目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
第8話、動画にも挑戦したい

「うへへ、ふへへ……」


 初めての歌ってみたが思ったよりもバズって、私は表情筋が緩みきるほどに有頂天だった。始める前は上手くいくかわからなかったVTuber活動が、ここまで順調に事が運ぶとは思っていなかった。それは有頂天にもなるだろう。

 ここまで伸びると、早く次の歌ってみたも作りたくなってくる。しかし、しおりお姉ちゃんに協力してもらっている以上、その力に頼りっぱなしになってしまうのも気が引ける。


「んー、でもたくさんの人に見てもらうためにこれから動画も頑張りたいんだよなぁ」


 VTuberをやりたいと思ったのは私のわがままであり、しおりお姉ちゃんを付き合わせている状態が異常なのだ。しおりお姉ちゃんも色々忙しいだろうし、私の都合で振り回したくはない。既に充分振り回しているような気もするが。

 それに、このままだと私が調子に乗ってしまいそうで怖い。しおりお姉ちゃんの優しさにどんどんつけ込んでしまう未来しか見えない。


「でもなぁ……」


 この活動をより良いものにしたい気持ちは、紛れもなく私の本心だ。歌が上手いだとか、高い声が出るだとか、綺麗な声が出せるだとか、そんなことはどうでもいい。この活動で推しのようにたくさんの人を笑顔にしたい。その思いだけが私を突き動かす。

 だから、しおりお姉ちゃんには悪いが、私はとことんしおりお姉ちゃんの技術を利用させてもらおうと思う。しおりお姉ちゃんに迷惑がかかるようならその時はその時だ。


「よっし」


 私は心を決めると、スマホをぎゅっと握りしめ、通話ボタンをタップした。しおりお姉ちゃんに直接会って話すのが手っ取り早いだろうが、あいにくしおりお姉ちゃんは大学に用事があるらしい。


「あ、もしもし? しおりお姉ちゃん?」

『んー? どしたー?』

「あの、すごく言いづらいんだけど……動画投稿にも挑戦してみたくてさ、また作ってもらえないかな……みたいな」

『かなちゃんにしてはしおらしいじゃん。なんかあった?』

「いやぁ、やっぱり私だけじゃここまで上手くいかなかったと思うし、これからも協力してくれたら嬉しいな……って」


 なるほどね、としおりお姉ちゃんの笑いがスマホ越しに聞こえる。やはり迷惑だっただろうか。いや、普通に迷惑だろうなぁ……

 しおりお姉ちゃんは優しいから、断りきれないだけなのでは? とか考えるのは、さすがにネガティブすぎるか。私はそんなことを考えつつも、内心は不安で仕方がなかった。私の活動はしおりお姉ちゃんの技術と優しさがなければ成り立たないから。


「や、やっぱり迷惑すぎるよね……」

『はぁ……かなちゃんに協力するって言っちゃったしね。申し訳なく思わなくていいよ』

「え?」

『これからも手伝うって言ってるの』

「い、いいの? ほんとはめんどくさいとか思ってたりしない?」

『めんどくさいって思うくらいなら最初から手伝わないよ。まあ、たしかに思わないこともないけど』

「どっち!?」


 思わず突っ込んでしまう。しおりお姉ちゃんはたまにこういうところがあるから、冗談なのかどうかよくわからなくなる。まあ、声色を聞く限りは冗談だと思うのだが。

 しかし、しおりお姉ちゃんが協力してくれるというのならばそれに甘えることにしよう。私も甘えっぱなしではいられないから、できることならば自分で動画を作ってみたいという気持ちはある。だが、やはり無理そうだ。私にはそんな技術も能力もない。


「でも……ありがとう。しおりお姉ちゃん」

『うん。あとね、頼むなら堂々と頼みな。ボクの技術すごいと思ってくれてるんでしょ?』

「それはもちろん! しおりお姉ちゃんほどすごい人なんてなかなかいないよ!」


 しおりお姉ちゃんは私の活動に付き添ってくれている。それはきっと大変なことのはずだ。生活のことや大学のこともあるだろうし、そこに私の活動のサポートまで入るとなるとかなりの重荷だろう。しかし、しおりお姉ちゃんはそれを負担だとは思わないらしい。私はそんなしおりお姉ちゃんのことが大好きだが、同時に心配でもある。

 いつか倒れてしまうのではないかと不安になる。活動的にしおりお姉ちゃんがいないと成り立たないというのもあるが、もし倒れてしまったら個人的にとても悲しい。しおりお姉ちゃんには元気でいてほしい。


『褒めすぎでは?』

「でもさ、しおりお姉ちゃんに負担をかけてることに変わりはないから……本当にごめんね」

『謝らなくていいって。ボクは好きでやってるんだからさ』

「本当……? 無理してない?」

『してないしてない。それに、かなちゃんと一緒になにかする機会って今までなかったから頼ってもらえて嬉しいよ』


 しおりお姉ちゃんは本当に優しいと思う。私のことをたくさん考えてくれていて、私の活動をサポートまでしてくれている。まるで本当の血の繋がったお姉ちゃんみたいに。

 私は本当に幸せ者だ。好きなことを好きなようにやれて、その隣には大好きなお姉ちゃんがいてくれて。こんなに幸せな日々が続いてくれるのならば、頑張っていける気がするんだ。


「ありがとう……」

『こちらこそ』

「いつも感謝してるんだ。本当にありがとう」

『どういたしまして』


 そんな会話をしていると、いつの間にか通話は終わっていた。スマホの時計を見ると、もうすでに日付をまたいでいたことに気づく。だいぶ長い間話していたらしい。早く寝なければ明日に響いてしまうだろう。でも、なんだか眠気が襲ってくる気がしないのだ。あんなに疲れていたはずなのに。やはりしおりお姉ちゃんとの会話は精神安定剤だ。今度なにかお礼もしなくちゃな……

 でも、しおりお姉ちゃんにお礼をするとしたらなにがいいだろう。しおりお姉ちゃんが好きなものや、欲しいもの……


「あ」


 私はそこで思い出した。しおりお姉ちゃんの好きな食べ物を。それは、私がお菓子作りを覚えた頃だった。たしか、いつだったかに「また食べたいなぁ……」とか言っていた気がする。転生前の記憶だけど。

 私は急にやる気が出てきた。しおりお姉ちゃんにお礼をするためにも、このVTuber活動を頑張っていこうと心に誓ったのだった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?