目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第5話、はじめてのVTuber

「えーっと、『こんにちは。はじめまして。皆さんに出会えてとても光栄です。ぜひ私の自己紹介を聞いてもらえたら嬉しく思います』……うーん、これだと堅苦しすぎるかなぁ……」


 しおりお姉ちゃんから活動に必要なアバターや機材をもらったことで、VTuberになる準備は着実に進んでいた。しかし、どうにもキャラクター設定が掴めない。言葉選びの一つ一つにその人の個性が出るから、そういうところにはこだわりたい。ボロが出るのを防ぐため、好きなものとか性格とかはできるだけ自分に寄せてはいる。

 しかし、話し方はどうも定まらない。いつも通りに話しても配信映えしないだろうし、視聴者もつまらないだろう。


「……うーん……」


 考えれば考えるほど、頭の中はこんがらがっていった。自分の理想のキャラクター像と自分の言葉選びや口調がどんどん乖離していく。私はパソコンを閉じて、ベッドに倒れこんだ。


「そもそも私にVTuberなんてできるのかなぁ……」


 推しを目指して始めてみようと思ったはいいものの、いざやってみると自分にできないことが思いの外あることに気づく。準備段階がこんなに難しいものだったなんて思いもしなかった。


「いやいや! 弱気になっちゃダメだ!」


 私は自分を奮い立たせた。まだ始まってすらいないんだ。こんなところでくじけていたら、せっかくしおりお姉ちゃんからもらったチャンスを無駄にしてしまう。

 そして何より……私の推しはもっとすごいんだ。歌も上手いし、面白い企画を考えるのだってプロ顔負けだ。そんな人を目指すなら、私なりの努力でどこまで近づけるか試してみたい! 私は決意を新たにして再びパソコンを開いた。今度は自分の理想に近づくため、修正を加えながらプロフィールを書き進める。

 夢中になりすぎて気づいたら夜中になっていたけど、そんなことは気にならなかった。


「できた……」


 ようやく完成したプロフィールを、私はしばらく呆然と眺めていた。でも、何度見直してもやっぱりこれは理想像に近づけているはずだ。

 転生前に伸びていたVTuberのプロフィールを覚えている限り参考にして書き方やタグをマネした。時間が戻っているしているからまだそのVTuberは存在していないため、パクリだとかの問題になることもないだろう。


「明日が楽しみになってきちゃった!」


 私は満足感に包まれながら、ベッドに入った。明日はいよいよ初配信の日だ。


「――皆さんはじめまして! VTuberの『イニシャルK』です!」


 パソコンの前で初めての配信を始める。緊張で心臓の音がうるさいけど、それ以上にワクワクが勝っていた。視聴者は多いとは言えないけど、初のVTuberとしてはいい出だしじゃないかと思う。同接二桁だし。一桁じゃないというところが最高だ。


「今日は自己紹介と歌枠をやろうと思います!」


 私は出来る限りの笑顔でそう言った。パソコンの向こうで、今この瞬間も私の初配信を楽しみにしてくれている人がたくさんいる。そう思うと緊張も吹き飛んだ。

 バーチャルの体で仮面を被っていることも、もしかしたら緊張が吹き飛んだ要因かもしれない。素顔を隠す覆面VTuberとしてやっていこうと考えた。だって、現実の私とは違う仮面をつけたVTuberなら、なりたい私になれると思ったから。憧れに近くために、自分を徹底的に隠す。しおりお姉ちゃんは「本当にそれでいいの?」と聞いてくれたけど、私はむしろこの形がよかった。

 活動名を『イニシャルK』にしたのも似たような理由だ。今の私はまだ何者でもない。ここからみんなで〝私〟を積み上げていくのだ。


「それじゃあ聞いてください! 『Phantom』!」


 パソコンの画面をクリックすると、音楽が流れ出す。同時に私は歌い出した。アバターもそれに合わせて揺れる。歌い終えると、コメントが一気に流れ出した。私の歌声を褒めてくれて、【上手すぎ】【隠れた逸材やん】という声が嬉しかった。

 同接も10人くらいしかいなかったのが20……30……と増えていって注目されているということがわかる。緊張はとうになくなっていて、視聴者が増える度にテンションが上がった。

 私はその後も何曲か歌ってみた。どれも好評で、中にはプロになれるレベルと言ってくれる人もいたりして自惚れそうになる。コメント欄が盛り上がっているのを見て、思わず笑みがこぼれる。


「皆さん、ありがとうございます! 私の歌が誰かの笑顔に繋がったと思うと、すごく嬉しいです!」


 初配信は大成功だ。パソコンの前で思わずガッツポーズをしてしまう。初めてにしては上出来過ぎる。今日という日を忘れないようにしなければ。


「今日は歌枠でしたが、次は雑談枠とか企画をやりたいなって思ってます。でも、まだあんまり慣れてなくて何を話せばいいか……」


 私は困った表情でそう言った。すると、視聴者からコメントが飛んでくる。【今日の配信楽しかったよ!】【大丈夫! これから慣れていけばいいんだからさ】など、私は温かい言葉に感動した。この人たちのためにももっと頑張ろうという気持ちになる。


「皆さん、ありがとうございます! そう言ってもらえるとすごく嬉しいです! これからも頑張りますので、よろしくお願いします!」


 私は笑顔でそう言った。視聴者たちも笑ってくれている気がした。その反応が嬉しくてつい笑顔になってしまう。コメントの中にも【頑張れー!】という声がちらほらあり、とても励みになった。


「それじゃあ時間が来たみたいなので今日はこの辺で終わります。次もまた見てくれると嬉しいです! ではまた~」


 そうして今日の配信が終わった。配信が終わると同時にどっと疲れが出てきてベッドに倒れ込む。でも、心地よい疲れだった。

 私は自然と笑顔になっていた。初配信は大成功だし、視聴者の反応も上々だ。しおりお姉ちゃんに報告すると、すぐにおめでとうと返信が返ってきた。しおりお姉ちゃんに喜んでもらえたことが何よりも嬉しい。


「これで少しでも推しに近づけたかな……」


 私を照らしてくれていた太陽。私が生きる全てだった存在。私もいつか、誰かのそういう存在になれるだろうか。みんなは私の歌をすごく褒めてくれていた。歌うまVTuberとして活路を見出せるのではないだろうか。

 いや、調子に乗るのはまだ早い。もしかしたらこれからもっと歌が上手いVTuberさんが出てくるかもしれない。そうしたらそっちに視聴者が流れてしまうかもしれないし……調子に乗った時ほど足を掬われるものだ。

 活動を始めたばかりだし、そんなことにはなりたくない。自分のために、そして推しのためにも長く活動していきたい。VTuberのイメージアップのためにもこれから頑張らなきゃ!

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?