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第79話 三人での配信

「……これもう音入ってる?」

「入ってる入ってる。変なこと言わないでね」

「こんな形で配信なんて新鮮でいいわね」


 突発配信……告知も企画も何もなく、ただつけただけの人が集まるかもわからない配信。だが物好きもいるらしく、わらわらと同接が増えていく。誰が言い出したか『私たちの日常を配信に残したい』ということで始めたのだった。


【お? なんだなんだ?】

【この声もしかしてまりんちゃんもいる?】

【オフコラボ!?】


 コメント欄がどんどん盛り上がっていく。自分たちの日常を適当に話すだけというあまりに単純な配信なのだけど、それがリスナーには楽しいらしい。というより、私とまりんの仲の良さを認知しているリスナーが多いから成り立つのだろう。

 しかし、今日はもう一人いる。私とまりん、二人のVTuber活動を根本から支えてくれる人。そう……


「こんにちはー。ボクの声を配信に乗せるのは初めてかな? どうも。けーちゃんとまりんちゃんのママしてます」

【ママ!】

【えっ、ついにママもVTuberデビュー?】


 視聴者がざわついている。無理もない。しおりお姉ちゃんが配信に出てくるのは初めてだから。いつもは裏方で支えてくれている存在。それを改めて認識したリスナー達は各々の思いをコメントに書き込んでいく。


【ママいつもありがとう!】

【けーちゃんやまりんちゃんのこと作ってくれて感謝】

【いい声! ママも配信しないの?】

「ボクも配信を……? ボクは配信見てるだけで充分かなー。二人の配信面白いでしょ?」


 しおりお姉ちゃんは配信初心者ということを感じさせないほどのコメント捌きを見せる。さすがはしおりお姉ちゃん。多才だ。

 まりも圧倒されているようで、言葉が出ないようだった。かくいう私も口を挟む隙がないほど完璧で、配信に慣れている私とまりを差し置いてしおりお姉ちゃんは一人でリスナーと会話していく。


【けーまりはてぇてぇ】

「わかるわかる。もっと二人の絡み見たいよね」

【俺らけーちゃんがよくママに料理振舞ってる話聞かされてたよ】

「ふふっ。けーちゃんの作ってくれる料理ほんと美味しいんだよ」


 いつの間にか配信はしおりお姉ちゃんの雑談会へと変貌していた。もはや私は何もすることがない。ただひたすらに楽しそうに話すしおりお姉ちゃんを見守っているだけ。……いいんだろうか、これ。

 まあでも、リスナーもしおりお姉ちゃんも楽しそうなのでいいことにしよう。みんなが楽しいのが一番だ。まりはちょっと納得いかないようだけど。


「ちょ、ちょっとあんたたち! ママばっかり構わないであたしらにもなんか言いなさいよ!」


 まりは配信上での敬語キャラを忘れ、素のままリスナーに声を掛ける。私も内心はまりと同じ気持ちだった。配信を見ている人が楽しいのが一番だけど、私たちを応援してくれている人たちのコメントも欲しいのだ。


【ママを配信に呼んでくれて感謝】

「感想それだけかい!」


 まりはリスナーにつっこむけど、リスナー達はあまり気にしていないようでしおりお姉ちゃんに対する質問や感想でどんどん埋まっていく。どんまい、まり。


「なんかママに負けた気がするわ……」

「えっ、なんかごめんね?」

「……それ、無自覚煽りって言うのよ……」


 まりが呆れながら呟く。しおりお姉ちゃんはとぼけたように笑うばかり。


「まあ、何はともあれ。これからもよろしくね、けーちゃん、まりんちゃん」

「うん。こちらこそよろしく」

「ま、まあ……よろしくしてあげなくもないわ!」


 しおりお姉ちゃんが改めて私たちに挨拶する。私もまりもそれに続いた。これからも私たちの日常は続いていく。しおりお姉ちゃんとまりがいれば、きっと大丈夫だ。

 リスナーも私たちのやり取りを後方腕組みして眺めていることだろう。まりに辛辣に見えるリスナーもまりのことが好きだからこそイジるのだろう。


 しおりお姉ちゃんも、まりも、リスナーも、みんな私の大切な人。私はこの人たちと出会えて本当によかったと思う。これからもずっとみんなと一緒にいたい。そう強く願うのだった。


「そういえば。まりんちゃんはけーちゃんのこといやらしい目で見てるみたいだけど、ボクのこともそういう目で見てるの?」

「……は!?」

【お? なんだなんだ?】

【まりんちゃんママに変態なのバレてるの草】

【ママをいやらしい目で見るVTuberとか嫌すぎワロタ】


 まりの顔が一気に赤くなっていく。しおりお姉ちゃんの突然の爆弾発言に、コメント欄もざわついていた。私は笑いが堪えられない。

 確かにまりはたまに私のことを変な目で見ている時がある。けど、それは仕方ないと思うのだ。まりは私のことが好きなのだから。……自分で言うのは恥ずかしいけど。


「ちょっとあんたたち! ママも何言ってんのよ!」

「あ、ごめんね。口が滑った」


 しおりお姉ちゃんは舌をペロリと出して謝るが、まりの怒りは収まらないようだ。コメント欄でも【謝れて偉い】【ママ可愛い】と擁護するコメントで埋め尽くされているけど。

 まり虐が捗っているらしく、いつもよりリスナーが生き生きしている気がする。私もまりの悶える姿は嫌いじゃないし、この流れは歓迎だ。


 そういえば前に配信で、私とまりがカップリングにされかけたことがあったっけ。その時はリスナーも悪ノリしてまりをイジり倒していたけど……今思えばあれも一つの愛の形だったのかもしれない。まりはほんとリスナーに愛されているな。


「もう、ママ嫌い!」

「ごめんねまりんちゃん。お詫びに今度一緒にお風呂入ろ」

「は、はあ!? なんであたしがそんなこと……って、あんた今なんて言った!?」


 しおりお姉ちゃんはギアが上がってきたらしく、どんどん暴走していく。まりはしおりお姉ちゃんのペースに乗せられて、もうタジタジだ。

 私はそんな二人の様子を眺めているだけで楽しい。やっぱりこの二人は最高だなと思うのだった。


「じゃあそろそろ終わりにしようか」

【楽しかった!】

【また配信してね!】


 しおりお姉ちゃんが締めの挨拶に入り、それに続いて私たちは挨拶をする。楽しかった配信もそろそろ終わりの時間だ。

 ……まりをイジって終わったけど、いいんだろうか? まあでも、これはこれで私たちらしいのかもしれない。そう納得することにした。


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