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第7話、歌ってみたを作ろう!

「……君さ、ボクのこと便利屋かなにかだと思ってない?」

「違うの! しおりお姉ちゃんに作ってもらいたいなって思って!」


 私はしおりお姉ちゃんに歌ってみたを作ってもらうべく、直談判していた。しかし、アバターや機材一式をもらったこともあり、しおりお姉ちゃんは完全に首を縦に振らない構えをしている。これ以上甘やかしてはだめだ、とでも思っているのだろう。しかし、私も引くわけにはいかない。


「しおりお姉ちゃんの技術があればきっとバズると思うんだよねー! あと私が有名になればしおりお姉ちゃんも有名になって就活にいかせると思うんだよ!」

「高校生が就活のことを持ち出してくるとは……」


 しおりお姉ちゃんは、深く深くため息をつく。しかし、諦めず私は目をキラキラさせて、期待を込めてじっと見つめた。すると観念したのか、しおりお姉ちゃんが折れる。


「はぁ……かなちゃんに協力するって決めたのはボクだから、仕方ないか」

「じゃあ……!」

「ただし収益化したらちゃんとボクにも何割か渡してよ? ボクの技術使わせてるんだから」

「もちろん! むしろ全部あげる!」

「それはやめといた方が……」


 私のあまりにも迷いない返答に、しおりお姉ちゃんは引きつった表情をする。収益化に伴い、そのクリエイターに一定の金額が支払われるらしいのだが、正直私はお金には興味なかった。というより、社会に出た時に生活していけるだけのお金があれば充分だと思っている。

 私の返答に、しおりお姉ちゃんはまたため息をつく。しかし、それは先程よりも幾分か優しいものだった。


「で、MIXだっけ? 引き受けるはいいとして何歌いたいとか決まってるの?」

「『メトロノーム』とかいいかなって」


 私はタブレットにあらかじめ用意しておいた歌詞を表示して、しおりお姉ちゃんに見せる。『メトロノーム』は割としっとりとしたバラード曲。しおりお姉ちゃんは歌詞を真剣に読んでいる。

 この曲は前奏がなくいきなり歌い出しから始まるのだが、それを選んだのは敢えてのことだ。理由としては、シンプルに少しでも印象に残る要素を増やしたいから。いきなり歌い出した方がインパクトが強いし、前奏が長いとそれだけで飽きられてしまう可能性もある。

 しおりお姉ちゃんは歌詞を一通り読み終えたのか、顔をあげる。そして「確かにいいかも」と呟いていた。私は嬉しくなって、つい笑みを浮かべる。


「じゃあ、早速取り掛かろうかな」

「しおりお姉ちゃん、ありがとう!」


 私は嬉しさのあまり、ぎゅっとしおりお姉ちゃんに抱きつく。すると、何故か私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。まるで大型犬を撫でるかのようだ。しかし悪い気はしないのでされるがままになる。


「かなちゃんってほんと犬みたいだよね」

「え、どこが?」


 唐突に放たれた言葉に、私は首を傾げる。しおりお姉ちゃんは、私の頭をわしゃわしゃ撫でていた手を止めた。

 私は別に犬みたいに人懐っこくないと思うんだけど……むしろどちらかというと猫っぽいと思っているのだが、どこがそう見えたのだろうか。しおりお姉ちゃんの目にはそう映らなかったのかもしれない。

 すると、しおりお姉ちゃんは私の頬に手を添えた。そして顔をぐっと近付けてくる。キスでもされるのかと身構えていると、しおりお姉ちゃんは頬をむにむにと触ってきた。


「このもちもちのほっぺが特に」


 ……どうやら、しおりお姉ちゃんはただ単に私の頬の感触を楽しみたかっただけらしい。

 私はしおりお姉ちゃんの手を振り払い、距離を取る。そして頬を両手で押さえてガードした。しおりお姉ちゃんは「ごめんごめん」と全く悪びれた様子もなく謝ってくる。


「かなちゃんは本当に可愛いね〜」

「からかわないでよー!」


 私はむすっとしながら言う。すると、しおりお姉ちゃんは何故か嬉しそうに笑った。その笑顔はとても無邪気で、とても可愛らしい。しおりお姉ちゃんはクールな印象が強いが、こういう少し幼いところも私は好きだ。


「じゃあ、始めるから」


 しおりお姉ちゃんはそう言って、ヘッドフォンを装着した。そしてパソコンで曲を流す。私はその様子をじっと観察していた。しおりお姉ちゃんは真剣な表情で私や画面を見つめている。そんな横顔がとても綺麗だった。私は思わず見惚れてしまう。

 しばらくすると、しおりお姉ちゃんはヘッドフォンを外した。そして私の方を見てにっこりと笑う。


「うん、できたよ」


 私は驚きで目を見開く。まさかこんなに早くできるとは思っていなかった。しかしよく考えてみたら、しおりお姉ちゃんの手腕ならば当たり前の結果だったかもしれない。


「すごい……! ありがとう!」


 しおりお姉ちゃんは本当に天才だ。すぐになんでもこなす職人みたいなところにすごく尊敬する。私はしおりお姉ちゃんの手を取って、ぶんぶんと振った。


「わかったわかった。ほら、聴いて確かめてみて」


 しおりお姉ちゃんは苦笑しながらそう言うと、ヘッドフォンを私に渡してくる。私はそれを耳に装着した。そして流れてくる自分の歌を聴く。MIX前のものよりかなり柔らかくなっていて、とても耳障りがいい。バラードな曲調ととてもマッチしていて……うん、イメージ通りだ。完璧である。

 曲が終わったタイミングで、私はヘッドフォンを外す。そして満面の笑みでしおりお姉ちゃんを見上げた。


「すっごくいいと思う!」


 すると、しおりお姉ちゃんはくすっと笑ってから、また私の頭を撫でてきた。先程よりも優しい手つきで撫でてくるものだから、私はつい目を細める。これでは完全に犬だ。しかし、しおりお姉ちゃんが嬉しそうだからいいかなと思ってしまう。


「気に入ってもらえてよかった」

「本当にありがとう! これならきっとたくさんの人に聴いてもらえるよ!」


 実際私の歌を好きだと言ってくれる人はたくさんいるわけだし、しおりお姉ちゃんの技術があればきっとさらにたくさんの人に聴いてもらえるはずだ。私は期待に胸を膨らませた。

 その後、SNSや配信で「この後歌ってみた動画あげます」という告知をし、充分な時間をおいてから『メトロノーム』を投稿した。すると、投稿してからわずかも経たないうちに、どんどんコメントが表示されていく。


【やば! めっちゃ心にくる……】

【バラードもいけたのか。めちゃくちゃ上手いやん】

【MVもよくて感動しすぎて涙出てきた】

【声が本当にいい。好き】


 投稿した直後だというのに、多くの反応が返ってくる。動画のクオリティや曲と私の歌声の相性も良かったのか、かなり好評なようだ。私は嬉しくなって思わずにんまりする。動画を拡散してくれる人がたくさんいたみたいで、それを見てチャンネル登録してくれた人も多くいるようだった。

 この調子でみんなに喜んでもらえるようなコンテンツを作っていきたい。どんな活動をしていくかまだまだ決めきれないが、色々なことに挑戦してリスナーの反応を見たい。それが私の楽しみになっていた。


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