目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第34話、期待の新人、デビュー!

「はぁぁ……なんでこうなっちゃうかなぁ……」


 私は今日の配信を休み、まりのデビューを全面的に見守ることにした。しおりお姉ちゃんがまりにアバターを送ったあと、「これ興味があれば」とまりのSNSアカウントを見せられた。無視することはできずにそれを見てみると、直近に投稿されたのが「明日VTuberデビューします!」というもの。しおりお姉ちゃんにアバターを見せてもらったのが昨日だから、必然的に今日デビューということになる。

 まさに電撃デビュー。私もそうだったが、まりもこういうものに一直線なのだろう。こうと決めたらすぐに進む。そういう芯の強いところが好きだったりする。


「お、そろそろ始まるな」


 配信が始まる時間になり、私はパソコンの前で待機する。正直期待しないわけがない。推しのようでなくとも、私が好きなVTuberがデビューするのだ。自分の今後を考えるとそう呑気に構えてはいられないのだが、なんだかワクワクする。久しぶりにリスナーの感覚を思い出してきた。

 そういえばスパチャはまだ送れないんだっけ。完全に貢ぐ準備をしていた。危ない。まりが収益化したら即座に貢がせてもらおう。その日までお預けだ。


『はじまりはじまり〜』

「おぉ?」


 まりの声が聞こえ、おそらく挨拶であろう言葉とともにその姿を現した。長い赤髪がふわふわ揺れていてとても可愛い。琥珀色の瞳も淡く光っていて綺麗だ。……いけない、あまりに良すぎて語彙力が低くなっている。


『皆さんはじめまして、潮目まりんと申します。以後お見知り置きを』

「ほう……堅苦しいけどまりっぽくていいなぁ」


 名前も本名とあまり変わらないが、意味があってのことなのだろうか。潮目……確か海の水が流れ着く場所だっけか。それと同じようにリスナーもここに流れ着いて欲しいという意味が込められていたらエモい。推せる。


『私は今日、VTuberとしてデビューすることになりました。まだ不慣れなことが多いかと思いますが、どうか応援よろしくお願いします』

【頑張れ!】


 まりの自己紹介はありきたりなものだった。だが、堅苦しい中にも温かみを感じる。応援する人の気持ちに寄り添ってくれるようなそんな雰囲気が伝わってくる。

 そんな一生懸命さに、考える間もなくそうコメントしていた。やっぱりVTuberはいい。応援したくなる。そんなふうに心打たれた人は私だけじゃないようで、他にも【応援するね!】とか【最初なんて不慣れなもんだよ】とか温かいコメントがたくさんある。


『あ、ありがとうございます。そう言っていただけるとすごく嬉しいです』

「あぁ……照れてるまりも可愛いな……」


 VTuber補正がかかっているのか、まりのことがとても可愛く見える。いや、元々まりは可愛いのだが。


『では、そろそろ今日の本題に入りたいと思います。今日は私のデビュー配信に来てくださりありがとうございます。私はなんとあの有名VTuber、『イニシャルK』と同じモデラーさんにお身体を作っていただきました』

【えぇぇぇ!】

【似てると思ってたけどそうなんだ!】

【これは推すしかない】


 まりがそう言うと、コメント欄も盛り上がる。さらっと有名だと言われたけど、その言い方に少し照れてしまう。たくさんのリスナーに来て欲しい、喜んで欲しいと思っていたけど、有名だとか人気だとかの実感はまだない。嬉しいは嬉しいのだが、照れくささが勝ってしまう。だが、そんな照れも一瞬。次にまりが発した言葉によって吹き飛んだ。


『私はこれから『イニシャルK』と仲良くなってたくさんコラボしていきたいと思っています』


 ……わかっていたことだが、やはりまりは私とコラボしたりお近づきになりたいらしい。憧れの人と同じ土俵に立てばその願いも叶えやすくなるだろう。私もコラボしたい気持ちがないわけではない。だが、まりに正体を知られるリスクが高くなるのは避けたい。そのためにはコラボを断るべきなのだろうが、私は……


「やっぱりコラボできるなら、したいよね……」


 VTuberオタクである私は、ただのリスナーとして壁でありたいと思うのと同時に、推しと他のVTuberが仲良く絡んでいるシーンにひどく憧れを抱いた。推しと仲良くできるVTuberが羨ましかったのもあると思うけど、それ以上に仲の良さというものに惹かれていた。

 これがいわゆる〝てぇてぇ〟というもの。私も誰かとてぇてぇ関係になりたかった。それを欲していた。誰かと……仲良くなりたい。


「まり……」

『ってなわけで、堅苦しいのはこれでおしまい。けーちゃんはどんな子がタイプなのかしら』

「……ん?」


 まりのあまりの態度の急変っぷりにフリーズしてしまう。さっきまでの丁寧さはどこいった? まりの恍惚な表情切り替えとともにどこかへ消えてしまったのだろうか。


『やっぱりけーちゃんはしっかりしてる子がいいかしら? それとも抜けてる方? やっぱり清楚な子の方がタイプ?』

「ま、まり……?」

『でもあたし清楚って感じのキャラじゃないから難しいわね。けーちゃんとのみだらな妄想もしてるわけだし……ぐふふ』

「まり!?」


 予想外のキャラ崩壊に唖然とするしかない。清楚なキャラがタイプなんて一言も言っていないし、まりに妄想されているのも初耳だ。それを配信で言える勇気はすごいが、巻き込まれる私の身にもなってほしい。ここにはたくさんのリスナーがいるのだ。私ほどではないが、それでも一人や二人が覗きに来ているという規模じゃない。見える限り数十人はいる。


「こ、これまずいのでは……」


 と慌てるものの、さすがはそんなまりのリスナーさんと言うべきか、類は友を呼ぶというのか。動じていた人もいたようだが、【けーちゃんに対してそんな妄想するなんて勇者だな】と称える人がいたり、【妄想するのわかる】と同調している人がいたり、【けーちゃんはむっつりだと思う】とわけのわからないコメントをする人がいたり。なんていうか、もうコメントがカオスである。まりは強いしそもそもまりが生み出したものだし大丈夫だと思うが、私が大丈夫ではない。

 だが、私の心配を他所にコメント欄は加速する。その流れに乗るようにまりがとんでもない爆弾発言を放った。


『【けーちゃんはむっつりだと思う】……か。悪くないわね!』

「もうやめてぇ!?」


 まずい。これは非常にまずい。まりのリスナーはノリがいい人が多いのか、とんでもない盛り上がりを見せている。このままでは私はむっつりという不名誉な称号を与えられてしまう。私は慌ててコメントを書き込もうとするけど、変態リスナーの熱量がすごすぎて勝てる気がしなかった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?