『だから気にしないでいいよ? ボクはボクのしたいようにしてるだけだからさ』
私もVTuberになりたいという夢のためにしおりお姉ちゃんの技術を利用していたが、そのしおりお姉ちゃんも主人公になりたいという夢を私に託すことで叶えようとしている。つまりお互いに利用し合っていたというわけだ。しかしこれもまた絆の形だと思ったから、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。むしろしおりお姉ちゃんの夢を私が叶えられるのならそれは本望だ。
いくらでも利用してほしい。私に夢を見てほしい。しおりお姉ちゃんの夢は私が叶えたい。しおりお姉ちゃんが喜ぶのならどんなことだってやる。今の私はしおりお姉ちゃんのために私は存在すると言っても過言ではない。
「へへ、しおりお姉ちゃんが本音を話してくれたのは嬉しかったなぁ」
ただ優しいだけで協力してくれているという体でも特に不満はなかったが、やっぱり多少なりとも人間らしさが見えた方が安心できる。これはゲームでも漫画でもなく、紛れもない現実なのだ。夢物語のように簡単にはいかないし、今回のことで私が特別扱いされる理由も少しわかった気がした。
しかし改めて思うと、私たちはお互いの夢を叶えるために手を組んでいるという関係だ。つまり私はしおりお姉ちゃんの助手であり、しおりお姉ちゃんは私の助手でもあるということだ。
「ふふっ」
そう考えると無性に嬉しくなって笑みがこぼれた。しおりお姉ちゃんは私に夢を託してくれた。私は私でしおりお姉ちゃんに協力を依頼した。なら私たちは対等なパートナーだ。どちらかが上でも下でもない、お互いに足りない部分を補える最高のパートナーなんだ。
「あっ、そうだ。お披露目のための準備しとかないと!」
衣装が出来たとはいえ、リスナーへの告知やサムネなどの準備がまだ出来ていない。やることが多すぎて大変だ。悦に浸っている時間はない。
「まずは告知だよね。みんなの気を引けるような文章……どんなのがいいんだろ」
今の気持ちをそのまま入力したいという気持ちもあるけど、流石にそれは恥ずかしい。でも感謝の気持ちをしっかりと伝えたい。私が今こうして笑っていられるのはしおりお姉ちゃんと見てくれているリスナーのおかげなんだから。
そういえば、前世で推しは新衣装のシルエットやシルエットを使っての告知動画なんかを作っていたっけ。みんなへの感謝を素直に綴った、飾り気のない言葉を添えて。そして私は自分が思っていること、これからやっていくことをありのままに綴った。この文章をみんながどう受け止めるかはわからない。けれどこれは私の本心であり、私の覚悟だ。
【いつも見てくれてるみんなに、嬉しいご報告があります。なんと今回、初めての新衣装が出ます! すっごく可愛いから楽しみにしててね。みんなの応援のおかげで新しいお召し物を着せてもらえることになったからほんとにほんとにありがとう! お披露目の日時は画像の通りだよ。配信で会えるの楽しみにしてるね】
うん、こんな感じでいいだろう。上手く書けているかわからないが、これが私なりの感謝の気持ちだ。文章を読み上げ、おかしなところがないか何度も読み返す。これならきっとみんなにも伝わるはずだ。
「うぅ……なんだか緊張してきちゃった……」
いざ告知を打ち込むとなると途端に不安になってきた。こんな下手くそな文章で本当に大丈夫だろうか? そもそもこの告知はちゃんと見てくれるのだろうか? そんなネガティブな考えが頭の中を駆け巡る。
同接が三桁を超えることが普通になってきたとはいえ、誰にも見てもらえないんじゃないかという不安は拭えない。せっかく良い物を作れるように努力したんだからみんなに見てほしいという思いもある。普段の配信ならともかく、晴れの日に誰も来なかったらそれこそ泣いてしまう。
「大丈夫、きっと上手くいく。しおりお姉ちゃんが協力してくれたんだから」
そう自分に言い聞かせて不安を払拭する。しおりお姉ちゃんの期待を裏切りたくない。しおりお姉ちゃんに喜んでもらいたい。その一心で私は震える手で文字を打ち込んだ。そして最後に配信予定時刻を打ち込むと、大きく息を吐いてからエンターキーを押した。
「ふぅ……」
告知文はこれで完成だ。後は時間が来るのを待つだけだ。緊張で心臓がバクバクしているのがわかる。しかしその心臓に負けじと鳴った音があった。
「あ、通知!」
私は反射的にスマホを手に取った。そこにはたくさんのリプライが届いていた。やはり告知した直後だからだろうか、かなり賑わっているように見える。みんな喜んでくれているみたいだ。私は胸をなで下ろした。
【おおお! 良かったね!】
【新衣装!? おめでとう!】
【えー、絶対見るよ!】
そんな温かい言葉の数々に思わず涙が出そうになる。私の夢は間違っていなかったんだと改めて実感できた瞬間だった。そして同時に嬉しさが込み上げてきた。私はスマホを胸に抱き寄せると、大きく深呼吸をした。
緊張がほどけていくのと同時に不安も小さくなっていく。私の中の不安はもうすっかり消えていた。やるべきことはやったんだ。あとはその日が来るのを待つだけだ。そう思うと自然と笑みがこぼれた。
「しおりお姉ちゃん、私……頑張るよ」
自分の雰囲気に合うサムネを作りながら呟く。しおりお姉ちゃんに恥じない配信をしなければ。元々仮面VTuberなのもあり、画像もシルエットを使っているため、フォントも怪しげな雰囲気を醸し出すものにした。自分のイメージカラーである水色を取り入れたりと、色々と工夫を凝らしてみたつもりだ。
このサムネなら雰囲気も暗いから、初めてのお披露目にはいいかもしれない。目を引くし、初見の人もなんだなんだと寄ってきてくれるかもしれない。しおりお姉ちゃんが用意してくれた衣装とのギャップもあっていい塩梅だと思う。新衣装の発表が待ち遠しいような、それでいて不安なような不思議な気分だった。私は胸に手を当てて深呼吸すると、配信の日が来るまで心を踊らせながら待ち続けた。