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第15話、まりも見てるの!?

「かながギリギリに来るなんて珍しいわね」

「はぁはぁ……ま、まり……おはよ……」

「……髪すごくボサボサだからあとで整えてあげるわ」


 遅刻ギリギリに学校に着いた私はもう息絶え絶えだった。まりの言葉になんとか声を絞り出すも、なんだか引かれているようだった。疲れ切っているせいで変な顔でもしてただろうか?


「今日は一時間目から調理実習だっけ。めんどくさいなぁ」

「そんな汗まみれでエプロン付けるとエプロンが可哀想よね」

「なんかまりひどくない……?」


 汗まみれって。間違ってはいないけれども。私の言葉にクスクスと笑うまりはなぜだかわからないけど楽しそうだった。

 それにしても調理実習は班ごとで役割を決めなきゃいけないから、それが少しだけめんどくさい。料理は自分の好きなようにやれるのがいいのだ。


「あ、かな。あたしと同じ班ね」

「え? あ、ほんとだ。まりと同じでよかった」


 友だちが少ない私は、こういうグループ分けが苦手だったりする。だから、同じ班にまりがいるのは私としてはすごく助かった。誰かとコミュニケーションを取るのは苦手だから、グループで協力しなくてはならないものは本当に胃がキリキリする。

 班ごとに並んで、私はまりと一緒に先生から告げられる今日作る料理のレシピをメモした。今日の実習は味噌汁と卵焼き、ほうれん草のおひたしに豚の生姜焼きだ。


「じゃあ、分担は先生が決めた通りで。わからないことは近くにいる友だちに聞いてね」


 はーい、とバラバラな返事が聞こえてきて、私は周りの班をちらりと見た。どこもすぐに役割が決まっていて、それなりにスムーズに進んでいるようだ。私は自分で書いた汚いメモを見ながら、生姜焼き用の豚ロースを一口サイズに切っていく。こうやってスムーズに動けるのも、まりの手腕のおかげだろう。コミュニケーション能力が高く、指示も上手い。私やまりと同じ班の人たちは、まりの的確な指示を受けてそれぞれの役割をこなしている。もはやプロだ。


「そういえば昨日とある料理動画が流れてきたのよ」

「へぇ、まりもそういうの見るんだ」


 正直まりはあまり動画とか見ないと思っていた。自分の力で全部切り開いていきそうな実力やオーラがあるから。私のそんなある意味失礼な感想を気にするでもなく、まりは味噌汁用のお湯を沸かす。

 料理動画、というのは私も見たことがある。主に料理が下手な人や初心者に向けた動画で、調理工程やレシピをわかりやすく説明してくれるのだ。私はあまり見ないけれど、たまに見る分には面白い。でも、まりがそういうのを見るのは少し意外だった。

 私がそう言うと、まりはスマホを取り出して私に画面を見せてくる。そこに表示されていたのは、昨日私が配信したものだった。私は衝撃すぎて声が出なかったが、そんなことには気づくはずもなくまりは続ける。


「これ流れてきて初めて見てみたけど、本当に参考になるのよ。手袋をしているのに手際がよくてとても丁寧で凄かったわ」

「そ、そうなんだ」


 やばいやばいやばい。まりが私の配信を見ているなんて知らなかった。確かに昨日は新規の人たちがたくさん来てくれていたみたいだけど、そこにまりもいるなんて思わなかった。私が動揺するのをよそに、まりは饒舌に語り出す。


「VTuber? の配信は見るのは初めてだったのだけれど、声も聞きやすくて説明も上手かったのよ。一瞬で心を掴まれちゃったわ」

「へ、へぇ。まりの心を掴むなんてその人はすごいんだねぇ」

「本当に、かなに見せてあげたいくらい」

「うぐっ、そ、それはまた今度ね」


 まずい。これは非常にまずいことになった。私の料理動画をまりが見てるなんて知ったら絶対に面倒だ。私はなんとか話を反らしたけれど、まりは納得していないようだった。

 まりが何かにハマるなんて珍しいことなのだろう。その後もなにか話しかけようとしているが、作業に集中しているフリをして徹底的にスルーした。私の料理配信はリア友であるまりに見てほしくないし、まりがハマっているのが私だなんて知ったらきっとショックを受けてしまうだろう。だから私は、この話はまりが飽きるまで誤魔化してなんとかやり過ごすことにした。


「ねぇ、かな。今日の放課後時間ある?」

「え? あ、あるけど」


 やっとのことで昼休みになり、いつも通りまりとお昼を食べていると急にそんなことを聞かれた。答えるとまりは嬉しそうに微笑む。あまり見ないタイプの笑顔に、私は少しだけ心臓が跳ねた。


「もしよかったらあたしの家に来ない?」

「うん! ……って、はいぃ!?」


 あまりの可愛さにうっかり頷いてしまったけれど、私は自分がなにを言ってしまったのか理解して声を上げた。まりは不思議そうに首をかしげるけれど、私が驚くのも無理はないと思う。だって、まりの家に行くなんて初めてなのだ。


「な、なんで急に……?」

「昨日の料理動画を見てから、無性に料理を作りたくなってしまってね。かなにも振舞ってあげようと思って」

「わ、私に振舞おうとしなくても……」


 まりの作った料理はとても美味しい。それは私が一番わかっているし、実際今日の調理実習はまり自らが作った味噌汁が一番美味しかった。しかし、わざわざ私のために作らなくてもいいのに。

 それに……調理実習の時のまりの熱量的に、家に行ってからも私の配信の話をされる可能性が高い。聞かされるだけでもメンタルが削られていたのに、家にお邪魔するとなるとスマホなりテレビなりで配信のアーカイブを流されることも有り得る。だから断ってしまおうと思っていたのだが……


「かなにあたしの作った料理を食べさせてあげたいのよ」

「……そ、そっかぁ」


 その笑顔は反則だと思う。私は思わず顔を手で覆った。だってそんな笑顔で言われたら断れないじゃないか。それに私だってまりの手料理を食べてみたい気持ちはある。ここで断るという選択肢は私にはなかった。


「……じゃあ行かせてもらおうかな」

「ふふ、よかった。楽しみにしているわ」


 まりは嬉しそうに笑う。その可愛い笑顔の連発に耐えられるはずもなく、心臓が肺を突き破るんじゃないかと思うほど胸が高鳴った。まりのことをこんなに意識するだなんてどうかしている。たしかにまりは可愛くて整い顔だけど、私は友達としてまりのことを好きなはずなのだ。それなのに、どうしてこんなにも胸が高鳴るのだろう。

 いや、おかしなことを考えるのはよそう。変な結論に至ってしまいそうで怖い。勘違いしてしまいそうになる。


「かな? どうかした?」

「……ううん、なんでもない」


 この胸のドキドキはきっと気のせいだ。そう自分に言い聞かせて、私はお弁当の残りを口に放り込んだのだった。


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