『我は歌でみんなに笑顔を届けるモノ――星宮ひすいである。皆の衆、刮目せよ』
【うぉぉぉぉ!!】
【ひすい様今日も素敵!】
【今日は何してくれるのー?】
『はじまりはじまりー。ぐへへ、今日もみんなで推し語りしましょうね』
【ぐへへ言うとるw】
【ヨダレしまって】
【キモオタ隠せてないの草】
配信スタイルも違えば、リスナーの反応もそれぞれだ。ひすいさんのコメント欄は相当訓練されているのか、いわゆる『クソコメ』というものがなくモデレーターも優秀な人を雇っているのだろうということがわかる。
他の配信もしないわけではないけど、ほぼ歌配信一本に絞っているひすいさん。そのリスナーは話を聞きに来ているというより歌を聞きに来ているという感覚が強いのか、崇拝や尊敬の眼差しでコメントしている人が多い印象だ。
対してまりんのコメント欄は配信者であるまりんが変た……少し様子がおかしいから、リスナーもそういう普通とは違う人達が集まってくる。ツッコミ役に徹している人もあるようだが、面白がってまりんの発言に乗る人が多数だ。
ひすいさんのところと違って、まりんのリスナーは「話を聞きたい」とか「一緒にお話したい」という気持ちが強いと感じる。まりんが面白いことを言い放つから、それに負けじと爪痕を残そうとする人が多いようだ。
「それぞれの色がやっぱりあるんだなぁ」
自分はどの立ち位置にいるのだろうとぼんやり考えながら、ひすいさんとまりんの配信を二窓する。元々がVTuberオタクなのでこういうのが本当に楽しいし満たされる。
二窓や三窓をして色んなVTuberの配信を見るのがVTuberオタクの嗜みみたいなところがある。私が転生してからしばらくは私以外の活動者がいなくて色んな意味で寂しかったが、今ではひすいさんやまりん……その他にもちらほらと活動を始めるVTuberが出てきて嬉しい限りだ。
「自分で活動するのも楽しいけど、こうして色々な配信見るのも格別なんだよねー」
ひすいさんの歌配信を聴きながら、まりんの雑談配信を見る。一人で勝手に楽しんでいると、本来聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
「わかるわかる。ボクもかなちゃんやまりんちゃんの配信よく見てるけど楽しいよね」
「うわぁ!?」
唐突に聞こえた声に思わず椅子から転げ落ちそうになる。声のした方を向くと、しおりお姉ちゃんが棒アイスを咥えながら立っていた。それ、私が買って楽しみに取っておいたやつなんだけど。あとで同じものを請求しなきゃ。
「しおりお姉ちゃん……びっくりするから急に声かけないで」
「いやぁ、ごめんごめん。でもボクが黙って立ってても怖いでしょ」
「それは……まあそう」
確かに誰でも背後に立たれれば怖いものだ。だけど、急に話しかけられるのもびっくりするから難しい。
「あはは。でも邪魔しちゃったかな。ごめんね?」
「いや別に邪魔じゃないけど……」
しおりお姉ちゃんは私の隣の椅子に座り、一緒に配信を鑑賞しはじめた。何しに来たんだろう。まあでも、誰かと一緒に鑑賞するのも悪くないか。
配信にまた意識を戻すと、しおりお姉ちゃんがクスクスと笑いながらまりんの配信を眺めているのに気づいた。しおりお姉ちゃんはまりんの配信がお気に入りらしい。コメント欄がよく様子がおかしくなるし、枠主であるまりんが既に様子がおかしいからわからなくもない。ただ、たまにこちらに飛び火することがあるので、それだけは本当にヒヤヒヤする。
「まりんちゃんほんと面白い子だよねー。配信してないとあんな真面目なのに」
「私も最初はびっくりしたよ。すごいしっかりしてるのに配信するとこんなにキャラが変わるなんて」
しおりお姉ちゃんとまりんの雑談配信を見ながら感想をこぼす。正直、最初に見た時は本当に同一人物か疑ったくらいだ。私と会話している時と、リスナーと話す時のギャップが激しい。
「まあでも、そんなギャップがいいんじゃない?」
「そうだね」
「ボク、まりんちゃんの配信見てると元気になるんだ。あんなふうに生きていけたら楽しいんだろうなぁって思える」
しおりお姉ちゃんはどこか遠くを見るような目をしながらそう言った。確かに、まりんの配信を見ていると元気が出る。彼女の明るさやポジティブさに引っ張られて、私も前向きになれる気がするのだ。
きっとそれは私やしおりお姉ちゃんだけじゃなくて、他のリスナーたちもそうなんじゃないだろうか。配信を見てるだけで元気になれる存在というのは貴重だ。
そして何より、彼女は素でも可愛いし面白い。だから、彼女の配信は人気が出るのだろう。外見と中身のギャップが人の心を掴むのだ。
「……私も、なれてるのかな」
「え?」
無意識にそんな言葉が口をついて出る。なんでこんなことを言ってしまったのか。しおりお姉ちゃんも困っているだろう。胸の内をさらけ出したことがなんだか恥ずかしくなって、私は慌てて言葉を重ねる。
「いや、なんでもない! 忘れて忘れて!」
「うーん……」
私が忘れてと言っても、しおりお姉ちゃんはなにか言葉を探しているようだった。そんな優しいところも好きだが、だからこそいたたまれなくなってしまった。私なんかのためにそんな気を使わなくても……
「かなちゃんはかなちゃんでいいんじゃない?」
「……え?」
「まりんちゃんはまりんちゃんでいいところがあって、えっと……ひすいさん? もひすいさんでいいところがある。かなちゃんにもみんなにはない魅力があるんだと思うよ」
そう言って、しおりお姉ちゃんは微笑む。しおりお姉ちゃんはいつもそうやって自分の欲しい言葉を投げかけてくれる。それが私にとってどれだけ救いになっていることか。その言葉がただの優しさじゃなくて、ちゃんとした説得力を持っているところがまた素敵だ。
しおりお姉ちゃんは私を主人公だと評価してくれた。今でも買い被りすぎだと思っているけど、しおりお姉ちゃんがそう言うならそんな私になれたらいいなと思う。
「まあでも、ボクはかなちゃんがどんな人か知っているから、たとえかなちゃん自身が自分を主人公じゃないと思っていたとしても、ボクの中では主人公だけどね」
「……それはずるいよ……」
こうやって不意打ちで口説くのは本当に良くない。私は熱くなる頬を隠すように顔を伏せた。なんでこんなに私の心を揺さぶるようなことばかり言うんだこの人は。そういう思わせぶりな態度はよくないと思うんだけど。
「かなちゃん? 顔赤いけど大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
私は火照った顔を冷ますように手で扇いだ。しおりお姉ちゃんは不思議そうに首をかしげていたが、それ以上はなにも言わなかった。なぜかそれに安心感を覚えながら、二人で配信を見ながら過ごした。