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第71話 まりの玉子焼き

「おはよー、まり。今日もいい天気だね」

「おはよ。でも天気デッキはどうなのよ……」


 ゲームのやりすぎが原因なのか、なんだか妙に頭が痛い。だから脳死で喋っていたら、まりに怪訝な顔をされながらつっこまれてしまった。でも体調不良を訴えると、きっとまりに心配をかけてしまう。


「なんだか話題が思いつかなくて」

「それなら無理に話さなくてもいいのに……」


 なんだか呆れられた気がするけど、それも気にならないくらいに頭が回らない。配信でも長時間のゲームをしたりはしないから、こんなにも疲れるなんて思いつかなかった。長時間ゲームできる配信者はすごいと思う。私には到底できない。


「……大丈夫? 調子悪そうよ?」


 まりが私の顔を覗き込んで心配してくれる。


「うん、大丈夫」

「本当に? 無理してない?」

「本当に大丈夫。ちょっと頭が痛いだけだから……」

「……そう? ならいいけど、もし調子悪くなったらすぐ言うのよ」

「うん、ありがとう」


 まりの優しさが身に染みる。でも、これ以上心配をかけたくないから、なんとかして話題を見つけないと。

 そういえば、まりとは一緒にゲームをしたことがない気がする。そう気づいた私は、まりにゲームを提案してみることにした。


 ……でもその前に、この頭痛をどうにかしないと。

 そう思って、私は薬箱から頭痛薬を取り出すと、それを水で流し込む。そして、少しして効果が出てきたのを確認してから、まりに声をかけたのだった。


「ねぇ、まり。放課後一緒に遊ばない?」

「遊ぶのはいいけど……頭は大丈夫なの?」


 煽りでもなんでもなく、これは心配の言葉なのだろう。それにしても他に言い方がなかったのかと言いたくなるのだが。


「大丈夫だって」

「そ。じゃあ放課後、校門で待ち合わせしましょ」


 そう言ってまりは自分の席につく。

 頭痛薬が効いてきたのか、少し痛みが収まってきた。これならまりと一緒にゲームをしても支障はないかな……なんてことを思いながら、私は次の授業の準備を始めたのだった。


 昼休みになると、私の机にまりがやってきた。昼休みはいつもまりとお弁当を食べる。


「あら? 今日お弁当いつもと違うわね?」


 私は基本的にお母さんに作ってもらったお弁当を食べているのだけど、今日はお母さんが用事で遅くなるからと自分で作ったのだ。だから今日のお弁当は軽く作ったサンドイッチ。


「うん、ちょっとね。たまにはお弁当も作ってみようかなって」

「へぇ……ちょっと食べさせてもらえる?」


 少し言葉を交わすと、なんだかキラキラした目でお弁当を見つめるまり。そんなにサンドイッチが食べたいのかと思うと、意外な一面を見られた気がして自然と口角が上がる。

 それに、まりが私のお弁当について興味を持ったことなどこれまで一度もなかった。私もまりのお弁当をじっくり見ることもないし、それが普通だった。それなのに興味を示してくれたということは……


「まりってば私の手作りに興味あるのー?」


 それくらいしか思いつかなかった。私は嬉しさで茶化すようにそう問う。


「べ、別にいいでしょ……ほら、早くちょうだい!」


 少し顔を赤くして急かすように手を出すまり。それがまた面白くて、私はクスクス笑いながらサンドイッチを差し出した。出された手ではなく、まりの口元に向けて。


「はい、あーん」

「……へ?」


 まりは一瞬ポカンとした後、真っ赤な顔で目を泳がせながら慌て始める。


「な、なにやってるのよ!?」

「あれ? 食べさせて欲しいんじゃないの?」

「い、いや、そうだけど! 自分で食べるし!」


 そう言ってまりは私の手からサンドイッチを奪おうとする。でも私はそれをひらりとかわすと、意地悪そうに笑った。


「あーん」

「……っ!?」


 私の言葉と行動に観念したのか、まりは恥ずかしそうにしながらサンドイッチを口に入れた。そして少し咀嚼すると食べる前よりその瞳が輝いて見えた。

 面白くてそのまままりの顔を眺めていると、咀嚼が進んでいくにつれて段々と口角が上がっていくのがわかる。小動物みたいで可愛い。


「どう? 美味しい?」

「……ん、美味しい」


 私が聞くと、まりは恥ずかしそうに顔を背けてしまった。だけど、ほんのかすかに聞こえてきた言葉から、満足そうにしているのがわかる。まりが満足したのなら、今度は私が満足させてもらう番だ。


「……まりのお弁当も食べたいなー」

「あ、い、いいわよ! 何が欲しい?」

「玉子焼き!」

「ふふっ、わかったわ」


 私はまりのお弁当を覗き込んだ後、それを指さしながら頼む。すると、恥ずかしそうにしながらも了承してくれた。私は少し嬉しくなって、わくわくしながらまりが玉子焼きを差し出すのを待つ。


「……はい」

「ありがとう!」


 そして、まりがお弁当の蓋に玉子焼きを二つ乗せて差し出してきた。私はそれを笑顔で受け取ると、一つを口に入れて咀嚼する。


「ん! 美味しい!」

「そ、そう? よかったわ」


 私が感想を伝えると、まりは嬉しそうに笑った。その笑顔がとても可愛くて、なんだか心がぽかぽかする。

 この眩しい笑顔を見ていたら、体調が悪いことなんてすぐに忘れてしまえる。それどころか、悪いものはどこかに消え去っていくように感じるほど清々しい気分だった。まりの笑顔は万病に効く。


「ねぇ、まり」


 だからなのか、私は無意識に口を開いていた。


「ん? なに?」

「……ううん、なんでもない」

「そう?」


 そんなまりに『ずっと友達でいてね』なんて言ったら笑われるだろうか。それとも……いや、やめておこう。それはまだ早い気がするから。でもいつかはきっと伝えようと思う。だってまりは私の大切な友達だから。


「今日はいっぱい遊ぼうね」

「ふふっ、どれだけ楽しみなのよ」


 まりは笑いながら、また玉子焼きを差し出してくれる。私はそれを受け取ると、また一口頬張る。しょっぱい玉子焼きだったのに、かすかに……ほんのかすかに甘さが滲んだのだった。


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