「しおりさんには不思議と甘えたくなる雰囲気がありますねぇ〜」
「そうかな。でもそう言ってもらえて嬉しいよ。ボクもまりちゃんと仲良くなりたかったからね」
そろーっとリビングの方を気付かれないように見ているが、しおりお姉ちゃんの股の間にまりがちょこんと座っている状態だ。甘えていることもあり、なんだかまりがペットに見える。私がまりのことを猫みたいだと思ったのも案外間違ってないのかもしれない。
「かなちゃんのことが特別なのは変わらないけど、ボクはまりちゃんのことも好きだよ」
「え、あたしのことも?」
「うん。あの配信はまりちゃんにしか出来ないと思うし」
「見てるんですか!?」
しおりお姉ちゃんはまりの配信を気に入っている。面白いだとかぶっ飛んでるだとかなかなかに高評価だ。だけどまりはそれを初めて知ったらしく、とても驚いている様子だ。
いくらまりにVTuberとしての身体を作った『ママ』であろうと、その子の配信を見る義務はない。しおりお姉ちゃんが薄情な人でないのは、幼い頃からの付き合いがある私にはわかりきっていることだが、付き合いの浅いまりにはわからないのも無理はない。
「もちろん見てるよ。かなちゃんの配信も、まりちゃんの配信も」
「えへへ、なんだか面と向かって言われると照れくさいですね」
まりはしおりお姉ちゃんに褒められ、とても嬉しそうだ。そういえば、私はまりの配信褒めたことってあったっけ?
……たまには素直に褒めた方がいいのかもしれない。あんなにでろでろに蕩けているまりを見たことがない。ちょっとジェラシー。
「まりちゃんの配信見てると、なんか元気もらえるんだよね。自然と笑顔になるっていうか」
「馬鹿なこと言ってるだけなんですけどね」
「馬鹿になれるのも才能だと思うけど?」
まりは自嘲するが、しおりお姉ちゃんはそれを才能だと言う。配信の時に素を出せて、それを見た人に元気を与えられる。それが出来るのは確かに凄いことだ。
……私にそれが出来るだろうか。配信はこれからもするし楽しいけど、まりのように素を曝け出すなんてこと出来ない気がする。みんなにはキラキラとしたかっこいい自分を見せたいから。
「……このままでいいんですかね……」
しおりお姉ちゃんにベタベタ甘えていたはずのまりが、ふとそうこぼす。ここからだとまりの表情はあまり読み取れない。だけど、声のトーンが少し低かった。
「ボクはこのままでいいと思うよ」
しかししおりお姉ちゃんはあっけらかんとして、そう答えた。このままでいい。それがしおりお姉ちゃんが導き出した答えだ。でも、まりは納得がいかないらしく、不満そうに唇を尖らせる。
「あたし、けーちゃん……かなみたいになりたくて、それが理由で配信始めたんですよ。なのにいつの間にか変態みたいになっちゃって、憧れてた姿と今の自分がかけ離れてるっていうか……」
それはきっと、まりの本心。この気持ちは私には話せないだろう。憧れの張本人には。
だからこそ、今こうして私のいないところでしおりお姉ちゃんに本心を語っている。ずっと奥底にしまっていたであろう、他の人には見せられない弱い部分を。
しおりお姉ちゃんは、そんなまりの気持ちを優しく受け止めていた。
「憧れるってことはさ、その人を真似するってことじゃないと思うよ。憧れた人の良いところを自分のものにして、それを自分なりにアレンジするんだよ。だからかなちゃんみたいになりたいって思いは間違ってない」
「でも……あたし……」
「まりちゃんがかなちゃんに憧れてるのはわかるけど、それはあくまで憧れであって、同じになる必要はないんだよ」
しおりお姉ちゃんはまりを諭している。でも、私にはわかる。それは気休めの言葉じゃない。本当にそう思っているんだとわかった。だって、その言葉にはとても説得力があったから。
憧れることに意味はある。だけど同じものになろうとする必要はない。それは、私も経験してきたことだった。推しに憧れて、推しのようにみんなを明るく照らせる存在になりたかった。
「けど、同じになる必要はない……か」
その言葉が、体にすーっと溶けていくような感覚があった。憧れることは必要。だけど同じになる必要はない。その言葉が私の凝り固まった考えをほぐしていく。
推しと自分を比較して落ち込むこともあったけど、この言葉を思い出せればもう大丈夫だ。私は私。他の誰かになろうとしなくていいんだ。
……しおりお姉ちゃんは、本当にすごいな。
「しおりさん……ほんと、かなが言ってた通りすごいですね。あの子がべた褒めするのもわかります」
「かなちゃんが? ボクを?」
まりがしおりお姉ちゃんのことを褒める。珍しいこともあるものだ。でろでろに甘えているところから既にレアだったけれど。
それはそうと、私のことを話題にあげないでほしい。恥ずかしいじゃないか。もちろん私は普段しおりお姉ちゃんのことを褒めているけど、人にそれを言われるとえも言われぬ恥ずかしさがある。
「もう耳にタコができるくらい聞かされました。すごい人だと」
「……そっか」
しおりお姉ちゃんは一言そう返すと、少し照れ臭そうに目線を逸らす。なんだかその様子が微笑ましくて、自然と笑みが溢れる。恥ずかしかったのがどこかへ行ってしまった。しおりお姉ちゃんの赤い顔が見られてちょっと嬉しい。
「……ところで、かなちゃんはいつまでそこで見てるのかな?」
「えっ」
「え?」
しおりお姉ちゃんの問いかけに、私とまりが短く声を上げる。まりは気付いてなかったみたいだ。
「いや、その……あはは……」
私は誤魔化すように笑いながらリビングに入っていく。しおりお姉ちゃんにはバレていたらしい。なんだか恥ずかしい。
「もう、いるなら言ってくれればよかったのに」
「ごめんごめん」
「え、え、いつから? いつからいたのよ!」
まりはようやく現状を掴めたのか、途端にわたわたし始める。そんな様子に私は思わず笑ってしまった。しおりお姉ちゃんも笑っている。
しかし、しおりお姉ちゃんはなんでわかったのか。そこを尋ねるのはちょっと怖いのでやめておくけど。
……やっぱり、この3人でいる時間が大好きだ。いつまでも続いてほしいと思うくらい。