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第80話 配信の才能

「はぁ……つ、疲れた……」

「あたし散々だったんだけど? しおりさんアクセル全開すぎじゃないですか?」

「そう? 初めての配信だったから楽しくなっちゃってたのかも」


 私とまりは力尽きてその場に倒れ込んでいるのに、しおりお姉ちゃんだけが涼しい顔をして笑っている。今回の配信はしおりお姉ちゃんに振り回され、リスナーにいじられまくって散々だった。特にまりが。


「まりちゃんごめんね? 嫌だった?」

「嫌ではないですけど……」


 しおりお姉ちゃんが申し訳なさそうに謝ると、まりは気まずそうに目を逸らす。配信というものは基本的に爪痕を残してナンボだ。まりがしおりお姉ちゃんにいじられて、それにリスナーが乗る。そういう形をリスナーは望んでいたということだ。

 しかし、いじられキャラになったまりは納得がいかないのか口を尖らせている。私はまりの気持ちがわかる。今回の配信はしおりお姉ちゃんに全てを持っていかれていたから。普段配信に出ない人を配信に出したことである程度しおりお姉ちゃんにスポットが当たるのは予想していたが、主役を持っていかれるとは思っていなかった。


「それにしても、しおりお姉ちゃんに配信の才能があったなんて……」

「え、そうかな? そんな才能あった?」

「あれだけのコメント捌きをして無自覚ですか……」


 配信に慣れていない人間があんなにもリスナーと意気投合するのは珍しい。配信慣れしている私たちでさえ、コメントを拾ってその上で面白くエンタメに昇華するのは難しい時があるのに。しおりお姉ちゃんの適応力は目を見張るものがある。


「でも、才能あるなし関係なくボクは楽しかったよ」

「! よかった……私もみんなが楽しそうで嬉しかったよ」


 しおりお姉ちゃんは屈託のない笑顔でそう答える。その笑顔は私たちに気を遣ったものでもなければ、嘘を吐いているようにも見えなかった。本当に楽しかったんだと、私はその表情から察することが出来た。

 突発的に始めた配信だったし、あまり事前説明も出来ていなかった気がする。それなのに快く配信に出ることを許可してくれて尚且つ全力で楽しんでくれて。


「しおりお姉ちゃんは、いい人だね」

「……え? なに急に。どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


 私は思わずそう呟いていた。しおりお姉ちゃんは困惑していたけど、私はそれ以上何も言わなかった。


「あっ! ちょっとちょっと! 二人だけでイチャイチャしてずるいわ!」


 しおりお姉ちゃんと私との間に、まりが割って入ってくる。しおりお姉ちゃんは「別にイチャイチャしてないよ」と笑っているが、まりは「あたしがいるの忘れないでよねっ」と対抗心を燃やす。

 その光景が面白くて、私は思わず吹き出してしまった。それをきっかけにして、まりもしおりお姉ちゃんもつられて笑いだす。三人だけの空間に笑い声が響く。


「まりってほんとヤキモチ焼きだよねー」

「なっ、なによ。悪い?」

「悪くないよ。そういうところもかわいいと思うよ」

「かっ! ……ふん、当然だわ」


 私が言うと、まりは得意げに胸を張る。そんなまりを見て、しおりお姉ちゃんがくすくすと笑う。


「まりちゃんは単純だね」

「な、なんですかそれ! あたしがチョロいとでも!?」

「自覚あるんかい」


 私は思わずツッコミを入れる。まりはそんな私の反応が気に食わなかったのかキッと睨みつけてくる。今日のまりは表情がコロコロ変わって忙しそうだ。私はまりを宥めながら、自然と口元が緩んでいくのを感じる。

 三人でいる時間はとても心地が良い。まりとしおりお姉ちゃんがじゃれているのを見るだけで心が穏やかになるし、私の心も満たされていくような気がする。


「さて、じゃあもう夜遅いし寝ようか」

「え、まだ寝たくないんだけど」


 しおりお姉ちゃんがそう提案するが、私は不満をこぼす。せっかくこうして三人でいる時間が出来たのにもう寝るだなんてもったいない。もっとこの時間を楽しみたいのに。


「夜更かしはお肌に悪いよ? それにボクもちょっと眠いし」

「む……じゃあ仕方ないか……」


 しおりお姉ちゃんにそう言われると、私は反論することが出来ない。確かに夜更かしは美容の敵だ。しおりお姉ちゃんみたいな美人になるためには、それ相応の努力が必要だろう。


「じゃあ電気消すね」


 しおりお姉ちゃんがそう言って部屋の電気を消す。なんだか当たり前のようにみんなで一緒に寝ることになったが、修学旅行の夜みたいで少しワクワクしている自分がいる。


「じゃあおやすみ」

「うん、おやすみ」


 しおりお姉ちゃんがそう言ってから数秒後、隣から寝息が聞こえてきた。私はまりの方へ寝返りを打ってその寝顔を覗くと、すでにすやすやと寝息を立てていた。


「もう寝ちゃったんだ」


 私がそう呟いても返事はない。まりの寝息は規則正しくて、その寝顔はとても安らかだ。そんなまりの頬をつんつんと指でつつくと、鬱陶しそうに顔を顰める。それが面白くて、私はついついまりをいじめたくなってしまう。


「ふふふ、かわいいなぁ」


 私はまりの頬をつんつんとつつき続ける。まりは鬱陶しそうに眉を顰めるが、起きる気配はない。それが面白くて、私はしばらくまりをいじって遊んでいた。


「……ん? あれ?」


 そんな時、ふとしおりお姉ちゃんの方へ目を向けると、しおりお姉ちゃんも寝息を立てていた。どうやらしおりお姉ちゃんも寝てしまったらしい。


「もう……私一人じゃん……」


 私はしおりお姉ちゃんとまりの寝顔を交互に見る。しおりお姉ちゃんは穏やかな表情で寝ていて、まりも幸せそうな表情を浮かべて眠っている。

 二人とも配信終わったばかりなのによくすぐに寝られるな……と私は感心する。配信でアドレナリンが出ていて、興奮が冷めていないからすぐに寝られないものだと思っていた。私もそうだし、前世でもよくそういう話を聞いていた。


「……二人ともよく寝るなぁ」


 私はまりとしおりお姉ちゃんの頬をつんつんと指でつつく。二人は変わらず安らかな寝息を立てていて、起きる気配は微塵も感じられない。本当に寝つきがいいみたいで羨ましい限りだ。

 二人の寝顔を見るだけで幸せな気持ちになる。この空間がいつまでも続けばいいのに……なんて思ってしまう。


「ん……ふあぁ……」


 そんな時、私のあくびが漏れる。私もそろそろ寝られそうだ。


「二人ともおやすみ……」


 私は二人にそう囁きかけて、ゆっくりと目を閉じる。

 こうして三人で過ごす一日は、静かに幕を閉じたのだった。


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