「みんなー! こんかめん! 仮面VTuberのイニシャルKだよっ!」
私はいつものように配信をつける。表面上では平常心を保っているように見せつつ、心臓の音がマイクに乗るのではないかと言うほど緊張していた。なにせ今日は、初めてのカメラ配信をするのだから。
「今日はみんなに料理を振る舞いたいと思いまーす! できあがったのはSNSにもあげるから楽しみにしててね」
【楽しみにしてます!】
【けーちゃんの手作り料理なら期待しかない】
【楽しみにしすぎて待ちきれねぇよ……】
次々と流れていくコメントを横目に、私は食材をみんなに見せていく。緊張はしているけれど、配信を楽しみにしてくれる人たちを見るとやっぱり配信者になってよかったと思える。
私は緊張をほぐすように深呼吸してから、料理を始める。まずは玉ねぎの皮をむき、包丁でみじん切りにしていく。そしてフライパンに油を引いてから、切った玉ねぎを入れて炒めていく。そしてある程度炒めたらそこに鶏もも肉を入れていく。鶏肉の色が変わってきたところで、塩コショウで味を整えながらさらに焼いていく。
単純な作業だが、ファンの人にこの工程を見てもらっているんだと思うと、なんだか楽しくなってくる。そして鶏肉が焼けてきたら、そこにケチャップを入れて、全体に馴染むように炒めていく。
「今日の料理はチキンステーキです!」
私はカメラに向かってそう宣言する。するとコメント欄には【美味しそう】や【けーちゃんの料理なら絶対美味い】などのコメントが流れてくる。
「味付けはシンプルに塩コショウだけだけど、これが意外と美味しいんだよねー。それと今回はこれ!」
私はそう言って冷蔵庫から自家製ポン酢を取り出す。ポン酢は私のレシピの中でもお気に入りの一品だ。酸味と甘みのバランスが絶妙なのだ。
そしてチキンステーキをお皿に盛り付けて、その上に自家製ポン酢をかけると完成だ!
「はい! できましたー!」
私はカメラに向かって完成した料理をアピールする。するとコメント欄には【おぉー!】という声が流れる。
「それじゃあ早速いただきます!」
私はナイフとフォークでチキンステーキを切り分け、それを口に運ぶ。噛んだ瞬間に溢れ出す肉汁とソースの味が口の中に広がる。自家製のポン酢の酸味が絶妙なアクセントになっていて、とても美味しい。
「うんっ! 我ながらよくできたと思うよ!」
【美味そう】
【これ見ただけで腹減ってきた……】
コメント欄でも私の料理を褒めるコメントが流れていて嬉しくなる。私はその様子を見て、さらに自信をつけることができた。この企画をやろうと決めて本当によかった。提案したのはしおりお姉ちゃんだけど、やろうと決めたのは他ならぬ自分自身。それゆえに、どうしても不安はあった。
でもこうしてファンの人たちが喜んでくれているところを見ると、心の底からやってよかったと思う。
「それじゃあみんな! またねー! おつかめ〜ん!」
私は手を振って配信を切る。そしてすぐにSNSでこの配信の感想を検索する。
「よかった……みんな喜んでくれてる」
私は安堵の息を漏らす。自分の料理をたくさんの人に見てもらうという経験は初めてだったから、不安が大きかったが、どうやら杞憂だったようだ。
私は配信の感想をひとつひとつ丁寧に読んでいく。そしてあるコメントが目に留まった。
「『けーちゃんの料理なら毎日食べたい』か……ふふっ、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
私はそのコメントを見て思わず笑みがこぼれる。実際にリスナーに振る舞うことはできないが、こうしてコメントという形で自分の料理を褒めてもらえるだけで、とても嬉しかった。
しかし、顔が反射しないようにしたり最低限のものしか映してはいけないという縛りはかなりきつかった。特に料理中は配信画面が見れないため、コメントを見逃してしまう可能性があった。
「でも、これはこれで楽しかったな」
初めてにしては上出来ではないかと思う。それにこれを機に料理配信の楽しさも知れた。今度はどんな企画で配信をしようか。そんなことを考えるだけでも私の胸はワクワクとした気持ちでいっぱいになるのだった。きっと私は根っからの〝配信好き〟なのだろう。
「あ、そうだ。しおりお姉ちゃんに成功したよって報告しないと」
私はSNSでしおりお姉ちゃんに『配信成功したよ』とメッセージを送る。するとすぐに既読がついて、『おめでとう』というメッセージが返ってきた。配信が成功したのは、企画を提案してくれたしおりお姉ちゃんの力もあるだろう。実際見知らぬ名前の人がたくさんいたし、新規開拓としてはすごくいい線を行っていたのではないかと思われる。
「さて、そろそろ寝ようかな」
時計を見るとすでに時間は1時を回っていた。明日も学校があるし、早めに寝ることにしよう。しおりお姉ちゃんがこの時間まで起きているということは、レポートでも頑張っているのだろうか。だとすると、邪魔してしまったようで少し申し訳なくなる。
私はベッドに潜り込み、目を閉じる。明日はどんな配信をしようかななんて考えながら。
しかし翌日、私のそんな平穏はもろく崩れ去ることになるのだった。
「ん……いま何時……?」
カーテンの隙間から差し込む光とスマホのアラームで目を覚ます私。ベッドから起き上がり、スマホを確認すると時刻は午前8時を回っていた。完全に寝坊である。昨日は夜遅くまで起きていたから仕方ないといえば仕方ないのだが、それでも遅刻はまずい。
「やばい! 早く準備しなきゃ!」
私は慌てて準備を始める。顔を洗って髪をとかし、制服に着替える。そして朝食は抜きにして、急いで家を飛び出した。
「いってきまーす!」
私は家を出ると、学校に向かって猛ダッシュする。寝起きでまだ頭も体も完全には起きていない状態なので、正直かなりしんどい。それでも遅刻するよりはマシだと思いながら必死で足を動かす。そしてなんとかチャイムが鳴る前に教室にたどり着くことができたのだった。間に合ってよかった。遅刻なんてシャレにならない。
しかし、急いでいたせいで髪はボサボサだし汗もすごい。下着がびっとりと肌に密着してきて気持ち悪い。今日は早めにお風呂に入ろうと決めたのだった。