「ふぅー……お風呂あがったよー」
「おかえりー。って、すごいふにゃふにゃ顔になってるね」
「お風呂気持ちよすぎたぁ」
いつもやる気のないだらけた表情をしているしおりお姉ちゃんだが、お風呂上がりになるとそれがもっと加速するようだった。気が抜けすぎて、目を離したらその場に倒れてしまいそうだ。
「ほらー、早く髪乾かさないと風邪ひいちゃうよ」
「んー……もう今日は疲れちゃって動けない……」
「もう……じゃあ私が乾かすからこっち来て」
しおりお姉ちゃんは動くのが本当に億劫なようで、私が呼ぶと素直に私の前にちょこんと座った。
私はしおりお姉ちゃんの綺麗な髪を傷めないように丁寧にタオルで水気を取っていく。しおりお姉ちゃんは髪を乾かす時、いつも気持ちよさそうに目を細める。
……何だかこうしてみると、本当に猫みたいだ。私はしおりお姉ちゃんのこの顔が好きだった。
普段、だらけてばかりでだらしがなくて、でもやる時はちゃんとやって、私なんかより全然しっかりしてるように見えて。でも本当は甘えたがりで、そんなギャップが可愛くて。
「むぅー……かな! あたしの髪も乾かして!」
「え? まりはもうドライヤーもしてたじゃ」
「いいから!」
「はいはい。あとでやるからしおりお姉ちゃんのが終わってからね」
なんだか今なら子供が複数いるお母さんの気持ちがわかるかもしれない。私はそんな変なことを考えながら、しおりお姉ちゃんの髪を乾かしていく。しおりお姉ちゃんの髪は短く整っていて触り心地がいい。
私はしおりお姉ちゃんの髪に指を通してその感触を楽しんだ。
「しおりお姉ちゃんの髪サラサラだよねー。なんか特別なことでもしてるの?」
「んー……別に何もしてないんだけど」
「そっかー」
しおりお姉ちゃんの髪は特別何かしてるわけじゃないらしい。でも、それならどうしてここまで綺麗なんだろう。私はその疑問を聞いてみることにした。
「ねぇ、なんでしおりお姉ちゃんの髪ってこんなにサラサラなの?」
「んー……それはね……」
「それは?」
「かなちゃんがいつも髪を優しく触ってくれるからだよ」
そう言って、しおりお姉ちゃんは私に満面の笑みを向けてきた。私はその表情を見て、しおりお姉ちゃんと目を合わせていられなくなった。
多分今、私の顔は真っ赤になっていると思う。
しおりお姉ちゃんのこういうところがズルいと思う。いきなり不意打ちをしてくるのだ。そしてそんな不意打ちにいつもドキドキさせられるのは私だ。
「はぁ……あたしがいるのに目の前でイチャイチャするのはどうかと思うわ」
「! ま、まり! ごめん……」
そこでようやくまりがいたことを再確認した。しおりお姉ちゃんが変なことを言うからまりのことが頭から抜けていたのだ。私は慌ててまりに謝る。
だけど、まりの不機嫌そうな顔は変わっていない。……どうしよう。私がしおりお姉ちゃんを甘やかすから、それを目の前で見せつけられて怒ってるのかな。
「かな! あたしの髪も乾かして!」
「え? あ、うん。いいよ」
まりの機嫌をどう取ろうか考えていると、まりが私の前に来てそう言った。私は少し驚きながらも、言われた通りにまりの髪を乾かすことにした。
「かなの手つきって優しいわよね」
「……そう?」
私はしおりお姉ちゃんの髪を優しく丁寧に触ってる自覚はあるけど、他の人の髪をすいた経験はないのでよくわからない。私はまりの髪を乾かしながら、まりの様子をうかがう。すると、さっきまで不機嫌だったはずのまりの表情が段々楽しそうになっていった。
「ええ。大事にされてる感じがして嬉しいわ」
「そ、そう?」
まりにそう言われるとなんだか気恥ずかしい。私は照れ隠しをするようにまりの髪を乾かすことに集中した。
「はい、乾いたよ」
「ありがと」
しおりお姉ちゃんとまりの髪を乾かして、私はお風呂に入る準備をしようと立ち上がる。二人は先に入ったからいいだろうけど、私はまだお風呂にすら入っていないのだ。そんな人に髪を乾かさせるなんてどうかしている。
……まあ、私は人の髪を乾かすのが結構好きだったりするからいいんだけど。満足そうな顔も見られたことだし。
「かな、お風呂入るの?」
「そりゃあね、まだ入ってなかったから」
「えー、かながいなかったら何すればいいのよ」
「えぇ……」
完全に頭がふやけて幼児退行したようで、まりが駄々をこねる。私はそんなまりの様子にどうしたものかと頭を悩ませる。
そんな時ふとしおりお姉ちゃんと目が合う。そうだ、もうめんどくさいからしおりお姉ちゃんに押し付けよう。
「じゃあしおりお姉ちゃん、よろしくお願いします」
「はーい。こっちは任せて行っておいでー」
「うん、ありがと。まりの相手頑張ってね」
私はしおりお姉ちゃんに任せてお風呂場に向かう。そして、お風呂場に入ってようやく一息つくことができた。……本当に今日は疲れたな。
でも、楽しかったからよしとしよう。
また寝る時にも「一緒に寝たい」だとかめんどくさいことになりそうだけど、今は考えないことにする。それより、しおりお姉ちゃんとまりの仲が深まったような感じがあったのが一番の収穫だ。なんかよくわかんない取引もしていたし。
「そういえばお風呂がどうとか言ってたけど……さすがに二人して覗くとかない、よね?」
気になって入口の方を恐る恐る振り返るが、怪しい気配も動きもなくほっとする。やっぱりあれはノリとか勢いの類だったのだろう。私は安心して湯船に浸かり、ゆったりとした時間を過ごした。
「ふぅ……」
お風呂からあがり、ドライヤーで髪を乾かす。あの二人が今何をしているのかわからないが、散々髪を乾かせとねだっておいて私にはしてくれないのかとちょっと拗ねる。
まあ、自分でやる方が早いからいいのだけども。それに、二人が仲良くしていてくれればこっちにばかり負担がかかることもなくなるだろう。
私は二人のことを頭から追い出すと、ドライヤーに集中した。そして髪を乾かし終えると、キッチンに向かう。とりあえず何か飲もうと思い、冷蔵庫からお茶を取り出す。
するとリビングの方から声が聞こえてきた。どうやら二人は仲良くテレビでも見ているようだ。お風呂が済んでもまだ寝る様子はないらしい。まあ、元気そうで何よりだ。
「しおりさぁーん」
「んー?」
そしてまりが突然、そんな甘えた声を出した。私はその声を聞いてお茶を飲むタイミングを逃してしまった。まさかあのまりがしおりお姉ちゃんの前でそんな声を出すなんて……レアなこともあるもんだ。
「あたし、しおりさんのこと大好きです〜」
「ボクもまりちゃんのこと大好きだよ」
一体何が起こっているんだろう。めちゃくちゃ気になる。私は耳をそばだててしばらく静かに観察することにした。