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第30話、最悪であり最高の可能性

「かな、何かいいことあったの?」

「んぇ? な、なんで?」


 しおりお姉ちゃんから妹ができると聞かされたあと、私はウキウキで天まで駆けていけそうな勢いで家を飛び出た。行動に出ていたのなら、さぞかし顔にもわかりやすいほどに出ていただろう。登校途中にばったり出くわしたまりに指摘されてしまった。


「いや、あなたわかりやすすぎるわよ……むしろ隠してたのかしら?」

「隠してるつもりはなかったけどそんなわかりやすいのかぁと思って……」

「それで? 何があったのよ」


 まりは面倒見のいい姉御肌だ。ちゃんと話を聞いてくれるので私もそれに甘えている節はある。でもこれは正直に言えない内容だからどうしたものかと逡巡する。私がVTuberをやってることをまりは知らないしこちらからわざわざ打ち明ける予定もない。そのVTuber関連でいいことがあったと話すとなれば、必然的に自分がVTuberをやっていると明かすことになる。

 それはなんとしても避けねば。まりは私……『イニシャルK』に憧れてVTuberをやりたいと宣言していたけど、私にはそんな勇気はない。まりの勇気をわけてもらいたいものだ。


「あはは……ちょっとね」


 私は笑って誤魔化す。まりは眉をひそめて訝しげにこちらを見る。そんな目で見られても私だってうまく説明できないのだ、許せ。


「ふ〜ん? まあいいわ、別にそこまで気になることじゃないし」


 そう言ってまりはそっぽを向いて歩き始めた。私もそれについていきながら話を続けた。


「そういえばまりはVTuberになりたいって言ってたけど、準備とか進めてるの?」

「んー、そうね。依頼はしてあるし機材も通販で頼んだから順調といえば順調ね」

「え、依頼?」


 依頼……という言葉に少し引っかかる。いや、VTuberが色々とデザイナーさんやモデラーさんに依頼するのは極めて自然なことなのだけど。直近でその言葉を聞いたから過敏になりすぎているのかもしれない。

 だけど、それでも、嫌な予感がずっとしている。なぜかと問われると答えるのは難しいが、まりがその先に紡ぐであろう言葉にどうしても耳を貸してはいけない気がしている。


「ええ、私のVTuberのアバターを作ってもらうのよ」

「あ、ああ! VTuberのアバターね!」


 まりは私の様子に少し首を傾げたがすぐに話を続けた。


「そう、私の憧れるイニシャルK……そのモデラーさんに」


 私は、ただただ絶句した。出せる言葉がなかった。イニシャルK……つまり私のモデルを作ってくれたのはしおりお姉ちゃん。そのしおりお姉ちゃんも今朝伝えたいことがあると言って「モデルを作って欲しいと依頼してきた人がいる」のだと教えてくれた。これは偶然なのか?

 いや、ここまで来たら偶然でもなんでもないだろう。まりはここまでハッキリ告げているのだ。もう見なかったこと、聞かなかったことにはできない。


「え、ちょっとかな? 大丈夫?」

「あ、あはは……大丈夫。うん、大丈夫だよ」


 私は乾いた笑いをすることしか出来なかった。まりは私の顔を覗き込んで見たこともないような珍しい表情をしている。珍しい表情を見せるほど、よっぽど私が心配になるような顔をしていたのだろう。しかし、これは困ったことになった。

 まさかの楽しみにしていた妹がまりだったなんて。どんな子なのだろうと期待を膨らませていただけにショックが大きい。VTuberを目指していると言っていたまりの可能性をどうして考えなかったのか。私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、その場で立ち尽くす。


「ちょっと、ほんとにどうしたの? 病院行った方がいいんじゃないかしら?」

「い、いや……大丈夫だよ。うん、大丈夫」


 煽られてるのか本気で心配されているのか判断に困る言葉を投げかけられるも、私はなんとか先程と同じような言葉を絞り出した。さっきから大丈夫としか言えてないけど大丈夫か私。大丈夫ではないのかもしれないけど、本当のことを言うわけにもいかないので詮索されないためにも気丈に振る舞わなければ。


「そう? ならいいけど……」


 まりは納得のいかない表情をしながらも、それ以上追求してくることはなかった。私はほっと胸を撫で下ろす。しかし、これからどうしたものか。まりに真実を教えるわけにもいかないし、かと言ってこのまま嘘をつき続けてもいずれボロが出るだろう。私は頭をフル回転させてなんとか解決策を探ろうとする。


「かな」


 まりに呼びかけられて思考の海から浮き上がる。顔を上げるとまりがどこか不安そうな顔をして私を見ていた。心配されているのだろうか。私はまた「大丈夫」と言おうとしたが、それを飲み込む。まりは私に言葉をかけようとしている。それを遮ってはいけない。


「私はかなの味方よ」


 まりははっきりとそう言った。まっすぐ淀みない瞳で見つめられるも、私はその瞳を直視できなかった。眩しすぎる。私はそんなに立派な人間ではないし、まりに隠し事をしているのにそう言われると……胸が痛む。


「だから、かなのことが知りたいわ。教えてくれたらきっと力になれると思うから」


 まりは優しい。だからこそつらい。いっそ全てを打ち明けられたらどんなにいいか。


「……ありがとう。でも、今は言えないんだ……どうしても」

「今は……ってことはいつかは話してくれる?」

「うん……いつかきっと話すから」


 本当にそんな日は来るのだろうか。私はそれすらわからない。だけど、話したいとは思っている。まりには全てを知って欲しいし、話さないといけない気がする。今はただ心の整理が追いつかないだけで……いつかきっと話せる日は来るはずだから。

 私は覚悟を決めて顔を上げてまりを見る。私の眼差しを受けたまりは少しの間固まったあと、ふっと柔らかい笑顔を見せた。


「わかったわ。いつか、話してくれるのを待ってるから」


 その笑顔には私に対する信頼が感じられた。私はそれに報いることが出来るのだろうか? ちゃんと打ち明けられる日は来るのだろうか?


「ありがとう、まり」


 そんな不安を抱えながら、私はまりにそう返すのが精一杯だった。


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