「あっ! ようやく思い出した!」
「どうしたの、しおりお姉ちゃん?」
ケーキを食べ終えたあと、ひすいさんが「ゲームがしたい」と言ってきたためみんなで対戦ゲームをしていたらしおりお姉ちゃんが突然大声を出した。その瞳はひすいさんを映しているため、ようやくひすいさんの正体について思い出したというところだろう。
「ひーちゃん……だよね?」
「! お、おぉ! そうだとも。やっと思い出してくれたか!」
しおりお姉ちゃんが自分のことを思い出してくれたのがよほど嬉しかったのか、ひすいさんは声を上げて喜んでいた。立ち上がってしおりお姉ちゃんの手を取っている。その手をブンブンと上下に振って、表情がとても晴れやかだ。
それにしても、しおりお姉ちゃんとひすいさんが本当に知り合いだったとは。世界は狭いなと思う。どんな繋がりがあるのかはまだわからないが、嬉しそうな二人を見ているとなんだか微笑ましい。
「てかひーちゃん、変わったね」
「む、む? な、なななんのことだか」
「えっ、ひすいさんって元からこんな感じじゃないの?」
なんだか勢いで失礼なことを口走ったような気がするけど、それには目を瞑ってもらうとして。出会った時からひすいさんはこの状態がデフォだったから、それ以外のひすいさんを想像できない。
「いや、だってひーちゃんって、もっとこう……大人しかったよね?」
「そっ、それは……その」
ひすいさんが大人しかったなんて意外な話を聞いた。こんなに個性的な話し方と自信満々な性格をしているのに。まぁ、そういう人でも昔と今は違うなんてざらにあるから不思議ではない。人は変わるものだ。
だけど、ひすいさんは恥ずかしいのか俯いてしまった。少しだけ覗ける顔の肌が真っ赤になっているような気もする。……思い出して欲しい様子だったのに、なんでそこで恥ずかしがるのだろう。
「……大人しかったのなんて昔の話だろう……忘れてくれ」
「昔って言っても高校じゃん……卒業したの二年前じゃん……いや、それでも忘れてたボクが言えたことじゃないけど」
「うぐぅ……」
なんてことだ。あのひすいさんが押されている。色々とレアなものが見られて思わず「ご馳走様でした」と言ってしまいそうになる。あの強くてかっこよくて誰もが憧れる音楽クリエイターが、今この瞬間同級生に弱いところをつかれている。そんな姿に少しドキドキしてしまう。
「ちなみにどれくらい大人しかったかって聞いてもいい?」
たまらずしおりお姉ちゃんに寄っていってそう聞いてしまう。ひすいさんはばっと顔を上げて口をパクパクと動かしているけど、言葉が見つからないのか強く言えないのか……しばらくして何事もなかったかのように口を閉じた。なんだかすごい罪悪感だ。
「えっと……なんか、一年生の時はボクが話すと相槌打ってくれてたくらいかな」
「そんなレベルなんだ……」
しおりお姉ちゃんも言いにくそうにしてるけど、そこまでとは思わなかった。ひすいさんにもそんな可愛いところがあったんだ。
それがどうしてこんな性格になったのか。その辺を詳しく知りたいが、しおりお姉ちゃんは知らないだろうしひすいさんが素直に話してくれるとも思えない。
「……あぁ、懐かしいな。あの時はまだ我も未熟だった」
「今のこの状態も未熟でしかないと思うけど……」
しおりお姉ちゃんの言葉に、私も頷く。今話している状態でも手放さないコントローラーに、いまだに口元についてる生クリーム、そしてだらけきったラフな格好。
この人が多くの人を虜にする歌唱力を持っているなんて、今の姿からは誰も想像できないだろう。未熟な子供か残念な大人かでしかない。
「ほら、ひーちゃん。後輩に示しがつかないよ」
「ぐぬぬ……た、確かにそうだな。だがしかし! この姿も我の個性! 変えることは出来ぬ!」
「個性……まぁ、そうだね」
ひすいさんの言葉にしおりお姉ちゃんは苦笑する。確かに個性として考えれば、今の姿も納得できるかもしれない。芸能人やスポーツ選手でも普段はだらしないという人は少なくないし、それがファンにはいいギャップになっていることもあるから。ただ単にひすいさんが子供なだけかもしれないけど。
「うむ! 流石しおりだ! 話がわかるな!」
「はは……どうも」
「……個性がどうとかそんな話だったっけ……?」
確か昔のひすいさんの性格は無口なくらい大人しくて、それが精神的に未熟だったとかそういう話じゃなかったか? それだけじゃなくて今でも子供っぽい面がいっぱいだからしおりお姉ちゃんは今でも未熟と言ったのだと思うが。
「……ま、いっか」
ひすいさんに聞こえないくらいの声で、私はそう呟く。こういう子供っぽいところもひすいさんの魅力のひとつかもしれない。むしろ年を重ねれば重ねるほど魅力は増えていくだろう。
「それはそうと、もうゲームはしないのか? 我はまだ満足しておらんぞ」
「まだやるんですか?」
「当然だろう! 我をもっと楽しませろ!」
「はいはい」
あしらうように言うも私としてもまだまだ楽しみ足りないし、このゲーム自体が楽しいから断る理由がない。それにひすいさんが子供のようにはしゃいでいる姿が見れるなんて珍しいし、今日はとことん付き合ってもいいかと思い始めたところだ。
「ちなみに、私としおりお姉ちゃんが勝ったらひすいさんがケーキ奢りですからね」
「……むっ? そんな話聞いていなかったのだが?」
当然だ。伝えていないのだから。しおりお姉ちゃんも急にそんな話を持ちかけた私に驚いているようで、目を丸くしている。しかしその方が面白いと思ったのか、すぐにニヤリと口角を上げる。
「いいね! やろうか!」
しおりお姉ちゃんがコントローラーを握る。それに続いて私も握った。ひすいさんはちょっと不満そうに口を尖らせているが、文句を言っている様子はない。なんだかんだで乗ってくれるようだ。
そんな本気のひすいさんに勝てるのかどうかわからないけれど、やるからには全力だ。勝っても負けても面白くなるように全力で楽しむとしよう。
「よーし、絶対勝つぞー!」
「あ、ずるいぞ! 我が先攻だ!」
「先攻有利とかあるの?」
そうして私たちは騒がしくも楽しくゲームを始めたのだった。