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第16話、まりの料理は美味しい

「まりの家どんな感じなんだろ〜」


 放課後になり、私とまりは並んで歩く。私の心臓はバクバクと大きな音を立てていた。だって、初めてまりの家に行くのだ。緊張と不安と期待が入り交じって情緒が変になってもおかしくない。まりの家は、学校からそう遠くなかった。私の家よりも少し大きいくらいの一軒家で、庭には小さな犬が駆け回っている。


「ただいま〜」

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」


 まりのお母さんが玄関までやってきてくれる。すごく優しそうで、なんというか……この人からまりが生まれたのが信じられないくらいだ。そんなこと、口が裂けても言えないけど。

 短い挨拶を済ませ、私たちは二階へ上がった。廊下の一番奥がまりの部屋らしい。扉を開けると、女の子らしい可愛らしい部屋だった。ベッドにはペンギンのぬいぐるみが置かれていて、化粧品が棚の上に並んでいる。それでいて勉強机には教科書や辞書がキチンと並べられている。なんというか、まりらしい部屋だと思った。


「まりの部屋すっごい綺麗……ちゃんと整えてるのえらすぎ」

「そう? 普通じゃないかしら?」


 まりは不思議そうに首を傾げる。そんな姿も絵になっているんだから、美形ってやっぱり得だ。顔も部屋も綺麗なんて、女子のいいところを全取りしたようなものだ。羨ましい。

 まりがベッドの縁に腰掛けたのを見て、私もその隣に座る。初めて来たはずなのに、なぜだかすごく落ち着く。いや、そんなことよりも。


「あの、まり? 料理振る舞いたいって言ってたよね?」

「え!? あ、あー、そうね? それじゃあキッチンに行きましょうか」


 まりの様子がなんだかおかしい。何か隠しているような、そんな感じがする。でもまりが言いたくないなら無理に聞くのは良くないし、私も聞かないことにした。

 そんなまりがキッチンに案内してくれる。キッチンは綺麗に整理整頓されていて、こういうところは素直に尊敬してしまう。私はあまり片付けの方は得意ではなく、ついお母さんに投げ出してしまうから。


「それじゃあ、早速作るわね」

「お! 何作るの?」

「そうね……オムライスでもどうかしら?」


 まりの提案に思わずお腹が鳴って、私は顔を赤らめる。それを聞いたまりは嬉しそうに笑った。

 制服の上からエプロンをつけたまりが手際よく調理器具を出し、材料を切り始める。私はというと、まりに座っててと言われたので大人しく座っている。キッチンに立つまりの姿は本当に絵になっていて、思わず見惚れてしまうほどだった。


「そういえば、あの人の声……かなに似てたのよね」

「なんのこと?」


 まりは食材から目を離すことなく私に話題を振ってくる。その話題は私にとって気持ちのいいものではなかったけれど。


「料理動画のVTuberさんのことよ。なーんか笑い方とか似てたのよねぇ」

「そ、そうなんだ。でも気のせいじゃない?」


 私はなんでもない風を装い、まりに言葉を返す。まりは不思議そうにしながらも、そのことについて言及することはなかった。

 そうこうしているうちに、オムライスが出来上がったらしい。お皿に盛り付けられたそれは、本当にお店で出されるものみたいに綺麗だった。

 私たちはテーブルについて手を合わせる。一口食べると、卵がふわりと広がってとても美味しい。私の好みの味付けだ。思わず頬が緩んでしまうほど美味しい。


「おいひい……ひあわへ……」

「食べるか喋るかどっちかにしなさいよ」


 まりが呆れたような目で私を見てくる。でもそんなのお構いなしに私はオムライスを貪る。それくらい美味しいのだ。


「そういえば、かなの好きな食べ物ってなに?」

「え? んー、そうだな……お寿司とか好きかも」

「へぇ、意外ね」

「そうかな? あ、でも甘い物も好きだよ!」


 私がそう答えると、まりはまた今度一緒にスイーツを食べに行こうと誘ってくれた。まりとまたこうして遊べる日が来るなんて思ってもみなかった。私は嬉しくてつい舞い上がってしまう。

 しかし、同時に不安でもあった。一緒にいる時間が増えると、身バレの危険も高くなってしまうのではないかと。実際、さっきまりは声が似ているとまで言っていた。確信はしていないみたいだが、真実にたどり着くのも近いかもしれない。私は、まりにだけはバレたくなかった。たった一人の友だちにバレて、引かれたり嫌われたりするのがたまらなく嫌なのだ。


「ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした」


 まりが食器を片付け始める。私も手伝おうとしたが、座っててと言われてしまったので大人しく待つことにした。

 少しして、まりがキッチンから戻ってくる。その手にはマグカップが二つ握られていて、一つを私の前に置いてくれた。中を見るとホットミルクが入っていて、ほのかに甘い香りがした。一口飲むと、優しい味が口いっぱいに広がる。


「美味しい……」

「でしょう? ホットミルクは心を落ち着かせる作用があるのよ。きっとかなもリラックスしてくれると思うわ」


 そう言ってまりは優しく微笑む。その笑顔を見ると、なんだかすごく安心する。それと同時に、胸の中に暖かいものが込み上げてくるのを感じた。きっとまりには私がずっと警戒しているのが伝わっていたのだろう。本当に、まりは優しい。


「……ありがとね」


 私は小さな声で呟くように言う。それが聞こえたのかは分からないけれど、まりは何も言わずに私の頭を撫でてくれた。その心地良さに身を委ねながら、私はホットミルクを飲み干した。


「なんかごめんね。ご飯ご馳走になった上にお風呂と着替えまで用意してもらっちゃって……」

「いいのよ。困った時はお互い様でしょう?」


 お風呂上がり、私はまりのジャージを着ていた。胸のところには苗字が書かれているから、誰のものかはすぐに分かる。一応タオルも借りているけれど……これ、洗って返した方がいいよね? 別に汚いわけじゃないけどなんか申し訳ないし。そう思って聞いてみると、洗わなくていいと言われた。代わりにそのまま持ってていいとも言われたので断る理由もなく了承したのだけど、やっぱり少しだけ申し訳なさはある。

 寝る時はまりの部屋を貸してくれるのかと思ったけど、空き部屋があると言われそっちを使うことにした。空き部屋もなかなか綺麗で、ベッドもまくらもふかふかですぐに眠りにつけてしまいそうだ。だけどまりがいないと少しだけ寂しい。しばらくベッドの上でゴロゴロしていたが、耐えきれなくなってまりの様子を見に行くことにした。きっとそれがいけなかったのかもしれない。


「まり……?」


 私はまりの部屋で信じられない光景を目にすることになった。


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