目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第17話、私を見ないで

「え、どういうこと……?」


 まりの部屋は暗くなっていて、もう寝ようとしていたのだろうということが窺える。しかし、妙な明かりがついている。テレビやパソコンからのような青い光が見える。しかも、まりは何か呪文を唱えるかのようにぶつぶつ呟いている。極めつけには……


『みんなー! こんかめん! 仮面VTuberのイニシャルKだよっ!』


 ――死にたい!

 私のVTuberとしての口上が流れてきて、心の中で叫んだ。おそらくまりがハマったきっかけの料理配信でも見ているのだろうか? しかし、なんで今? しかも電気も切って暗闇の中で見ている理由がわからない。


「なるほど……逐一視聴者の反応を見てリクエストも聞いている……それが人気の秘訣なのね……」


 なんのことだろう? 料理配信では私が好きなように料理をしていただけだし、リクエストなんて聞いた覚えが……


『それではみんな聴いてください! 【サクラモン】!』


 いやこれこの前の歌枠だ。料理配信は関係なかった。しかし、関係ないとしても私の配信を見ているという事実に変わりはない。まりはなぜ私の配信を見ているのだろう。見ているのは料理配信だけではなかったのか?

 私はまりがそこまで私の配信に熱心なことを知らなかった。ただ流れてきたから見ただけ、というだけのような気がしたのに。しかし、思い返して見ると違和感は確かにあった。調理実習の時に「一瞬で心を掴まれた」だとか、さっきオムライスを作ってもらった時に「声や笑い方が似てる」だとか。心を掴まれた=ファンになった、声が似ている=それだけ配信を見てくれている、ということだとしたら……


「ふふ……自然と目を惹かれるわね……やるじゃない」


 もうだめだ。予想以上にのめり込んでしまっている。これではふとしたきっかけですぐにバレてしまうかもしれない。

 不敵な笑みを浮かべるまりを見なかったことにして、私は空き部屋に戻る。そして部屋に入った途端、心理的な疲労と衝撃でへたりこんだ。


「はぁ……どうしようかなぁ……」


 このまままりに正体がバレるのは時間の問題だ。まりの性格を考えると、隠し通そうとしても変に怪しまれるだけだ。そして、そこから『実は白鳥かなはイニシャルK』ということがバレれば一巻の終わりである。まりが推しているのが私だとわかれば、まりもショックだろう。


「でも……まりは私がVTuberだってこと知らないし、まだ大丈夫かな……」


 しかし、まりが私の正体を知ったらどう思うだろうか。推しが実は友達だったなんて、喜ぶだろうか? 私はまりの喜ぶ顔よりも、ドン引きする顔が目に浮かぶ。そうするとますますバレるわけにはいかない。でも、まりは勘が鋭い。下手なことは言えなくなるし、態度でバレてしまうことも充分考えられる。なにより、気を張りながら友だちと接しなきゃいけないということに嫌気がさした。


「しおりお姉ちゃんに相談してみるか……」


 私はスマホを取り出すと、しおりお姉ちゃんにメッセージを送る。


【お姉ちゃん、相談があるんだけどいい?】


 すぐに既読がついて返信が返ってくる。


【いいよ。どうした?】

【実はさ……】


 私は今の状況を説明した。しおりお姉ちゃんは適度にうんうんと相槌を打ったメッセージをくれる。そして、メッセージではなく通話で話そうと言われたのでその提案に乗ることにした。私が電話をかけると、3コールほどで通話が繋がる。


「もしもし?」

『かなちゃん、話は聞いてたけど大変だったね』

「そうなの……友バレなんてしたくないし……どうすればいいかわからなくて……」


 私は今日のまりとの出来事を詳しく話した。そして、やはりバレるわけにはいかないということを説明した。しかし、しおりお姉ちゃんはそんな状況でも余裕そうだった。

 私が通話している間、かなちゃんは考えすぎだと思うよ? 普通にしてれば大丈夫じゃない? 心配する必要はないと思うけどな……と言ってくれた。しかし、私はそれでも不安だった。もし私がVTuberだとバレたら、まりはどう思うだろうか。それを考えるだけで怖かった。


『でもまだバレたわけではないんでしょ? バレた時のことはバレた時に考えればいいんじゃない?』

「でも! 私はまりに正体を隠してたんだよ? そんなの信用できないし、軽蔑されるに決まってる!」


 私はつい声を荒らげて叫んだ。そして、ハッと我に返った。こんな声を出してしまったら、通話越しのしおりお姉ちゃんにも聞こえてしまったはずだ。恐る恐るスマホの画面を見ると、通話が切れていた。やってしまった……と後悔の念に駆られるがもう遅い。


「はぁ……どうしよう……」


 私が頭を抱えていると、スマホから通知音が鳴った。見ると、しおりお姉ちゃんからメッセージが届いていた。


【ごめんねかなちゃん、ちょっとビックリしちゃって】


 その文面を見て罪悪感が込み上げる。私が声を荒らげてしまったせいで驚いたのだろう。私は慌てて返信する。


【こっちこそごめん……しおりお姉ちゃんに大きい声上げちゃって】


 すると、すぐに返事が返ってきた。


【ううん、気にしないで!】


 そして、さらにメッセージが続く。


【でもさ……もしバレたらその時は素直に言えばいいと思うよ? 誰にだって隠し事の一つや二つあるんだから】


 しおりお姉ちゃんからのメッセージを読むうちに、私はだんだんと冷静になっていった。そして、言われた言葉を頭の中で反芻する。確かにそうだ。隠し事の一つや二つ、誰にでもある。

 私は深く考えすぎていたのかもしれない。別にまりがVTuberだとバレたからといって死ぬわけでもあるまいに。要は私が油断しなければいい話だ。


「そうよね……私がちゃんと気をつければ……」


 私は自分に言い聞かせるように呟いた。しおりお姉ちゃんのおかげで少し気が楽になった気がする。やっぱりしおりお姉ちゃんは天才だ。こんなに私が素を出せるのも、こんなに心が落ち着くのも、後にも先にもしおりお姉ちゃんだけだ。


【ありがとね、しおりお姉ちゃん】


 私は感謝の言葉を送ると、スマホを閉じた。そして、そのままベッドに横になる。するとすぐに睡魔が襲ってきた。今日はいろいろあったから疲れていたのだろう。

 私は眠気に抗うことなく眠りについた。……のだが、悪夢が私を襲うことになる。目の前はただ真っ暗な闇。私は必死に助けを求める。しかし、その声は誰にも届かない。


「誰か! 誰かいないの!?」


 叫ぶが返事はない。自分の声だけが闇に響くだけ。そして、その闇に少しずつ変化が現れてくる。


「な……なにこれ……?」


 黒いモヤのようなものが私の身体にまとわりついてくる。それは次第に広がり私を包み込んでいく。怖いはずなのに何も出来ない。ただ黙って見ていることしかできない。そしてついには全身が包まれてしまった。すると、今度は身体の自由が利かなくなる感覚に襲われる。


「なにこれ……身体が勝手に……」


 私は必死に抵抗するが、身体は言うことを聞かない。そのまま操り人形のように歩かされていき、ついには全身を動かし始めた。自分の意思とは無関係に動く身体。その不気味さはとても形容しがたいものだった。そして、しばらくすると私の目の前に鏡が現れた。そこに映っていたのは……


『ふふ……』

「けーちゃん!?」


 そこに映っていたのは私の分身とも言える『イニシャルK』。そして、その分身は私の意思と反して動き出す。


『あはは……』

「ちょっと……やめてよ……」


 私は必死に抵抗するが、身体は言うことを聞かない。そして、私の分身は不気味な笑い声を上げながら私を見つめる。その瞳に光はない。ただ闇が広がっているだけのように感じる。

 そんなけーちゃんがなぜか泣いているような、怒っているような気がしてその瞳の奥を知りたくなった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?