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第26話、まりの憧れの人

「ねぇ、かな。前に話したVTuberが新衣装お披露目ってものをやってたのよ」

「へ、へぇ……」

「でねでね? 衣装一つでこんなに雰囲気変わるものなのね〜って興奮してたわけなのよ!」

「わ、わかったからちょっと落ち着いて?」


 お昼休みにまりが「真剣な話がある」と持ちかけてきてなんだろうと思ったら……これだ。昨日私が新衣装お披露目してたのがものすごく気に入ったらしい。まりはその配信をしていたのが私だと知らないからガンガンにまくし立てているけど、私としては勘弁して欲しい。そんな私の心情をまりは当然察せられるはずもなく、なおも興奮気味に語る。


「前はミステリアスの塊みたいなフード被ってたけど、アイドルっぽい衣装になって新たな魅力を発見! って感じ?」

「ま、まあ、ギャップってなんか魅力あるよね……わかるわかる……はは」


 適当に相槌を打ち、乾いた笑みをこぼす。正直反応に困る。まりが『イニシャルK』を好いてくれることは嬉しいし、それに関しては特に嫌だとかのマイナスの感情はない。だけど、まりはそれが私だと知らずに話しているから申し訳なさとか気まずさが先に来るのだった。

 打ち明けられれば楽になるんだろうけど、そんな勇気を持ち合わせているわけもなく「うんうん」と相槌botになっている。未だに覚悟を決めきれない自分に苛立ちが募るのもまた事実だった。


「……憧れてるのよね」


 ……と、私がもどかしさやらなんやらで頭を悩ませていることを他所にまりが何やら呟いた。聞き返そうとした矢先、まりの澄んだ瞳が私を捉えて離さなかった。突然のことに心臓が早鐘を打つ。まりは私を射止めたまま、柔らかく微笑んだ。


「料理が上手なところも……歌が上手いところも……雑談が上手くできないって言いながら頑張ってるところも……ホラーゲームで叫び散らかしてるところも……」

「いや待って最後のなんかおかしくない?」


 我慢できなくなってついツッコミを入れてしまう。憧れの要素を喋っていたはずなのに最後のやつだけ明らかにおかしい。だけどそんな私のツッコミも聞こえていないのか、まりは冷静に続ける。


「『楽しい!』って気持ちが伝わってきて、とても憧れているの」

「……っ」


 私に言われているわけではないのに、まりは私だと気づいていないはずなのに、その真っ直ぐな眼差しに射抜かれて息を飲んでしまう。


「あの子のおかげであたしも夢に向かう勇気が湧いた。あたし、あの子と同じ――VTuberになりたい」

「……!」


 まりの口から出たのは、憧れなんてものを軽く超えていた。私に……けーちゃんに対する感謝と目標を高らかに語るまりの瞳は力強く、輝いていて。その眼差しがまた私に向けられているような錯覚に陥らせた。そんなはずがないのに、そうであって欲しいと思ってしまう。

 不思議なものだ。あんなに自分について語らないでほしいと思っていたのに、いざ憧れを向けられているのを目の当たりにすると……嬉しくなってしまう。


「……って、急にこんなこと言われても困るわよね。かなに関係あることでもないのに」

「あはは、でもそれだけまりが本気なのは伝わってきたよ」

「そう?」


 まりは照れているのか、頬を染めながらそっぽを向いた。こういう子供っぽい一面が可愛いと思う。いやまあ、まりは何してても可愛いけど。

 それにしても、まりがそこまで『イニシャルK』に入れ込んでいるとは思わなかった。前々から結構そうじゃないかと思う場面はあったけど、確信には至らなかった。……やっぱり、まりに『イニシャルK』を打ち明けるのもありだろうか。いやでも、なんて言われるかわかったもんじゃない。「だまされたー!」とか言われたら立ち直れなさそうだ。


「かな?」

「ひゃい!?」

「どうしたのよ、そんな素っ頓狂な声あげて」

「あ、いや……なんでもないよ?」


 頭の中でうじうじ悩んでいると、まりが心配そうに顔を覗き込んできた。思わず変な声が出てしまい恥ずかしくなる。まりは訝しげに眉を寄せて私の目を見つめていて……なんだか全て見透かされているような気がしてならない。


「まあ、それは一旦置いとくとして」

「え? 置いとくの?」

「そりゃそうでしょ。このまま話を続けてもいいけど、時間も限られてるし」


 確かに、昼休みもあと五分で終わる。そろそろ授業の準備をしなくてはならない。まりは真剣な眼差しで私の目を見つめて……かと思えば唐突に微笑んだ。


「……あたし、色々頑張るわ」

「応援してるよ」


 私がキッパリとそう言うと、まりはなぜか複雑そうな顔になってしまった。何か変なことを言ってしまっただろうか。マイナスなことは言ってないと思うし、ちゃんと本心を伝えたのだけど。嘘っぽく聞こえてしまったのだろうか。もしそうだとしたら誤解を解かなければならない。どう弁明しようかと考え込んでいると、まりが呆れたようにため息をついた。


「……ほんと鈍感ね……」


 私の耳に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声量でつぶやく。鈍感ってなんのことだろう。確かに勘はよくない方かもしれないが、鈍感と言われたのは初めてだった。過去の世界のまりにも言われたことはなかった気がする。言ってなかっただけで思っていたのかもしれないが。

 まりはバツが悪そうに顔を逸らすと、何やら口をもごもごとさせた。何を言うか迷っているようだけど……やがて覚悟が決まったのか私に向き直る。今度はキッと睨むような目つきで見つめられた。そして、頰をほんのり赤くしながら口を開いた。


「しおりお姉ちゃんとやらには負けないわ」


 まりはそれだけ言うと「じゃ!」と短く告げて走り去ってしまった。ますますわけがわからない。なぜそこでしおりお姉ちゃんの名前が出るのか。まりの憧れの話じゃなかったっけ?

 いや、まりの憧れの話で合っているはずだ。なのにしおりお姉ちゃんの名前が出てきて……もう頭の中が整理できない。しかも、「負けない」とはどういうことなのだろう。しおりお姉ちゃんとまりにはそこまで接点はないはずだ。それなのに、敵対心をいだくほどしおりお姉ちゃんになにを見出したのか。


 鈍感な私には一つも理解できなかった。


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