「久しぶりにカラオケに来たわ……勝手に決めちゃったけど、かなもここで良かったかしら?」
「うん! 楽しみ!」
私としても久しぶりのカラオケだったので、テンションが上がっていた。一緒に遊ぼうと誘ったのは私だったけど、遊ぶ場所については何も考えていなかったのでまりが提案してくれて助かった。
「かなが珍しく遊ぼうとか言うから行きたいところでもあるのかと思ってたわ」
「あっははー……まりと遊びたいって思いが先行しちゃって、何も考えてなかったや」
「……そ、そう」
まりが照れ隠しをするように顔を逸らした。顔が少し赤い気がするけど、気のせいだろうか。まりにどうしたのか聞こうとする前に「さっさと行くわよ」と促されてしまったのでタイミングが掴めずに終わったのだった。
「かなは何歌うの?」
「んー……どうしよう」
機械を操作する前に聞かれたけど、特に決めてなかった私は首を傾げて考える。元々歌うことが好きな私は配信でもよく歌っているし、歌ってみた動画もたくさんあげているので改めて歌いたい曲というのが浮かび上がってこない。
「まりは? 何歌うの?」
「あたし? あたしは……これかしら」
そう言ってまりが押したのは、最近流行っているアニメのオープニング曲だった。私もアニメ自体は見ていないけど曲はよく聞いている。
まりがマイクを手に取って、画面に映った歌詞を見ることなく歌い出した。流石の歌唱力に私は聞き惚れてしまう。特に高音部分がすごく綺麗で、透き通るような歌声だった。
一通り歌い終わったまりが満足そうに息を吐くのを見て拍手を送った。
「まりすごい! めっちゃ上手いよ!」
「そ、そう? ありが……じゃなくて! かなも何か歌いなさいよ」
「あ、そうだった。えーと……んー……」
まりに活動のことがバレるといけないし、あまり配信で歌わないような曲がいいだろう。とはいえ、有名どころは大抵歌ってきているから選曲が難しい。あまりマイナーなのを歌っても盛り上がらないだろうし。
「これかな」
私が選んだ曲は、最近人気が急上昇中の女性シンガーソングライターの新曲だった。まりは知っているだろうか。
「かなもこういう曲歌うのね……ちょっと意外かも」
「そうかな?」
まりが意外そうに言うので、私は首を傾げる。私は割と広く浅くなタイプなのでどんな曲でも歌うし、それが意外と言われてしまうとは思わなかった。でも確かにあまり趣味の話はしてこなかったからそう思うのかもしれない。
「じゃあ歌うねー」
「ええ」
私が選んだ曲はバラードで、ゆっくりとしたテンポの曲だ。音程も取りやすく歌いやすい。歌詞も切なくてついつい感情が入ってしまう。
歌っている間、まりはじっと私のことを見ていた。そんなに見つめられるとなんだか歌いづらく感じてしまう。歌い終わった私はマイクをテーブルの上に置いてまりを見た。
「な、なに?」
「……いえ、やっぱりかなって歌上手いわよね」
「え、改まってどうしたの……?」
褒められたのは嬉しいけど、どこか含みのある言い方に引っかかった。まりが何か言おうとするも、首を振って私から目を逸らす。そしてため息をついたかと思えば、おもむろにマイクを手に取る。
「あたしこれにしようかしら」
「あ……うん」
結局まりは何を言いたかったのかわからなかったけど、私はそれ以上聞くことはしなかった。
「楽しかったー! 久しぶりに好き勝手歌ったからスッキリしたよ」
カラオケを出た私たちはそのまま帰ることにした。外はすっかり暗くなっていて、街灯が道を照らす中を歩く。まりは何も言わずに私の横を歩いていた。私も特に話すことなく歩いていると突然手を握られた。
「まり?」
驚いてそちらを見ると、まりは下を向いていて表情がよくわからなかった。どうしたんだろう。心配になっていると、しばらくしてからまりが口を開いた。
「かな、あたしに何か隠してることあるでしょう」
「え……?」
私はドキリとした。心臓が痛いほどに脈打って体温が上がる感覚と同時に、緊張で全身の血の気が引く感覚。そのどちらもが襲ってきて私は咄嗟に言葉が出てこなかった。
「な、なんのこと?」
「とぼけないでよ」
まりが顔を上げて私を見る。その表情は怒っているような、悲しんでいるような複雑なものだった。
「……かなはあたしの親友よ」
「え……?」
まりの突然の発言に私は面食らってしまう。そんな私に構わず、まりは話を続けた。
「あたしは……かなの親友だと思ってるわ」
「あ……」
まりの言葉に私は思わず泣きそうになった。だってそれは私にとって嬉しい言葉だったから。それと同時に申し訳なくなった。だって、そんな親友に隠し事をしているのだから。まりのためにも言わない方がいいと思っていたけど、ここまで来たらむしろ隠している方が誠実じゃないだろう。
私はまだ覚悟も勇気もなかったけど、まりの顔を見たらリスクなんてものが次々と吹っ飛んでいくのがわかる。言わなきゃ。伝えないと。まりにそんな顔をさせたまま帰るわけにはいかない。
「まりは、VTuberやってるでしょ?」
「そうね」
「尊敬してる人がいるんだよね?」
「そうね」
「……私がその人だって言ったら……どう思う?」
返事はない。まりが息を呑むのがわかった。緊張で喉が渇くのを感じる。逃げたくなる気持ちを抑えながら、私はまりを見つめたまま答えを待った。
やがてまりが口を開く。まるで死刑宣告を待つ罪人のような気分だったけど、まりから返ってきた言葉は予想外のものだった。
「素敵じゃない」
「……へ?」
思っていたのと違う反応が返ってきたので、私は素っ頓狂な声を出してしまう。まりはそんな私を見てクスリと笑った。
「あたしもこれでも驚いてるのよ? あなたが『イニシャルK』だってこと。でも不思議ね……なんだかしっくり来るんだから」
「まり……」
まりの言葉に胸が温かくなるのを感じた。受け入れてくれたんだとわかって、自然と口角が上がる。
そんな私を見てまりが微笑んだ。私はまりに全てを話した。VTuberになった経緯、配信のスタイル、そして今やっていること。まりは時折相槌を打ちながら話を聞いてくれた。
「かなにも憧れの人がいるのね。あたしの憧れの人が憧れるんだからきっと素敵な人なんでしょうね」
「……うん、そうなの。今はいないんだけど、ほんとに救われたんだ」
VTuberのことは打ち明けられても、前世のことを打ち明けるわけにいかなくて憧れの人……推しについては詳しく話せない。だけど、それでもまりは真剣に聞いてくれた。私は本当にいい友達を持った。
尊敬する人が身近な人だとわかったらショックを受けてしまうんじゃないかとか、私が『イニシャルK』としてVTuber活動をしていると話すとどんな反応をされるんだろうとか、色々不安だったのにそんな私の想像を軽々と笑い飛ばしてくれるのだから。むしろ隠し事をされていることに悲しそうな反応をされるとは思わなかった。
これからはもっと固い絆で、私とまりは結ばれていくのだろう。