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第70話 二人だけの安心感

「はー、遊んだ遊んだ」

「ひーちゃん、約束忘れないでよ?」

「しおりであるまいし忘れるものか。くっ、あと少しで我の勝ちだったのに……」


 ひとしきりゲームで勝負し終えると、一気に疲れが押し寄せる。やっぱりぶっ通しでゲームをすると目に来るし座ってばかりだと腰もやられる。だけどなんだか清々しい。

 ゲームで一喜一憂して、誰かが勝ってるのを悔しがって、時には煽ったり煽られたりして。この一瞬だけですごく仲良くなれたような気がする。


「……っと、そろそろ我はお暇しよう。朝早くからお邪魔して悪かったな」

「え……あ、別にいいですけど」


 ひすいさんがこうも素直に謝れる人だとは思っておらず、つい面食らってしまった。朝早くから来たことを悪いと思える常識はあるらしい。


「また遊びに来てくださいね。今度は事前に伝えてもらえると助かります」

「ふっ、そうさせてもらおう」

「ボクも久しぶりにひーちゃんと遊べて楽しかったよ」


 ひすいさんはもう帰るらしい。というか、なんだかんだでだいぶ時間が経っていたようで、外から射し込む光がオレンジ色に変わっていた。


「じゃあ、またな」

「うん。またね」

「また会いましょう」


 ひすいさんが玄関から出ていくのを見送って、扉が閉まると、なんだか急に静かになったように感じる。さっきまではひすいさんの声でかき消されてたけど……


「……なんか疲れた」

「そうだねー。でも楽しかったよ」


 たった数時間で1年分くらいの疲労が溜まった気がする。でも不思議と嫌な気分ではない。ひすいさんはほんとに不思議な人だ。だからこそ、しおりお姉ちゃんが笑顔で呟いた言葉を否定する気が起きなかったのかもしれない。


「うん。でも私はしおりお姉ちゃんといる方がいいな。落ち着くし」

「かなちゃん……」


 私がしおりお姉ちゃんの肩に寄りかかると、彼女は驚きながらもそれを受け止めてくれる。そんな安心感が心地よくてついつい甘えたくなる。

 ひすいさんといるのも楽しくていいけど、私が求めているのはこれなのかもしれない。しおりお姉ちゃんの温かさをもっと感じたくて、私は目を閉じる。柔軟剤の匂い、しおりお姉ちゃんの心音、息遣い。そのどれもが心地よくて、ずっとこうしていたくなる。


「……それ『ひすいさんじゃ落ち着けない』って言ってるのと同じだよね」

「な、なんのことかな」


 しおりお姉ちゃんが「ふっ」と薄く微笑んでいるのがわかる。でも私は目を開けない。だって今、この顔を見られたくないから。しおりお姉ちゃんの温もりをもっと感じていたいから。

 ただ、そんな思いも虚しく、彼女は私の頬をつんつんと突いてくる。その感触がこそばゆくて、私はつい目を開けてしまうのだった。


「かなちゃんは可愛いなぁ。ほんと可愛い」

「からかわないでよ」

「あははっ、まあボクも同じだよ。騒がしいのも楽しいけど疲れちゃうからね」

「うん。しおりお姉ちゃんといるのが一番落ち着く」


 ひすいさんと遊ぶのも楽しい。でも、しおりお姉ちゃんといる方が私は好き。だからこれからもずっと一緒にいたい。

 私がそんなことを思っているとしおりお姉ちゃんは急に私の肩を掴んでくる。いきなりのことに驚いていると、彼女は少しだけ気恥ずかしそうに視線を逸らした。そんな格好つかないところもしおりお姉ちゃんらしい。


「ボクもかなちゃんとずっと一緒がいいな」

「……うん。しおりお姉ちゃんとずっと一緒がいい」

「そっか……じゃあ、約束だね」


 しおりお姉ちゃんが小指を差し出してくる。私もそれに応じて自分の小指を差し出すと、彼女はぎゅっと優しく指を結んだ。

 それはなんてことない子どもじみた指切り。でも私たちにとってはとても大切な儀式。これからもずっと、しおりお姉ちゃんと一緒にいられますように。そんな願いを込めて、私達は優しく指を切るのだった。


「さ、じゃあ今日はこのまま夕飯もお世話になろうかな」

「えー? 材料何もないんだけど?」

「じゃあ一緒に買おうよ」


 しおりお姉ちゃんはそう言っていたずらっぽく微笑む。その瞳からは「逃がさない」という意思を感じて、私は思わず笑みが溢れる。きっともう逃げ道はない。私も逃げる気はない。


「何が食べたいの?」

「うーん……かなちゃんの作るものならなんでも」

「それ一番困るやつ」

「あははっ、冗談冗談。そうだなぁ、じゃあハンバーグがいいな」


 そんなのでいいのかと私が聞くとしおりお姉ちゃんは嬉しそうに頷く。その笑顔につられて私も思わず笑ってしまうのだった。

 しおりお姉ちゃんは私にとって特別な存在。これからもずっと一緒にいたい人。だから私はこの笑顔を守りたいと思う。


「じゃあ行くかー」

「おー!」


 私はしおりお姉ちゃんの手を握って、夕暮れの道を一緒に歩く。私たちの住む町は夕焼け色に染まり、あちこちからいい匂いが漂ってくる。この匂いを嗅ぐといつもお腹が空いてしまう。

 この時間にしおりお姉ちゃんと一緒に歩くのは風情があって好きだ。夕日が物悲しさを演出していてどこかノスタルジックな気分になる。


「夕焼けが綺麗だね」

「……うん。しおりお姉ちゃんと見る夕焼けは特別かも」


 私がそう返すとしおりお姉ちゃんは小さく微笑んだ後、どこか遠くを見つめて、独り言のように呟いた。


「これからも一緒にいろんなものを見ようね」


 その言葉に私ははっとする。しおりお姉ちゃんはきっと私と同じことを考えていたんだ。だから私も、彼女の言葉にこう答えるのだった。

 私はこれからもずっと、しおりお姉ちゃんと一緒にいたいから。


「……その言葉、忘れないでね」

「もちろん。ボクが忘れるわけないでしょ」


 私たちは目を合わせると、ふふっと笑い合う。それはまるで本当の姉妹のようだった。しおりお姉ちゃんの笑顔を見ると心が温かくなる。彼女の幸せを一番に願っている私がいる。そして彼女の笑顔を独り占めしたい私もここにいるのだ。

 この先もずっと、こんな笑顔が見られたらいいな。そんなことを思いながら、私たちは夕焼け色に染まる道をどこまでも歩いていくのだった。


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