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第32話、私とまりは同志

「か、かな……? どうしてここに?」

「それは私のセリフだよ!?」


 私がみかんフラッペにつられてきたカフェに、まりがやってきた。まりもフラッペを飲みたくてきたのだろうか? っていや、そうじゃなくて!


「まりは色々忙しいんじゃ……」

「忙しい人がカフェに来ちゃだめなの?」

「うぐ……そういうわけでは……」


 今一番会いたくない人にエンカウントしたせいか、自分の言動がおかしくなっている気がする。とりあえず落ち着こう。まりがここに来たところでなんの問題もないはずだ。私はただ立ち寄ったカフェにたまたままりが来ただけだ。別にやましいことをしていたわけじゃないし、フラッペを飲んでいるだけである。

 うん、大丈夫。私の活動がバレたわけじゃないし、まだなにも致命的なことは起きていない。焦る必要はない。ない……はずなんだけど。


「あら、新作のみかんフラッペ飲んでるのね。あたしもそれにしようかしら」

「あっ、そ、そう! いいでしょ? 美味しいからまりも飲んでみなよ」


 まりは私が飲んでいたフラッペに興味を持ったのか、同じものを頼むようだ。さすがまり、見る目ある。このみかんフラッペの魅力に気づくとは……まあ、新作だし単純に味が気になるのだろう。私はそんなどうでもいいことに意識を集中していないとおかしくなりそうだった。いや、もしかしたらもう既におかしいのかもしれない。自分の挙動がどうなっているのかわからないし、わかりたくもない。

 ただ、そんな私を見てもまりはやけに冷静だった。私の挙動なんてどうでもいいのか、全くと言っていいほど気にされなかった。気にならないならそれでいいのだが、なんか納得いかない。私ばっかり気にしているみたいで、なんだか恋をしているのに気づいてもらえなくてモヤモヤしている感情に近い。……そういえば、前世でも恋をしたことってあったっけ?


「すみません、みかんフラッペ一つ」

「かしこまりました」


 私の心情などつゆ知らず、まりは淡々と注文していた。そして、その数分後には私の前にみかんフラッペが一つ増えていた。私もまりに合わせて自分の分に口をつけることを躊躇ったが「クリームが溶けちゃうから先に飲んでなさい」と促されていて、一つのフラッペは中身が少し減っている。


「落ち着いた雰囲気でいいわね。心が洗われる気がするわ」


 そう言うまりも、この落ち着いたカフェによく似合う。上品さ……と言うのだろうか、まりには気品が溢れていてどこかのお嬢様なのではないかと錯覚させるほどだ。


「ところで、みかんフラッペ美味しい?」

「あ、うん。美味しいよ」


 まりに感想を急かされて、私は一口二口とフラッペを飲む。このさっぱりとした甘みがたまらない。ちょっとクリームの後味が強い気がするけど、それでもしっかり調和されていてとても美味しかった。ただ、味がどうこうとかは今はどうでもいい。今の私にとって大事なのは目の前のまりのことだ。

 現状、私はあまりまりと話したくない。まりのことは大好きだが、話していてボロが出てしまうことがこわい。私があなたの憧れであるということを伝える勇気を、私は持ち合わせていない。だからこそもどかしくて、気まずくて、私は今とても苦しい。


「あの子もこういうところ来るのかしら」

「あの子?」

「ええ、あたしの推してるけーちゃんのことよ」

「……っ!」


 まりに言われて、私は思わず固まってしまった。こんな時にでもけーちゃんのことを考えているなんて。でも、前世で推しの存在こそが偉大だった私には、どんな時にでも推しの存在が真っ先に出てきてしまう気持ちはわかる。

 そんなまりはくすりと微笑んだ。そんな姿もやはり上品で美しいのだが、今の私にはその微笑みにさえ畏怖のようなものを感じてしまった。やっぱり今のままじゃだめだ。私はこの気持ちをどうにかしたい。


「……私もさ、考えちゃうんだよね。〝推し〟のこと」

「あら、そうなの? もしかしてあなたも……」

「うん。推しって偉大だよね」

「そうね、あたしの推しは最高よ。尊くて可愛くて見てるだけで癒されるの」


 推しの話題になればまりはとても饒舌になる。ああ、やっぱり私達は同志なんだなと実感する瞬間だ。私はこの瞬間が大好きだし、この感覚を共有できる人がいてとても嬉しかった。でも、それと同時に、少し寂しい。だって私たちの言う〝推し〟は対象が違っているから。まりもVTuberオタクに染まってくれるのは嬉しいが、この世界には私の推しはいない。それがどうにも悔しくて、まりが羨ましく感じる。そういう思いも、まりを遠ざけたくなる要因の一つだった。


「ちょっとかな! クリーム溶けてきたわよ!」


 まりの一言で私は現実に引き戻される。そうだ、私は今みかんフラッペを飲んでいるんだった。すっかり忘れていたが、私のみかんフラッペのクリームは溶け始め、それに伴って少し白く濁った部分が多くなってきた。


「えっ? あ、やばっ!」

「だから言ったじゃない」

「うう……」


 せっかくのみかんフラッペもこのままでは台無しだ。私は慌ててストローで中身を吸い出し、なんとか真っ白な部分を無くそうと試みる。そんな私を見てまりはくすりと微笑みつつ、自分のフラッペを嗜むのだった。


「ぷはぁ、美味しかった」

「ほっぺにクリームついてるわよ」

「え? どこ?」


 私は口周りを手で探ったが、それらしきものの感触はなかった。するとまりはティッシュを取り出して、それで私のほっぺたについていたクリームを取ってくれた。


「はい、取れたわよ」

「……あ、ありがと」


 まさかまりにそんなことをしてもらえるとは思っていなくて、少しドキドキする。まりにときめくなんてちょっと悔しい。でも、なんだかすごく優しい表情をするまりに見惚れてしまったのは事実だった。


「どうかした?」

「……あ、ううん! なんでもない!」

「そう、ならいいんだけど」


 まりは小首をかしげつつ、みかんフラッペを口に運んだ。私はこんなにも意識しているのに、まりは全くもっていつも通りで接してくる。いやまあ、意識してるのは半分自分のせいでもあるんだけど。でもまりが気にしていないのなら、なんだか自分のことがバカバカしくなってきた。

 その後私達は黙々とみかんフラッペを味わいつつ、冷たいフラッペが胃の中で温まるまでの間談笑していたのだった。


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