「ふぁぁ〜! 気持ちー!」
「たまにはこういうのもいいね」
外の空気を浴びて肺いっぱいに吸い込む。新鮮な空気を取り込んだからか、体が喜んでいるようだった。この感覚が楽しくて疲れた時とか気分転換がしたい時に散歩に出かける。それになぜか今日はしおりお姉ちゃんが同行している。嫌というわけではないし、むしろ一緒にいられて嬉しい。だけど、なぜ急にしおりお姉ちゃんは私と散歩したいと言い出したのか、その目的がわからないのが少し怖かった。
「しおりお姉ちゃんって普段から散歩したりするの?」
「そうだなぁ……出かけること自体はあるけど、目的もなくふらふら〜ってのは珍しいかな」
「へぇ……でも確かにそんなイメージあるね」
しおりお姉ちゃんは目的を持って行動しているイメージがある。例えば、お勉強をするために図書館に行ったりとか。だからこうして目的もなく散歩しているというのは珍しいと思った。でもそのおかげでこうやってしおりお姉ちゃんと一緒にいられるのだからラッキーだ。
しばらく歩いていると公園が見えてきた。この時間は小学生が遊んでいることが多いけど、今日は誰もいないようだ。好都合である。
私たちはベンチに座って休憩することにした。しおりお姉ちゃんは飲み物を買いに自販機まで行ってしまったので私は1人になった。ぼーっと空を眺めて、あの雲ラーメンに似てるなとかわたあめに見えてきたりもした。
「お待たせ〜。はいこれ」
しおりお姉ちゃんが帰ってきて渡されたのは、温かいお茶だった。喉が渇いていたのでありがたい。私たちは並んで座ってお茶を飲んだ。ベンチから見える風景をぼーっと眺めていると、ふと思い出したことがあった。
「そういえばさ、この公園って昔よく遊んだよね」
「懐かしいなぁ……かなちゃんいつもどっか行っちゃって大変だったな」
「うっ……その節は大変ご迷惑を……」
小さい頃はわんぱくでいつもどこか駆け回っていた記憶がある。しおりお姉ちゃんはよく着いてきてくれたものだ。面倒くさそうな顔はしていたが。そのせいかよく迷子になっていたという、救いようのないやつだった。その度にしおりお姉ちゃんに見つけてもらっていた。
「あはは、そんな畏まらなくても。もう慣れっこだよ」
「それならいいんだけど……ホントにごめんね、しおりお姉ちゃん。いつも迷惑かけて……」
「でも、そういうところがかなちゃんらしいね。ボクはそんなかなちゃんが好きだよ」
そう言ってしおりお姉ちゃんはニッコリと笑う。その笑顔が眩しくて、私は目を逸らしてしまう。きっと顔が赤くなっていることだろう。それを悟られたくなくて、話題を変えることにした。
「そういえば、どうして着いてきたの?」
「ん? あぁ……それはね」
しおりお姉ちゃんは少し考えるような仕草をした後、私の目を見てこう言った。
「かなちゃん、思い詰めてないかなって」
「え?」
「昨日の配信ちょっとコメント欄荒れ気味だったでしょ? かなちゃんが強いのは知ってるけど、放っておくわけにはいかなくてさ」
どうやらしおりお姉ちゃんは私のことを心配していたらしい。確かにあのコメントは見ていて気持ちのいいものではなかった。だからこそ注意したのだが、それをよく思わない声ももちろんあるだろう。
しおりお姉ちゃんはそれに気づいてこうして付き合ってくれたのだ。その優しさが嬉しいと同時に、自分の不甲斐なさを痛感する。
「しおりお姉ちゃんは優しいね」
「かなちゃんだからだよ。他の子だったらここまではしないかな」
そう言ってしおりお姉ちゃんは私の頭を撫でた。その手つきが優しくて、なんだか心が落ち着いてくる。それと同時にしおりお姉ちゃんに気を使わせてしまった自分に腹が立った。もっとしっかりしなきゃダメだと思った。私はきっと、あの迷子になってた小さな子どもの頃から何も変わっていない。
あの時からまるで成長していない自分に嫌気がさした。少しは頑張れていると思っていたのに。でも、そんな私になおも優しくしてくれるしおりお姉ちゃん。
「かなちゃんのことだからきっとこの先どうするか考えてるんでしょ?」
「……すごいなぁ、なんでもお見通しだね」
しおりお姉ちゃんには敵わないな。私の考えなんて全部お見通しらしい。本当にすごい人だ。しおりお姉ちゃんは私の隣に座って、私の目を見る。その目は真剣そのもので、思わず息を飲む。
「言ったでしょ。かなちゃんのこと――主人公だと思ってるって」
そう言ってしおりお姉ちゃんは微笑んだ。まるで自分のことのように嬉しそうに、誇らしそうに。その笑顔を見ると安心すると同時に、心がじんわりと温まるような感じがして心地いい。
私はしおりお姉ちゃんに救われた。迷子になってた私を救ってくれたあの時から、ずっとしおりお姉ちゃんは私の憧れだ。そんな人が私のことを主人公だと言ってくれるなら……私はもっと強くなれる気がする。
だから私はこれからも頑張っていこうと思う。この優しい人の隣で胸を張って生きていくためにも。
「そろそろ帰ろうか」
「うん。あ、手繋いで帰ろ! 昔みたいに!」
「もう……わかった。はい」
しおりお姉ちゃんが差し出してくれた手を握り返す。こうして手を繋いでいると、あの時に戻ったみたいでなんだか嬉しい。これからもこの手を離さないように、強くなろう。私はそう決意した。
しおりお姉ちゃんとの散歩が終わって家に戻ると、さっそくアクションを開始した。この前しおりお姉ちゃんに教えてもらった『潮目まりん』のアカウントを探し出す。そして、見つけたアカウントに『イニシャルK』名義でダイレクトメッセージを送る。
【こんにちは、はじめまして。イニシャルKと申します。この間潮目まりんさんの配信を拝見させていただきました。どうやら私と同じモデラーさんによって生み出されたのだとか。後輩ができてとても嬉しく思います】
そうメッセージを送った。これで反応が返ってくるかはわからないけど、きっと私のファンならば食いついてくるはず。そう考えていると早速返信が返ってきた。
【はじめまして! 潮目まりんです。先輩からのメッセージ、とても嬉しく思います! ところで私の配信見られたとのことですが……その、イニシャルKさんに大変失礼なことを言ってしまいまして申し訳ありませんでした】
私の読み通り、悪いとは思っているらしい。配信という非日常感に暴走してしまっただけで。そりゃあんなにも憧れだとか推しだとか言っていて、失礼な発言を詫びないわけはない。私はニヤリと笑いながら返信を書く。
【気にしないでください。それより悪いと思っているならば――謝罪会見してみませんか?】