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第42話 好きって何?

「なんであんなこと言っちゃったんだろう」


 私はまりとのお出かけを終えて一人反省会を開いていた。というのも、友だち相手に告白まがいのことをしてしまったことをずっと引きずっているのだ。そんなつもりはないし、好きと言っても友だちとしてだ。それなのに、なんだか変な空気になってしまっていた。


「うーん、わからない……」


 恋愛経験皆無の私には難しすぎる問題だった。そもそも、好きってなんだろう? そんな哲学的なことを考え始めている。そんなレベルなのに、なぜあんなにもおかしなことになってしまったのか。

 まりは魅力的な女の子だと思うし、男女共に人気だ。そんなまりと仲良くなれるなんて、私はとても運がいい。ただ、それだけだ。恋愛として意識したことはなかった。それなのにあんなことを言ってしまっては、こっちも変に意識してしまう。


「今日配信予定だったんだけど……まいったな」


 こんなに意識していたら、まともに配信できる気がしない。これからのコラボもどうなることやら……まあ、自分が生み出したことだから何とかしないといけないのだけど。


「とりあえず、配信の準備しよ……」


 私は一旦それを記憶の彼方に追いやって配信に集中することにした。今日はいつも通り歌枠だ。それなのに、まりとの会話を意識してしまっていた私はどこか上の空だった。


「こんかめーん。みんな元気してたー?」

【こんかめんー!】

【元気だよ】

【けーちゃんも元気してた?】

「んー、元気元気! 大丈夫よ」


 リスナーにいらぬ心配をさせまいと、私は笑顔で取り繕う。しかし、その笑顔は長くは続かなかった。

 あるコメントが目に入ったのだ。それはいわゆるスパチャだった。配信の最後に投げ銭という形でお金を送ることができるものだ。いつも貰っているからなにも特別なことではないのだけど、そのスパチャに目が離せなくなった。そのスパチャを送ってくれた人は、紛れもない――まり自身だったから。


【けーちゃん配信ありがとう! ずっと大好きです!】

「え……」


 名前はもちろんまりではなく『潮目まりん』から来たものだ。そのおかげでコメント欄が【けーまりてぇてぇ】で埋まっていてめちゃくちゃ盛り上がってくれている。リスナーの熱と反対に私の思考は冷静になっていく。

 まりんは『イニシャルK』を好きでいてくれている。それは、私がかつて推しに抱いていたものと同じ。純粋で、真っ直ぐな……この人を応援したいと思えるような強い気持ち。そうだ、何も好きという気持ちは一つじゃない。それが私が一番知っているはずだったのに。

 それなのに私は、まりに対する気持ちを決めつけようとしていた。しおりお姉ちゃんに対する気持ちも、推しに対する気持ちも曖昧なものなのに。まりが私をどう思っていようとも関係ない。私にとってまりは特別な存在で、これからも仲良くしたいという気持ちに変わりはないのだから。好きという気持ちに正解などないのだから。


「ありがとう、まりんちゃん。私も大好きだよ! またコラボしようね!」

【てぇてぇ】

【けーまり助かる】

【やっぱりこの二人はいい!】


 何も知らないリスナー達はのんきに盛り上がっている。でも、私には変化があった。いや……元に戻ったと言った方が正しいか。どちらにせよ、いい気分なので細かいことはどうでもいい。


「よーし! てぇてぇ見せつけたし歌ってくよー! せっかくだし百合ソング歌っちゃおうかな」


 それからはいつも通り、私は歌うことに集中した。まりんのスパチャにちょっとドキドキしたのは内緒だ。まりに振り回されっぱなしなのは癪なので死んでも言わないことにする。


「ふぅ……みんな、今日もありがとね!」

【おつ!】

【楽しかった!】

【歌枠最高!】

「それじゃ、おつかめーん!」


 配信を無事に終えて一息つく。なんだかどっと疲れた。今日は早く寝ようかな。でもその前に……私はまりんの方にメッセージを送ることにした。


【今日は本当にありがとう】


 うん、これでいいだろう。私はあえて多くは語らなかった。語ってしまえば、それはまた変にこじれてしまうかもしれない。私が送ったメッセージにはすぐに既読がついた。そして、間髪入れずに返事が返ってくる。


【いえいえ、あたしがスパチャ送りたすぎて送っただけですので!】

【リスナー達盛り上がってくれてたね】

【あそこまで盛り上がってくれてなんだか楽しかったです!】


 その短いやり取りを見て、自然と顔が綻ぶ。このやり取りが楽しい。今はそれでいい気がする。まりの気持ちがどうであれ、私はこれからもこの気持ちに正直でありたい。

 名前をつけてしまったら、それは意味を持ってしまう。しかし、名前がなければ私たちはこれからも『仲良し』でいられるはずだから。


【まりんちゃん、これからも仲良くしてね!】

【もちろん!】


 私はその返事に満足すると、スマホを閉じた。そしてそのままベッドにダイブする。今日はいい夢が見られそうな気がする。

 まりとのお出かけは、私にとっていい経験だった。それは間違いない。しかも、私は一つ学んだことがある。好きという気持ちに正解なんてないということ。だから、これからも私は私らしくこの気持ちと向き合っていこうと思う。それが私の出した答えだ。そして、その答えは間違っていないはずだ。


「……まりもしおりお姉ちゃんも、推しも大好きなんだよ」


 それぞれに向ける想いは違くとも、私はみんなのことを大切に思っている。その気持ちに間違いはないのだから。ずっと好きで、ずっと仲良くしたくて、ずっと一緒にいたい。推しへの想いだけは叶わなかったけど、みんなにそれほどの強い気持ちを抱いていることに変わりはない。それに名前をつけるだなんて無粋だ。名前がついてしまったら、そこからはみ出すことが難しくなってしまうから。


「友情でも恋愛でも、憧れでも仲間意識でも……なんだっていい。好きなら好きでいいよね」


 そのどれもが正解で、不正解だ。しかしそれでいいのだ。名前がついたら余計なことを考えないといけない。だから私はこれからもこの気持ちに名前をつけないでおこうと思う。


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