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第74話 まりとしおりお姉ちゃん

「お久しぶり、まりちゃん」

「お、お久しぶりです……しおりさん……」

「あっはっは、まりそんな固くならないの」


 今日はまりとしおりお姉ちゃんの顔合わせの日。私の幼なじみで私のVTuberの身体を作ってくれたしおりお姉ちゃん。その人がまりのVTuberとしての身体も作っているんだと伝えるための集まりだ。

 伝える必要は、もしかしたらないのかもしれない。だけど、私たちの繋がりを示すためにも伝えたかった。


「い、いやだって緊張するわよ! 今日で会うの二回目なんだし! 初めて会った時もそんなに話してないし!」

「あー、まあそうだよね。でもしおりお姉ちゃんいい人だから大丈夫だよ」


 まりは目に見えて緊張していて、借りてきた猫のように怯えている。まりが人見知りするタイプには見えなかったけど、よく考えたらまりのVTuber活動を支えている人が目の前にいるのだ。そりゃ緊張するか。


「それで、その……あたしとかなのママがしおりさん……ってこと、なんですね?」

「そうそう。でもそんな身構えなくていいよ。ボクが好きでやってることだし、自分の技術を磨くことにも繋がってるしね」


 まりはおどおどしたままだし、しおりお姉ちゃんもまりを和ませようと優しく話しかけている。なんだかじれったくて口を挟みたくなるけど、今は二人だけで会話させた方がいいだろう。私は黙って成り行きを見守ることにした。


「そうですか。本当にありがとうございます。あたしの身体を作ってくれたことも、かなを……『イニシャルK』を作ってくれたこともとても感謝してます」

「まりちゃん……!」


 そうだ。まりは私……『イニシャルK』に憧れている。『イニシャルK』の配信を見て、自分もVTuberになりたいと思ってくれた。でも、しおりお姉ちゃんがいなければ『イニシャルK』は生まれなかった。だからこそまりは感謝しているんだ。憧れの人を生んでくれたしおりお姉ちゃんに。


「こちらこそ。かなちゃんを……『イニシャルK』を好きでいてくれてありがとう」

「……あたしがけーちゃんを好きな気持ちは、しおりさんにも負けませんよ」

「あははっ。言うねぇ。その気の強さ嫌いじゃないよ」


 あれ、なんだか一触即発の空気? でもそれにしては二人ともいい笑顔だ。さわやかなライバル関係みたいな雰囲気になっている。今の会話でどうしてそうなった。

 でも二人とも楽しそうでよかった。まりはいつの間にか人見知りモードではなくなってるし、しおりお姉ちゃんもいい具合に遠慮がなくなっている。まりとしおりお姉ちゃんも仲良くやっていけそうで何よりだ。


「あっ、そうだ。かなちゃんちょっといい?」

「え、はい?」


 二人が盛り上がってるのを見てほっこりしていると、急にしおりお姉ちゃんに声をかけられた。なんだろう。やっぱりまりちゃんとは気が合わないから帰るとか言われるのだろうか。


「いつものようにご飯作ってよ。お腹すいちゃった」

「え? あ、まあ、いいけど……急だね?」

「いつも……かな、いつもしおりさんにご飯作ってるの?」

「えぇ? うーん、毎日とかじゃないけど、週一くらいは振舞ってるかな?」

「ふーん……」


 しおりお姉ちゃんの言葉に、まりがピクリと反応する。その顔つきは少し険しく、まるで気に入らない人を見るような目だった。あんなに仲良さそうにしてたのになにがきっかけでそうなってしまったのか。

 女心と秋の空という言葉もあるくらいだし、それくらい女心というのはわからないものなのだろう。……多分。


「じゃああたしにも作ってよ。今日はかなのご飯が食べたいわ」

「まあ、そのくらいなら……」


 まりが何に拗ねているのかはわからないが、とりあえず頷いておく。一人に振る舞うならもう一人増えたところで支障はない。二人に私の料理を食べてもらえるのは嬉しいことだし。


「というわけでしおりさん。今日は三人で食べましょう。いいですよね?」

「……もちろん。みんなで食べた方が美味しいしね」


 まりはしおりお姉ちゃんに有無を言わさぬ笑顔で言い放ち、しおりお姉ちゃんもそれに笑顔で応じている。二人が笑顔でいられているならなんでもいいけど、何か妙な空気になっているのは気のせいだろうか。

 私はもうこの場を離れたかった。ここに居づらい。


「……えっと、じゃあ、私は帰って料理作ってくるから」

「あ、待ちなさいよ」

「そうそう、かなちゃんの家でご馳走になるんだからみんなで一緒に行こうよ」

「えぇ……」


 一度この二人から離れたかったのに、許してもらえないらしい。まりとしおりお姉ちゃんにがっしり腕を掴まれ、逃げられそうにない。両手に花……というのだろうが、その花はどちらも毒や棘を持っていそうだ。

 でも、正直私の料理を楽しみにしてくれてることは悪い気がしない。一人より二人、二人より三人だ。一緒にご飯を食べて、笑顔になってもらえるなら作りがいもあるってものだ。


「じゃあ三人で行こっか」

「……そうね」


 私が歩き出しても二人は腕を離してくれない。むしろ二人の握る力が強まった気がする。それでも不思議と嫌じゃないし、なんだか可愛らしく見えてくるから不思議だ。

二人は私のご飯を楽しみにしてくれている。私も二人の最高の笑顔を想像しながら、今日の献立を考える。


「かなの料理、楽しみだわ」

「かなちゃんの料理はどれも絶品だからねー」

「あはは……しおりお姉ちゃん大袈裟だよ」


 しおりお姉ちゃんの言葉がむず痒くて、でも嬉しくて。顔が緩みそうになるのを感じながら、私は自分の家に歩いていく。

 独りになってしまった惨めな前世を思い起こしながら、二人の体温を感じる。今のこの温もりは、前世の私では考えられなかっただろう。


「ねえかな。今日の献立は?」

「んー? そうだねー」


 まりが可愛く聞いてくる。その姿を横目で見ながら、私は何を作ろうか考える。


「……ハンバーグ、とか?」

「いいわね! 考えただけでお腹すいてきちゃったわ」

「かなちゃんは人を腹ぺこにさせる天才だからね」

「なにその天才」


 前世ではありえないと思っていた光景。それが今こうして目の前に……両脇に広がっている。この現実を、この温もりを、私は噛み締める。そして二人にバレないように小さく笑うのだった。


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