『……ちゃん、かなちゃん。起きてる?』
「んん……なぁに、しおりお姉ちゃん」
しおりお姉ちゃんの優しげな声で目を覚ました私は、しおりお姉ちゃんが泊まりに来ていたのだろうかと錯覚した。しかし、どこを見渡しても見つからない。やがてその声はスマホから聞こえてくることがわかった。そうだ、昨日しおりお姉ちゃんと通話しながら寝たんだ。
『よかった、起きてたのね』
「うん……おはよ、しおりお姉ちゃん。昨日は突然電話かけちゃってごめんね」
『ううん、気にしないで。ボクもかなちゃんの声が聞けて嬉しかったし。それより……もう大丈夫?』
しおりお姉ちゃんはなにを聞いているのだろう。意図がつかめない私は、首を傾げた。
「大丈夫って……なにが?」
『ホラゲーが怖くて電話かけてきたんでしょ?』
「――っ!」
バレてる。私はしおりお姉ちゃんに電話した本当の理由を話していない。適当な理由を探してそれを口にしたはずだ。なのに、どうして。
ホラーゲームが苦手であるということも話していないはず。一緒にお化け屋敷に行ったこともないし、小さい頃から幽霊が怖いということも話してなかったはずなのに。どうして伝わっているのだろう。
私が困惑で声も出せずにいると、しおりお姉ちゃんは優しく語りかけた。
『かなちゃんのことならなんだって知ってるよ? だって、小さい頃からずっと一緒だったんだし』
「……っ!? な、なんで」
『暗闇見つめながら震えていたり、ちょっとこわいテレビ見た時とかボクの腕掴んでたりしてたから?』
気づかれてないと思っていた。それなのに、全部知られていたなんて。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。私は熱くなった顔を隠すようにクッションに顔を埋めた。
すると、しおりお姉ちゃんはクスクスと笑い声を上げた。イタズラが成功した子供のような笑い声だ。
『ふふふ……かなちゃん、可愛いね』
「うぅ……しおりお姉ちゃんのイジワル」
『ごめんごめん。でも、もう平気でしょ?』
「……うん。ありがとう、しおりお姉ちゃん」
『どういたしまして。じゃあ、また今度ね』
そう言って通話は切れた。スマホを枕元に置いた私は、大きく伸びをする。カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいた。今日も良い天気だ。私はベッドから降りるとカーテンを開けた。
眩しい光に目を細める。雲つない青空が広がっていた。とても清々しい朝だ。私は大きく深呼吸をした。肺に澄んだ空気が入ってくる。ああ、気持ちいい。
しばらくそうしていると、階下から私を呼ぶ声が聞こえてきた。お母さんの声だ。ご飯ができたらしい。私は元気良く返事をすると、部屋を出たのだった。
「ふぅ……おなかいっぱい……」
朝食を食べ終えた私は、満足そうに息を吐いた。お母さんの料理はいくら食べても美味しい。きっと私が料理を始めたのも、このお母さんの美味しい料理を自分で再現したかったからだろう。作ったきっかけなんて忘れたけど。
そして幸せな気持ちになったところで日課のエゴサを始める。配信の感想を書いてくれる人がいたり、ファンアートを描いてくれる人がいたり、切り抜き動画をSNSであげてくれる人がいたりする。だからこれが結構楽しみだったりするのだ。きっと推し達もこうしてファンからの反応を楽しんでいたりしたのだろうか。そう考えると推しと同じ気持ちになれた気がして嬉しかった。
「あ、この人の切り抜き動画また伸びてる……コメントしておこ」
私は切り抜き動画を投稿した人宛てに感謝のコメントを書き込む。こういうのが結構大事だったりするのだ。感謝を忘れたら配信者としての質も落ちてしまう。だからどんなに小さな事でも感謝を忘れないように心掛けている。配信に来てもらえることが、ファンアートを描いてもらえることが、切り抜き動画を作ってもらえることが当たり前だと思ってはいけない。
それに私はただゲームや雑談をするだけの存在ではない。配信者として、みんなを楽しませる義務があるのだ。ただゲームや雑談をすればいいってわけじゃない。そういう意識を持っていた方がきっと長く続けられる。
「最近ファンアートも切り抜きも増えてきて嬉しいなぁ……みんながVTuberっていうものに偏見なく接してくれてたらいいなぁ」
もう二度と、あのような悲劇が起きないように。私は、私にできることをしよう。せっかく過去に戻ったのだ。VTuberは素晴らしい文化で未来を創る存在であるとみんなに伝えていこう。きっと私が転生したのはそういう意味もあるのだろう。
まだ他のVTuberがいない中で、私が道を切り開く。いい背中を見せられるように私は私なりに努力していこう。
「よしっ! 今日も頑張るぞー!」
正直、ファンからの反応はかなり力をもらっている。配信するのも、ファンのためにも頑張らなければという気持ちを奮い立たせるためでもある。
だから、やっぱり私はVTuberになってよかった。配信するのは楽しい。これからもずっと続けていきたいと思えるほどに。
「みんなー! 今日も来てくれてありがとう!」
配信開始から数十分、私は順調に視聴者を増やし続けていっていた。雑談にゲーム実況と様々なジャンルをバランスよく回していけば、結構な人数が見てくれるのだ。そしてリスナーのリクエストにもできるだけ答えてあげるようにしている。そうするとみんな楽しんでくれるのだ。この感覚が楽しくて毎日続けてしまうのかもしれない。
「ふぅ……今日の配信はそろそろ終わりにするね。みんな、今日も来てくれてありがと! じゃあ、またねー!」
私はそう言うと放送終了ボタンを押した。今日も良い配信ができたのではないだろうか。毎回良い配信をしようと努力しているし、どの配信にも私なりに思い入れがある。だから視聴者から好評をもらえるととても嬉しいし、励みになるのだ。
私はもう一度伸びをして、凝り固まった体をほぐす。配信をしていると肩が凝ることがあるのがちょっと慣れない。凝った肩を回しながらふとスマホを見ると、通知が来ていることに気がついた。
「ん? なんだろ」
私は通知をタップして、その送り主を確認した。それはしおりお姉ちゃんだった。
【かなちゃん、こんばんは! 配信見てたよ。今日の配信も面白かった!】
そのメッセージを見て嬉しくなった私は早速返信する。しおりお姉ちゃんに褒められて喜ばない人なんていないだろう。ああ、本当に幸せだ。
【ありがとう! そう言ってくれて嬉しい!】
【ところで、今週末空いてる? 話したいことがあるんだけど】
「……話したいこと?」