目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第31話、私にできること

「はぁ……またしおりお姉ちゃんに相談するか……」


 今日の授業も無事に終えた私は、下校する中で朝のことを振り返っていた。起きた時にしおりお姉ちゃんから妹(後輩)ができると聞かされ、登校中にまりからVTuberになるための依頼をしおりお姉ちゃんにしたと聞かされた。朝からイベントが盛りだくさんだ。同じ日の朝におきた出来事だとはとても思えない。よく耐えきったと自分を褒めてやりたい。

 まりがVTuberデビューを果たすこと自体にはなんの不満もない。だけど、依頼した先がしおりお姉ちゃんとなると、私の中では話が違ってくる。


「必然的に絡む機会多くなってくるよねー……」


 私が懸念しているのは、まりに正体がバレること。絡む機会が多いとそれだけ取り繕えなくなってくる。最初は大丈夫かもしれないが、もしかしたらリアルでまりに「コラボありがとう」とか私なら言ってしまうだろう。それが、まりにバレてしまう原因になる未来が見える。


「はぁ……どうしたもんか……」


 気が重い。私は何度目かわからないため息をついていた。今日はまりとなかなか話せなかったから、少しだけ孤独感があった。


「しおりお姉ちゃん、電話出てくれるかな」


 しおりお姉ちゃんも今は大学にいる時間帯だろう。迷惑かもしれない。だけど、しおりお姉ちゃんなら何か納得できる意見を出してくれるかもしれない。そんな期待を込めつつ、私はしおりお姉ちゃんの番号に電話をかけた。抵抗はあったが、その気持ちはしおりお姉ちゃんがすぐ出たことで消え失せた。


『もしもし? どうした?』

「あ、しおりお姉ちゃん? 今時間ある?」

『ん? ああ、今は大丈夫だよ』


 大きな仕事を終えたばかりなのか、声に疲労が乗っているような気がする。それでも、私に付き合ってくれる優しさが身に染みた。多分提出物をたくさん用意してくる先生の授業があったのだろう。作業通話もたまにしているが、その先生の愚痴が耐えなくてちょっと不憫に思っていたことを思い出す。


「えっと、今朝私に妹ができるって言ってたじゃん? VTuberになりたくてしおりお姉ちゃんに依頼してる人がって」

『あー……確かに言ったね。それがどうした?』

「実はさ、友だちがしおりお姉ちゃんに依頼してたみたいなんだ」

『……なるほどね』


 しおりお姉ちゃんはそれだけで察したようで、「そっかー」と困ったような反応を示した。それから、少しの無言タイム。私からは何も言えなかった。しおりお姉ちゃんから私に何か意見が飛んでくるのを待っていた。

 しかし事の重大さを理解しているからか、沈黙が続く。早くどうしたらいいか聞きたいが、真剣に考えてくれているから急かすわけにもいかない。しおりお姉ちゃんが口を開いたのは、電話口から聞こえる『うーん』という呻き声が聞こえてきた後だった。


『ボクたちにはどうしようもない案件だねぇ……その友だちにはかなちゃんの活動話してないんでしょ?』

「そう……だから困ってて」


 しおりお姉ちゃんが「どうしようもない」と言う気持ちもわかる。まりがVTuber活動をやめるように仕向けることもできないし、私がVTuber活動をやめることもできない。せっかくできた後発のVTuberと距離を置くようなこともしたくない。

 だけど、私はしおりお姉ちゃんに意見を求めてしまった。しおりお姉ちゃんなら何かいい案を持っているかもと期待してしまったから。


『かなちゃん、ボクも力になりたいけど……これはかなちゃんが決めるべきことだと思う』

「それは……うん、わかってる……」

『それがわかってるなら大丈夫。ボクもできる限りやれることはやってみるよ』


 しおりお姉ちゃんはそう言うと、電話が切れた。結局私はどうしていいのかわからずじまいだ。ただただ頭を悩ませるだけの時間となってしまった。でも、それだけ難しい問題なのだろう。


「はぁ……」


 私はまたため息をついてしまった。今度ばかりは仕方ないだろう。私が今後どうするのかも大切だけど、まりがどう動くかが重要だ。まずは相手の出方を窺わないと対処のしようもない。

 私は一人で考えるのを諦めてただ歩く。そういえば、今日はとあるカフェで新作のフラッペが出るんだっけ。さっきはしおりお姉ちゃんに意見を求めたが、結局答えは出ずじまい。なら、このまま家に帰ってもモヤモヤするだけだろう。それなら、気分転換でもして頭をスッキリさせたかった。


「みかんをたっぷり入れたフラッペ気になってたんだよなぁ〜!」


 新作メニューの情報を見ながら私はそう独り言をこぼした。このお店はフラッペが有名で、私もたまに贅沢をしたい時に寄っている。しかし、みかんのフラッペは初耳だ。みかんはみかんで、フラッペに合うのだろうか。楽しみ半分不安半分といった気持ちで私はお店へと足を向けた。


「いらっしゃいませー」


 カフェに入ると、店員さんが慣れたように空いてる席を教えてくれたので、その席へ向かった。店内は賑やかで、私のようにフラッペ目当てで来ているお客さんもチラホラ見える。


「ご注文が決まりましたらお呼びください」


 店員さんが去っていき、私はメニュー表を開いた。そして、注文する商品を決めていく。新作のフラッペはもちろんだが、デザートも頼みたくなってきた。学校帰りということもあって小腹が空いている。

 ケーキでも頼んでみようか。いやでも、そうしたら夕飯が入らなくなってしまう。もう少し軽いデザートはないだろうか。そんな時、抹茶のわらび餅が目に付いて、これなら夕飯も問題なく食べられそうだと思い頼むことにした。フラッペとわらび餅がどんな感じなのか楽しみだ。

 注文をしようと店員さんを呼んだらすぐに来てくれて、商品を伝えるとまた去っていった。その背中を見送りながら、スマホでしおりお姉ちゃんかまりから連絡が来てないか確認する。しかし、通知は何も来ていなかった。


「来てない、か……」


 そりゃそうだろう。きっとまりはVTuber活動の準備に勤しんでいるだろうし、しおりお姉ちゃんも大学の講義やレポートで忙しいはず。


「はぁ……早くフラッペ来ないかな……」


 そんな独り言をこぼし、私は窓の外を見た。外は夕暮れ時で、オレンジ色に染まった空が綺麗だった。この景色をまりやしおりお姉ちゃんと共有できたらな。そんな妄想をしつつ、私はスマホのロック画面を開いた。通知はない。わかってはいるが、少し寂しい気持ちにはなる。

 それから数分して注文した商品が届いたので受け取る。抹茶のわらび餅は見た目も綺麗で美味しそうだ。一口サイズだから食べやすいだろう。フラッペも今の夕暮れと同じ色をしていて、宝石みたいでとても美しかった。飲むのがもったいないくらいだ。そんな時……


「いらっしゃいませー」

「あら、こんな近くにカフェがあったのね」

「えっ」


 店員さんは聞き慣れた言葉を口にしているが、私が反応したのはお客さんの方だ。聞き慣れた声に特徴的な口調……もしかして……いや、もしかしなくても。


「ま、まり!?」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?