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第68話 まさかの知り合い?

「やぁ、来ちゃった!」

「『来ちゃった!』じゃないですよ! 何してるんですか!」


 すやすやと気持ちよく寝ていた至福の時間を邪魔するように現れた人物に、私は叫んだ。というか、私はこの人に住所を教えた覚えはない。本名も知らないはずなのになんで家が特定できたのか。聞くのが怖すぎる。


「まあ、細かいことはいいじゃないか。我は訳あってこの辺には詳しいのだよ。それで納得してくれないかい?」

「……百歩譲って特定の成功は納得できても、そもそもなんで来たのかの説明にはなってないんじゃ……」

「それはね……君に会いたかったからさ!」

「っ!?」


 突然の言葉に私は思わず息を飲む。そういえば通話の時も「会いたい」とか言ってたっけ。それでわざわざ会いに来るのは行動力の化身というかなんというか……

 ひすいさんほどの人に「会いたい」と言われて悪い気はしないけど、せめて時間帯は考えてほしかった。こんな朝早い時間に起こされるとさすがにしんどい。


「会いたかったとしてもなんでこんな時間なんですか……眠いですよ」

「む? あー、すまない。いつも早くに起きてるからそこまで気が回らなかった」


 ……悪い人ではないんだよな。ただちょっと天然というか、常識がズレてるところはある気がするけど。ひすいさんは申し訳なさそうな表情で後ろ頭を掻いている。そんな顔されたらこれ以上何か言う気が失せる。


「あー……とりあえず立ち話もあれなんでどうぞ」

「うむ! ありがとな!」


 私はひすいさんを招き入れ、リビングに通す。今日はお父さんもお母さんも用事があって朝早くから家にいない。いつもなら寂しいのだか、今日ばかりはいなくてよかったと思った。

 こんな急な来客なんて困るだろう。私だってどうしていいかわからない。親がいた方が気まずくなるから本当によかった。


「適当にくつろいでくれていいですよ」

「そうか! では遠慮なく!」


 ひすいさんはリビングのソファにぽすんと座る。一応お客なんだから何かお茶でも出した方がいいかな。確かまだ麦茶があったはず。私は冷蔵庫を開けてコップに麦茶を注ぎ、ひすいさんの元へ持っていく。


「どうぞー……ってもう本当に遠慮なくくつろいでるし!」


 ひすいさんは私の部屋着を着ていた。胸を強調するように腕を組むのが妙に様になっていて、同性なのにドキッとしてしまった。……でもなんで着替えてるんだ?


「いやぁ、君がいつもここで生活してると思うとついな」

「つい、じゃないですよ。それ私の部屋着ですよね?」

「……ダメかい?」


 ひすいさんが上目遣いで聞いてくる。その仕草は反則だ。私は思わず顔を逸らす。

 ひすいさんは基本的にかっこいい。けど、時折見せるこういう仕草が可愛いくてズルいと思う。私よりも年上なのに、妙に甘え上手というかなんというか……しおりお姉ちゃんと同じ匂いがしてきた。


「かなちゃーん。駅前のカフェでケーキ買ってきたよー。一緒に食べよっ」


 そんなことを考えていたら本物のしおりお姉ちゃんも登場してしまった。とてつもなく面倒なことになりそうな予感がする。それよりここはお姉さん達のたまり場かなにかなのか? なぜこんなにも人が集まるのか謎である。


「……って、あれ? お客さん?」

「あ、そ、そうなの。急に来ちゃって困った困った」


 しおりお姉ちゃんがひすいさんの存在に気づいたようで、目線をそちらに向ける。向けられたひすいさんはというと、何かに気づいたようにハッと目を見開いている。


「しおり……か?」

「え?」

「やっぱりそうだろう! 久しぶりだな!」


 しおりお姉ちゃんは困惑の表情を浮かべているが、ひすいさんはそんなしおりお姉ちゃんに構わず嬉しそうに抱きついている。どうやら知り合いのようだけど、しおりお姉ちゃんが怪訝な顔をしているのでひすいさんが不審者に見えて仕方ない。


「えーっと……誰だっけ?」

「ひどいな、しおり! 我と君はあんなことやこんなことをした仲じゃないか!」

「どんなことしたの!?」


 邪魔せず黙って見てようかと思ったのに、ひすいさんの衝撃発言を聞いて堪らずつっこんでしまった。あんなことやこんなことをした仲とは一体……


「ほんとに誰だ……? ボクの記憶の中でそんな喋り方するの、かなちゃんと一緒に見たVTuberさんくらいしか……」

「あっ」


 どうしよう。間違ってはいないのだが、身バレのことをひすいさん自身がどう思っているかわからない。「そうその人です」とキッパリ答えられたら楽なんだけど。


「お? なんだ、配信見てくれてるのか。うむ、我がそのVTuber――星宮ひすいである!」

「おぉー、本物だ」


 ……どうやら気にしないらしい。それどころか意気揚々と語り出した。ひすいさんは配信を見てくれたことがよほど嬉しいのか、頬が紅潮している。

 ふふんと鼻を鳴らして胸を張るひすいさんを見ていたら、なんだかこれでいいような気がしてきた。しおりお姉ちゃんは感心してるのか棒読みなのかわからない反応を示しているけども。


「なんかよくわかりませんけど、とりあえずひすいさんもしおりお姉ちゃんが持ってきてくれたケーキ食べます?」

「食べる!」


 まあ、細かいことは後で考えればいいか。とりあえずこの微妙な空気を変えたい。私はそう思いながらキッチンへ行き、三人分のケーキと飲み物を用意することにした。

 しおりお姉ちゃんはひすいさんが来ていることを知らなかったから、ケーキは二人分しか入っていない。だから自分用になにか適当なお菓子でも用意しよう。ケーキは二人に食べてもらったらそれでいい。


「お二人さーん。ケーキと紅茶だよー」

「おぉ! 待ってたぞ!」

「いつもありがとね、かなちゃん」

「いえいえ」


 テーブルを囲んで、ケーキと紅茶が並ぶ。ひすいさんは目を輝かせてフォークを握りしめている。その仕草が子どもっぽくて微笑ましい。私より年上のはずなのに年下にしか見えない。


「はむっ! んー、うまい! これはどこのケーキだ?」

「駅前のカフェ。いいとこだよ」

「ほう……今度我も行ってみるかな」


 ひすいさんはケーキを幸せそうに頬張りながら言う。お店の名前を伝えると、今度行く気満々のようだ。しおりお姉ちゃんがおすすめするくらいだから、きっと美味しいんだろうなぁ。


「って、かなちゃんは? ケーキ食べないの?」

「え? いやぁ、二つしかなかったからさ。私は遠慮しようかなって」

「それはだめだよ。ボクはかなちゃんに買ってきたのに……そうだ!」


 しおりお姉ちゃんは閃いたように私のそばに来る。状況が理解できず呆然としていると、しおりお姉ちゃんはそんな私をよそにフォークをケーキに刺してそのままクリームのついた部分をすくう。

 何をするのかと思ったら、それを私の口元に持ってきた。


「はい、あーん」

「え、いや」

「ほら、遠慮しないで。ボクはかなちゃんに食べて欲しいな」

「……わかった」


 しおりお姉ちゃんの有無を言わせぬ笑顔に負けて、私はケーキを口に入れた。……うん、美味しい。

 しおりお姉ちゃんがあーんしてくれたのも嬉しいけど、この空間ですることではない気がする。ひすいさんがこちらをガン見しているし。ケーキを食べながらガン見できるなんて器用な人だ。


 いや、そういうことじゃなく!

 恥ずかしいからやめてほしいのだが、しおりお姉ちゃんの好意を無下にするわけにはいかない。だから私は何も言えず、ただしおりお姉ちゃんに食べさせてもらった。


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