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第38話 主人公の裏側

「【けーちゃんとまりんちゃんのカプ推せる】【あの二人ハラハラさせられたけど相性良さそうでいい】……か。ふふ」


 あの謝罪会見から、私とまりんを見るリスナーの目が変わった気がする。というのも、私の狙い通りに私とまりんをカップリングする動きが出始めていたのだ。不穏な空気が漂っていた昨日までとは全然違う雰囲気に、私は内心ほくそ笑んだ。


「ふふふふふ……」


 ……内心どころではなくなっているのを自覚しながら、これからのことについて考える。友バレを恐れていたあの頃とは随分変わったものだ。今ではまりんとの次のコラボを心待ちにしている自分がいる。待ちに待ったてぇてぇ関係ができたのだ。喜ばないわけがない。

 だけども、いつかは正体を話さなくてはいけないと思っているし、自分の予想しないところで秘密がバレてしまう恐れとずっと向き合っていかなきゃならない。まりんとの関係を拗らせるつもりはない。それは本心だ。

 けれども、これからの私の活動に支障が出ないようにしなければならないという不安もあるわけで……


「うーん」


 悩ましい問題に頭を悩ませるのだった。まりんとのコラボが増えたことで、活動へのモチベーションが爆上がりした私だったが、その反面悩み事も増えた。まりんの発言をまだ許してない人も少ないながらいるし、私の対応に不満を覚えている人もエゴサで見た。

 不適切な発言をしたリスナーの自業自得なのだが、まりんへの対応と違いすぎてなぜこっちだけ責められなきゃいけないのかという怒りをこちらに向けられている始末である。


 冷たいことを言うのであれば、配信者への対応と視聴者への対応が違うのは当たり前だ。配信者はビジネスパートナーのようなものだと思っている。視聴者はあくまで傍観者。応援してくれているのは素直に嬉しいのだが、同じ立場ではないということを頭の隅に置いておいてほしい。


「まあ、VTuberって文化でき始めたばかりだし……こればっかりはなぁ……出来上がってからも根深い問題だったし」


 対応の違いの部分で不満が出るのは仕方ないのかもしれないが、人を傷つけてまで己の発言を主張するのは違うだろう。とはいえ、私個人ではどうにも出来ないし、対策も思いつかない。こればかりは前世の記憶を持つ私ですら最適解の出ない問題だった。


「ふぅ……」


 しおりお姉ちゃんは私のことを強いと評価してくれたが、私自身はそう思わない。私は強いのではなく、強くあろうとしているだけだ。弱い自分を隠そうとしているだけ。


「私は……ただ、逃げ続けてるだけなんだよ」


 今の世界は前と比べると優しい。前世のように推しが引退することはないし、前のように孤独で一人パソコンに向かっていることもない。……いや、一人でパソコンに向かっている状況自体はあまり変わってないが。だから、私はこのぬるま湯に浸かっている。

 楽な方へと身を置いているだけだ。もう独りにはなりたくないから。今いる地位を失いたくないから。みんなに好かれる自分でいたい。


「そう、私は弱虫なんだよ……しおりお姉ちゃん……」


 私のことを主人公だと持ち上げてくれるしおりお姉ちゃんは、私の本質に気づいていない。なんだか申し訳なくて、最近しおりお姉ちゃんの前で強がっている。私は大丈夫なんだと自分に言い聞かせて。


「ん? まりんからチャット?」


 考え込んでいると、まりんから連絡が来ていた。【明日、一緒にコラボしませんか?】という内容。シンプルだが、私にとっては渡りに船。考え事を忘れるにはちょうどいいタイミングだった。まりんは実は超能力の持ち主なのではないかと疑うほどだった。そんな馬鹿な考えができるほど私の心は軽くなっていた。


「まさかまりんに救われる日が来るとは」


 私はなんだかおかしくて笑い出してしまった。もう私はまりん……まりに救われていたはずなのに。一人で本を読んでいた私に声をかけてくれた時から……ずっと。私はしおりお姉ちゃんにも、まりにも助けてもらってばかりだ。


「ほんと、いい友達を持ったな……」


 しおりお姉ちゃんにもまりにもいつか恩返しをしたい。この恩は一生をかけてでも返していきたい。


「私は……二人のためなら頑張れる」


 まりんに【もちろんいいよ】と返信した。もう身バレなんて気にしてはいられなかった。バレてもいいから、この関係を続けていきたい。親友と絡まないなんて、私にはできない。


『こんにちは。今回もよろしくお願いします!』

「こんにちは。いいコラボにしたいね」


 私とまりんはコラボ前に集まって通話するのが恒例になっていた。というのも、元々リア友ということもあって話が合うし、まりんは聞き上手で話し上手だ。私はすぐにまりんとの通話が楽しくなったし、コラボをするのが楽しみになった。


『今日は何します?』

「うーん……ホラゲー見守りとかどう? まりんちゃんってホラゲー得意?」

『まあ、苦手ではないかもですね』


 私の提案にまりんは頷いた。ホラーゲームというものは、ホラーが苦手な人にとって苦痛でしかないだろう。私も得意というわけではなく、むしろ苦手だ。しかし、得意な人は本当に冷静にゲームを進めていく。もしかしたら、そのアンバランスさがウケるかもしれない。

 私のホラー耐性のなさはリスナーがよく知っている。前にしばらくやらないと伝えたら【いくじなし】とか【ホラゲーから逃げるな】とか散々言われた。勝手な人たちだ。しかしまあ、まりんと一緒ならなんとかなる……だろう。多分。いつかはリベンジしなくてはと思っていたところだし。


「じゃあホラゲーやろうか。私は多分ホラゲー開始したら使いものにならなくなってるからよろしくね」

『全然安心出来ませんが!?』

「ふふ」

『笑い事じゃないですよ!?』


 私はホラゲーは苦手だが、まりんに見守ってもらえるなら安心して楽しめる気がした。配信としても面白くなるだろう。私は少し楽しみになってきた。

 ……だが、その考えは甘かったと後に知ることとなるのだった。


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