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第29話、姉妹の誕生?

「妹……?」


 聞きなれない単語に、私は思考が混乱する。ただでさえ寝起きで頭が回らないのに、急に妹が出来ると言われてもわけがわからない。そもそもしおりお姉ちゃんとは血が繋がってないじゃないか。


「しおりお姉ちゃんに私以外の妹ができるって言うの!?」


 寝起きの私はわけのわからない思考に行き着いた。しおりお姉ちゃんに妹が出来て、私が捨てられる。そんな妄想が私の頭の中でぐるぐると回りだした。冷静に考えれば違うとわかるのに、直前の夢のこともあってか私は正常な判断が出来なかった。


「いや、そうじゃなくて……」

「でもでも! 妹ができるかもって!」

「あー……ごめん、言葉足らずだったね」


 しおりお姉ちゃんは諭すように、子供に話しかけるようなゆっくりとした口調で私に話す。私は涙で視界が歪んでしまっていて、しおりお姉ちゃんがどんな表情をしているのかわからない。

 しおりお姉ちゃんはハンカチを取って、私の涙を優しく拭きながら頭を撫でてくれた。とても安心感があって、私はすぐに心を落ち着けることができた。今の私のことを客観視すると、小さな子どもがあやされているみたいだ。ちょっと恥ずかしくなってきた。


「実はね、依頼があったんだ。VTuberをやりたいからその身体を作ってくれって。妹より後輩って言った方が分かりやすかったかな?」

「あー……そういうこと……」


 私の頭はやっと動き出した。要するに私のVTuberモデルを考えてくれたしおりお姉ちゃんに誰かがモデルを作って欲しいと依頼した……ということらしい。それにしても、私はVTuber文化が発達した世界で生きてきたから、モデルを作ってくれた人が同じだと先にデビューした方を姉もしくは兄と呼ぶ文化があるのを知っているのだが……

 そもそもVTuberが私しかいないこの世界ではそういう文化も根付いていないはずなのに。なぜしおりお姉ちゃんはハッキリと「妹」だと言ったのか。そもそもそれを口にすると言うことは、自分が「生みの親」であることを自覚していないと出てこないだろう。立ち絵を描いたイラストレーターさんのことをママ、Live2Dモデラーさんのことをパパと位置づける文化もないだろうに。


「えーっと……しおりお姉ちゃんはなんで私に妹ができるって言ったの?」

「うーん、特に理由なんてないけど……ほら、家族っていいじゃん。かなちゃんだってボクのことお姉ちゃんって呼んでるしさ」


 確かにそれはそうだ。私はしおりお姉ちゃんと血が繋がっておらず、近所の幼なじみのお姉ちゃんというだけで「しおりお姉ちゃん」と呼んでいる。そう考えると、私に影響されるのも無理はないと思う。それで納得することにした。


「そっか……ごめんね。私、変なこと考えちゃった」

「ううん、大丈夫だよ。ボクも説明が足りなかったから。それで妹ができる気分はどう?」

「そりゃあ楽しみだよ! ずっとずっと他のVTuberが出てくるの待ってたんだから!」


 今までずっと待ち望んでいた他のVTuber。それが誕生すると聞いて嬉しくないわけがない。しかもこのしおりお姉ちゃんが作ってくれるVTuberだ、これ以上に嬉しいことはない。

 上手く行けばコラボとかも取り付けられるかもしれないし、今以上に活動の幅が広がりそうで楽しみだ。しかも、リスナーとしてその子の配信を見に行けるというのが何よりもありがたい。なにせ前世はいつもVTuberの配信をつけていたのだ。もう日課になっていて、それができない今は発狂しそうなほど苦しかった。いや、自分の活動が忙しくてあまりそれを考える余裕はなかったのだが。

 それでもやっぱりどこかで寂しさはあるもので、早く他のVTuberが現れないかななんて毎日期待していた。私の本質はオタクなのだ。今からどんな子が生まれるのか、そう考えるだけで胸が躍る。私の返事を聞いたしおりお姉ちゃんは柔らかく微笑む。


「そっか、よかった。ボクも作りがいがあるよ」

「それで、その……ちなみにどんな感じの子なの?」

「うーん……なんて言うのかな、ちょっと危なっかしい感じの子かな」

「へぇ……」


 VTuber文化はまだまだ未発達で、それゆえに黎明期は他より飛び抜けようと尖った子が多かったイメージがある。もちろん、その尖った部分がウケてV界隈が盛り上がったのは事実だが。その歴史をまた見られるかもしれないと思うと、ちょっとソワソワした。


「しっかりはしてると思うんだけど、対抗心が強そうっていうか……ちょっと危なっかしいんだよね。だからかなちゃんがしっかり見ててあげて欲しいな」

「わかった! 任せて!」

「うん、ありがとう。じゃあ、そろそろボクは依頼用のモデル作り頑張ってくるよ」


 そういえば、しおりお姉ちゃんは私がうなされているのを心配してずっとここにいてくれたのだ。忙しいのに申し訳なかったなと今更ながらに思う。しおりお姉ちゃんは手を振って部屋を出て行った。

 しかし、そんな話を聞いてしまうとその子がどんなVTuberになるのか気になってしょうがない。どういうベクトルで危なっかしいのか。どんな性格なのか。どんなことが好きで、嫌いなのか。想像するだけでも楽しいものがある。


「できれば推しに似てると嬉しいなー」


 私の最推しのVTuber、その性格と雰囲気がちょっと似た感じの子だといいな。でも、私の推しはあまり尖った部分や危なっかしい感じはなかったからきっと望みは薄いだろう。でも、それでもいい。他のVTuberが、しかも妹が出てくるということだけでオタク心が満たされる。


「早く、会いたいなぁ」


 今から作業に取りかかるなら、きっと会えるのはずっと先になってしまうだろう。モデル作りはそう簡単にできるものでもないし。それでも楽しみができたというだけで、私は今までにないぐらいやる気に満ち溢れていた。

 VTuberをやりたいと依頼した人も、きっと今か今かと完成を待ちわびているだろう。私もはやく、「妹」と会える日を心待ちにしている。個人的にコミュニケーションが取りやすい人がいいなと思う。コラボする上で相性も大事だし、一緒に話していて楽しいのが一番だ。私は今後の活動について、これからできる妹について、色々と妄想しながら一日が始まるのを待った。


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