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第35話 注意喚起

「き、昨日は散々だった……」


 いっぱい寝てスッキリした目覚めがくるはずの朝。なぞに疲労感が残る理由は察しがつくが、できればなかったことにしたい。というか記憶から抹消したい。可能ならその場にいたリスナー全員の記憶から消え去りたい。


「嘘を広められたわけではないけど……まいったなぁ」


 まさかまりがあそこまで暴走するとは思わなかった。普段の彼女からも考えられないことだ。いつもと違う場面だと人が変わるという人もいるけど、まりは配信だと人が変わる性質を持っているのだろうか。

 まりのキャラ崩壊はともかく、私がむっつりだとかいやらしいことに興味津々だと思われるのは心外だ。そりゃ今は年頃の女の子だし、興味がないわけではないけど……あそこまで好き勝手言われるといい気はしないものだ。


「頑張って止めないとな……」


 私の名誉のためにも、まりには2度とあんなことはしないと誓ってほしい。次やったら私は断固たる態度で戦う。……まりのしょんぼりした顔を見ると決意が揺らぎそうだけど、これは仕方がないことだ……うん。

 こんな気持ちで配信する気なんて起きないが、昨日休んでしまったし今日こそは頑張らないといけない。乗り気がなくて力の入らない足をなんとか動かし、配信部屋へ向かう。今日は珍しく朝活をやろうと決めていた。まりの配信を見てその感想でも……と思っていたのだが、あの内容はなかなか触れづらい。


「みんな〜、こんかめん。いや、朝だからおはかめんの方がいいかな?」

【こんかめんー】

【朝からけーちゃんと会えて幸せ】

【昨日配信なくて寂しかった】

「いやぁ……昨日はごめんね。実はさ、私の妹がデビューしたんだけど、みんな知ってる?」


 もしかしたら私のことを見に来てくれている人達は、私の妹という理由でまり……いや、まりんの名前を知っているかもしれない。その考えは当たっていて、【見た見た!】【色んな意味ですごかった】とまりんの配信を見た人は多かったようだ。でも、今はそこまで話題にしたくない。私は昨日の出来事を上手くぼかして話し続ける。しかし、やはりあの配信の話は避けられないようで……


【ところでけーちゃんがむっつりって話出てたけど】

「うっ……」


 やはりみんなそれが気になっていたみたいだ。だが、私はこの話題で怯むわけにはいかない。私の名誉のためにも、むっつりではないことをここで証明しなければ!


「私はむっつりじゃないんだよ」

【でも昨日、妹ちゃんが言ってたよ?】

「いや……それはね、その子の勘違いというか。私はそんな人じゃないし」

【じゃあけーちゃんはむっつりじゃないの?】

「うん。そうだよ」


 私は自信をもってそう答えた。実際むっつりじゃないし、まりが勝手に暴走した結果だ。その暴走をあたかも事実のように捉えられてしまうのはあまりいい気分ではない。少し不機嫌になっているのを否定できなかった。


【じゃあ……】

「うん。私がむっつりだと思う人はさ、私の配信を見に来てほしいな」


 むっつりではないことは事実だ。だからといって、むっつりだと思っている人が私の配信を見ても楽しくないのは確かだろう。だから私がお願いしたいのはそれだけ。できればそもそもそういう話題を出して欲しくない。

 まりが勝手に暴走する分にはまだ許せる。あれはまりの中の妄想であり、私にそうであってほしいと押し付けられたものではない。しかし、それを押し付けてくるリスナーに対してはさすがに私も気分が悪い。あまりしつこく同じ話題を振られるのも苦手だ。


「他の人にも言っといてね。私はむっつりじゃないから、そういう話題を出されるとあまりいい気分はしないよ」

【分かった】

【はーい】


 一応これで私の名誉は守られた。ここで変にしこりが残るのは私も嫌だから、これからも気を付けないとな……そう思いながらも、配信を再開したのだった。


「ふぇぇ……疲れた……」

「お疲れ様、かなちゃん」

「あ、しおりお姉ちゃん来てたんだ」


 お昼になり、今日の配信を終えた私にしおりお姉ちゃんが優しく声をかける。まりの配信を見た時とは違う疲労感に私はぐったりしていた。

 いつもならこんな疲れることはまずしないのだが、今日はそういうわけにもいかない理由があったから仕方ない。ああいった発言を許してしまうと、いずれ無法地帯になりかねない。だからここは心を鬼にして、リスナーのためにも毅然とした態度をとる必要があった。


「かなちゃん、さっきの配信見てたよ」

「あはは……やっぱり? どうだったって聞いてもいいかな?」

「すごかった」

「だよね……はぁ……」


 しおりお姉ちゃんのその一言に、私はため息を吐く。やはり私から見てもあれはひどいものだった。なんとか事態を収拾させようと思ったけど、一度燃え上がったリスナーはなかなか収まらないものだ。結局火消しなんてできたのかすらもわからない。


「? なんでため息ついてるの?」

「え?」


 しおりお姉ちゃんにそう聞かれて、私は戸惑う。てっきりマイナスな意味での「すごい」だと思っていたから。でもしおりお姉ちゃんの様子を見るに、どうやらそうじゃないみたいだ。


「かなちゃんすごく堂々としてたから。あそこで強く言えるのは立派だよ」


 しおりお姉ちゃんにそう言われ、私は少しびっくりする。そんな風に思われていたのか……確かにあの時は強気になったけど、ただ無我夢中だっただけだ。

 でも、しおりお姉ちゃんがそう言ってくれるのなら少しは自信を持ってもいいのかもしれない。少なくとも私の配信を見てくれている人達にはそう見えたということだから。


「ありがとう、しおりお姉ちゃん」

「いいんだよ……それでかなちゃん、この後はどうするの?」

「うーん……お昼ごはん食べたらちょっと散歩に行こうかと思ってるよ。外の方がリフレッシュできるだろうからさ」


 配信は楽しいけど、ずっとやっているとやっぱり疲れる。だから私はたまにこうして外を出歩くようにしている。しおりお姉ちゃんもそれを知っているから、特に何も言ってこないのだろう。

 しかし、そんな私に対してしおりお姉ちゃんが予想外の言葉をかける。……いや、予想外というのは少し違うかもしれない。ただ私が予想していなかっただけだ。


「ボクも一緒についてっていいかな?」


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