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第4話、VTuberになりたい!

「しおりお姉ちゃん! 私VTuberになる!」

「……勝手に入ってきていきなりなに?」


 学校から帰ってきて急いでしおりお姉ちゃんの家に向かった。自分の家に戻った時にしおりお姉ちゃんの家の鍵を探すのにちょっとだけ苦労した。しかし、なんとしても言いたいことがあったため意地で探し当てることに成功した。

 当のしおりお姉ちゃんはすごく困惑しているけれど。まあ合鍵をもらっているとはいえ不法侵入みたいなものだしな……


「VTuberになりたい!」

「いや、熱意は充分伝わったけど……そういうことじゃなくて」


 しおりお姉ちゃんはすごく呆れている。私も唐突過ぎたと自覚はある。でも言いたいことは言い切ってしまおう。

 ……そう、これは私の決意表明だ。推しを守りたい。憧れに近づきたい。その想いが私の背中を強く押した。


「私、しおりお姉ちゃんにサポートしてもらいたくて」

「というと?」

「しおりお姉ちゃんってITに精通してるでしょ? VTuberになるにはバーチャルの体が必要で……」

「あー、なんとなくわかったよ」


 我ながらすごく突拍子のないことを言っていると思う。だけど、それ以上にしおりお姉ちゃんの適応能力が半端ない。バーチャルの体を作るためにはどうしてもしおりお姉ちゃんの力を借りなくてはならない。そのためのお願いをするためにここまで必死に走って来たのだ。

 ……それにしてもあっさり引き受けてもらえるとは思わなったけど。しおりお姉ちゃんにとっては簡単なことなのかな? あまり自分のことを話そうとしないし、昔から絡みがある私でも掴みきれないところがある。


「そういうものになってみたいって思ってるけど、ボクしか当てがなかったってことでしょ」

「そ、そう! よくわかったね!」

「だってかなちゃんわかりやすいもん」

「えっ!? そんなわかりやすい!?」


 私ってそんなに顔に出るタイプなのだろうか? ……でも、しおりお姉ちゃんが私のことを理解してくれているのは嬉しい。私はあまりしおりお姉ちゃんのことを理解できていないから。でもいつか全部理解できるようになりたいとは思っている。


「でも、本当にいいの? 私がなりたいだけで、その手段がなにもわからないから……しおりお姉ちゃんの負担にならない?」

「そこは気にしなくていいよ。ボクも新しいことに挑戦してみたいなって思ってたところだから」

「そっか……」


 私はバーチャルの体を手に入れて推しのように誰かを笑顔にしたい。それもあるけど一番の目的は推しを守りたいから。そのためにはVTuberになる必要があったのだ。私の中でVTuberはそういう存在だから。

 しおりお姉ちゃんはそんな私に協力してくれると言ってくれた。その優しさが心に染みる。……でも、これは私のエゴだ。しおりお姉ちゃんに負担を強いてしまう。それが本当に申し訳ない……


「……かなちゃんって不思議だよね。わがままなように見えて変なところ気にするんだから」

「えっ?」

「ボクに負担をかけてしまうことを気にしてるんでしょ? でも、ボクはかなちゃんに協力するって決めたんだ。だから、気にしないで」

「……うん」


 しおりお姉ちゃんの優しさは昔から変わらない。その優しさが私の救いになっている。しおりお姉ちゃんの期待に応えられるように頑張らないと! しおりお姉ちゃんはいつも私のわがままに付き合ってくれる。それがとても心強い。

 ……でも、その一方でしおりお姉ちゃんに依存してしまっているような気がしないでもない。いつか一人でも歩けるようにならなきゃ。しおりお姉ちゃんに心配かけないためにも、推しと並び立つためにも。だけど、それはもう少し先の話になりそうだ。


「それで、かなちゃんってどんなVTuberになりたいの?」

「うーん……まだ決まってないんだよね」


 VTuberになるにあたって、どんなVTuberになるかは重要なことだ。でも、私はそのビジョンがまったく浮かんでこない。そもそもバーチャルの世界で自分が何をしたいのかがわからないのだ。バーチャルの世界ならなりたい自分にだってなれるかもしれない。だけど、どういった存在になるのかがイメージできない……


「まあ、おいおい決めていけばいいか。とりあえずアバターの種類はそこそこあるから見てきなよ」

「え!? もう!? 私が頼んだのついさっきだよ?」

「なんていうか、ボクの趣味っていうのかな? 元々アバターを作ることに興味があってね。ちょうどいいかなって」


 やっぱりしおりお姉ちゃんは天才だ。私がして欲しいと思ったことを先回りでやってくれている。昔からずっと。

 ……本当にありがたいことだ。しおりお姉ちゃんがいなかったら、私はここまで自由に生きて来られなかったかもしれない。その恩を返すためにもVTuberのバーチャルの世界でも全力で駆け抜けよう。


「見た目どれがいいとかある?」

「しおりお姉ちゃんが作ってくれたやつならなんでも!」

「……そっか」


 本当は自分で決めてみたかったけど、正直何を基準にすればいいのかわからなかった。だから、しおりお姉ちゃんに一任することに決めた。しおりお姉ちゃんはすごく頼りになるからきっといいアバターを作ってくれるはずだ!


「それじゃ作るね。かなちゃんはどんなVTuberになりたい?」

「うーん……やっぱり推しみたいになりたいな」


 VTuberになるにあたっての目標を改めて確認しておく必要があるだろう。私の最終目標は推しのように誰かを笑顔にすること。そのためにバーチャルの世界でも全力で駆け抜けようと決めたんだ。

 ……私がなりたいVTuberがどんなものなのか、明確なイメージはないけれど。でも、誰かに希望を届けられるような存在でありたいなと思う。


「ふーん、それって誰のこと?」

「え?」


 そこでハッとする。そういえば、この世界ではまだ推しは活動していないんだった。あまりにも推しがいることが当たり前になっていて、つい口から零れてしまった。存在しない人のことを話してもきっと伝わらないだろう。


「えっと、その……憧れの人っていうか……歌もゲームも上手くて、声がすっごく可愛くて、動画編集も自分でしてるらしいんだよ」

「へぇ、かなちゃんがそこまでべた褒めするような配信者さんがいたんだ」

「……うん、本当に素敵な人なんだ」


 しおりお姉ちゃんが感心したように目を丸くする。たしかに誰かのことをここまで褒めたことは今までない気がする。それほど推しに憧れてハマってきたということだろう。

 素敵な人だと思っているからこそ、なぜ引退するようなことが起きてしまったのかわからなかった。なにか炎上するような要素でもあっただろうか。推しの様子から察するに、もっと配信を続けたいという思いが感じられた。だからこそ余計にショックから立ち直れないのだろうと思う。


「かなちゃんの推しさんみたいな感じかはわからないけど、これはどう?」

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