのままさらに顔を近づけると、私の頰に付いたご飯粒をペロリと舐めとった。
私は驚きすぎて硬直することしかできない。コメント欄ではとんでもない速度でコメントが流れているが、それを確認する余裕もないほどだ。
「うむ! とても美味しいな!」
ひすいさんは満足げに微笑む。……この人は、本当にずるい。こんな不意打ちみたいなことをされたら誰だってドキドキしてしまうに決まっているじゃないか。というか、そう呆けている場合ではない。
「ひ、ひすいさん! いきなり何してるんですか!?」
「ん? ご飯粒が付いていたから取っただけだが?」
「そ、それはありがとうございます……じゃなくて! いきなりそういうことしないでくださいよ!」
「ははっ、すまない。つい可愛いからしたくなってしまった」
ひすいさんはいたずらっぽく笑う。その笑顔があまりにも可愛すぎて思わずドキッとする。こんな調子で、料理対決は一体どうなるのか……
「そういえば、この料理対決って何が決め手になるんですか? やっぱり見た目? リスナーに決めてもらうのってそれくらいですよね」
「勝敗とかいいじゃないか」
「えっ?」
なんだか聞き捨てならないセリフが聞こえてきたような気がする。それはこの企画を根本から否定するようなものなのだが、気付いているのだろうか。
いやでも、ひすいさんのことだからあえてそういうことを言っている可能性もある。私はまだひすいさんの考えを掴みきれていない。
「我は、正直どっちでもいいと思うぞ」
「いやいや! さすがにそれはマズいですって!」
私は慌ててツッコむ。いくら何でもそれで終わらせていい話ではないだろう。私がツッコむとひすいさんは申し訳なさそうに笑う。
「いや、すまない。今のは言い方が悪かったな。……ただ、この企画の本質は料理対決ではなく、我と君の仲を深めることだと思うのだ」
「……どういうことですか?」
「つまりだな。この企画は、お互いのいいところをリスナーにアピールする場だということだ。だから、勝敗とかはあまり関係ないと思っている」
ひすいさんの言葉を聞いて納得する。確かに彼女の言う通りかもしれないと思った。私は料理対決という形式に囚われすぎていたのかもしれない。
そもそも配信というものは私たちやリスナーの人達とコミュニケーションをとるための場所だ。対決で勝敗がつくことが必須だという思い込みに縛られていたのかもしれない。
「むしろ、我は君との料理対決を通してさらに君に惹かれたよ。君は本当に優しい人なのだな」
ひすいさんはそう言うと優しく微笑む。その笑顔にまたドキッとしてしまった。
「わ、私も……ひすいさんのことがもっと好きになりましたよ」
私は素直に自分の気持ちを伝える。すると、彼女は嬉しそうに笑った後、私の頭を優しく撫でてきた。それが心地よくて思わず身を委ねてしまいたくなる。
そんな私達の様子をリスナー達は温かく見守ってくれていた。