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第6話、浮かれるのも仕方ない

「へへ……歌が上手い、か……」


 私は昨日の配信のことを思い返していた。自分の歌が誰かの心に響いたという事実は、私の心を大いに躍らせた。

 私は配信を始めるまでVTuberとしてやっていけるのか不安だった。トークが上手いわけでもないし、ゲームの腕前だって大したことない。でも、そんな私でも誰かの心に響いて、楽しんでもらえる。

 私にだって居場所がちゃんとある。それがわかっただけでもとても嬉しかった。転生前の私は自分の家にしか居場所がなかったから。


「おはよ、まり!」

「おはよう。なんだか今日はいつもより元気ね」

「そう?」


 まりの前ではとぼけるも、確かに私はいつもより元気だった。何なら寝不足気味の朝でさえも、なんだかいつもより体が軽いのだ。理由はやっぱり昨日の歌配信のおかげだろう。私は完全に浮かれていた。


「なにかいいことでもあったの?」

「え? まあ、ちょっとね」


 さすがに昨日の初配信が盛り上がって嬉しかったからなんて恥ずかしくて言えなかった。活動のことは内緒にしておきたいし。


「まりは? なんかいいことあった?」

「あたし? あたしは……特になかったわね」

「えー、そうなの?」


 ちょっと意外だ。まりは私と正反対で、いつも誰かに囲まれて幸せそうだと思ってたから。でも、よく考えてみると私がまりのことを全然知らないだけだ。

 私の見ていないところでまりも色々と大変なのかもしれない。人は見た目じゃわからないものだな、なんて思った。

 私は初配信の余韻に浸って浮かれていたけど、授業が始まり意識を切り替えた。前世でも勉強が嫌いなわけではなかったし、友達もまりしかいなかったから真面目に授業を受けていた。今思えば、なんてつまらない人生だっただろう。


「かな、一緒にご飯食べましょ」

「いいよー。今日はどこで食べる?」


 お昼休み。まりから誘われ、場所を探す。私とまりが一緒にお昼ご飯を食べる時は、いつも別の場所を探すのが決まりみたいになっている。今日は天気もいいので、中庭で食べることにした。

 私はお弁当を、まりは購買で買ったパンを持って中庭のベンチに座った。


「かなのお弁当美味しそうね」

「へへっ、でしょー」


 私のお弁当はお母さんが早起きして作ってくれたものだ。ご飯に卵焼き、ミートボールに野菜炒め、ミニトマト。定番のメニューだけどどれも美味しくて、私はいつも完食している。


「まりはいつも購買のパン買ってるよね」

「そうよ」


 まりはいつもパンを買っている。私はお弁当だから、購買のパンは食べたことがない。まりは普段どんなパンを買ってるんだろう。ちょっと気になるな。


「いつも食べてるそれって美味しいの?」

「美味しいわよ。かなもひとつ食べる?」

「いいの? ありがとー」


 まりが差し出してくれたパンをひとくち齧る。これはメロンパンかな? 一口サイズのそれは中がふわふわで、甘くて美味しかった。メロンパンってこんなに美味しかったっけ。

 たまには購買でパンを買ってみるのもいいかもしれない。私はありがたいことにいつもお母さんがお弁当を作ってくれるから、購買に興味がなかった。でもこの味を知ってしまった今、購買でパンを買うのも悪くないかな、なんて思えた。

 そこでふと、購買のパンをレビューする配信をすれば面白いんじゃないかとひらめいた。いやでも、購買のパンについて詳しい話をしたら身バレしないだろうか……それがどうしてもこわい。恐ろしい想像をしてしまったので、私はその思考から逃げるようにまりに話しかけた。


「美味しい〜。あ、私もミートボールあげるよ」


 私はミートボールを箸でつかんでかなの方に向ける。まりはミートボールが嫌いだったらどうしようと一瞬思ったけど、どうやらそれは杞憂だったみたい。まりはミートボールをひとくちで食べた。

 私たちはそれからもお互いの食べ物を分け合って食べた。家族以外にこんなことするのはまりしかいないから、毎回不思議な気持ちになる。でも嫌じゃない。むしろ嬉しかった。

 仲のいい友達同士でしかしないようなことができるのがすごく満たされる。


「かな、ちょっとついてるわよ」

「え? どこ?」


 私が探し出す前にまりがハンカチで私の口元を拭った。


「あ、ありがと……」


 私は少し照れながらお礼を言ったけど、まりは気にも留めずにパンを食べ続ける。なんだか私だけ意識してるみたいで悔しい。私はまりの口元に視線を送る。まりは私と違って、口の周りにパンくずなんてついてない。やっぱり育ちがいいのかも。

 私はまりにバレないように自分の口元を拭った。ハンカチには微かにいい香りが残っていて、それが私の鼻をくすぐった。


「かな、どうしたの?」

「え? あ、ううん。なんでもないよ」


 まりに声を掛けられ、私は慌てて視線を逸らす。まりのハンカチをずっと見ていたなんて知られたら恥ずかしいから。

私たちはその後も中庭でお昼ご飯を食べたあとも、午後の授業が始まるギリギリまでおしゃべりをして過ごした。


「じゃあね、かな」

「うん! また明日ね」


 放課後は一緒に帰ることもあるけど今日はお互い忙しいみたいで別々に帰ることになった。私はまりと別れて一人校門に向かって歩いていく。

 今日も配信予定を入れてあるけど、何をしようか。視聴者は歌が好きだと言ってくれるから歌枠にしようかな。でも、後々は今流行っているゲームの実況とかもやっていきたい。そういえばこの時期はなにが流行っていたっけ?


「あ」


 流行っているゲームを調べようとアプリを開くと、関連記事のところに超人気歌い手の特集ページがあった。そうだ、なにも配信だけで歌を歌う必要なんてないじゃないか。編集を重ねに重ねる『歌ってみた』に挑戦してみてもいい気がする。MIXという工程を挟んで歌を聴きやすいものにすることも大事だし、動画がつけば観ていて楽しいものになる。ただひとつ問題があるとすれば……


「しおりお姉ちゃんの負担がでかくなっちゃうなぁ……」


 アバターの当てもなかった私が、MIX師さんや動画師さんの当てがあるわけもない。そうなると、必然的にしおりお姉ちゃんに頼むことになる。しおりお姉ちゃんがいなければ私は今こうしてVTuberになることもできなかったかもしれない。

 だからこそこれ以上負担をかけるのも申し訳ないが、誰に頼むのがいいのかなにもわからないのだ。配信もいいけど歌もちゃんとやらないと。しおりお姉ちゃんが私にしてくれたみたいに、私も誰かを喜ばせる存在になりたいから。


「うーん、矛盾してるなぁ」


 私は自分の考えに自分でツッコミを入れて、しおりお姉ちゃんの家へ向かった。


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