「うわぁ〜……懐かしい……」
しおりお姉ちゃんに学校の近くまで送ってもらい、その後は自力で学校までたどり着いたのだが、あまりの懐かしさに声が出てしまった。まさかまた学校生活を送ることになろうとは。感覚としては仕事をするようになってから大学に学び直しに来たようなものだ。なんだかとても変な気分になる。時間が時間ということもあり、そのことを気にしている余裕はない。
校門をくぐり、昇降口で靴を履き替える。その動作も懐かしくて、それだけで感動しそうになる。あの頃は日常的にやっていたことがこんなにも新鮮になるなんて思いもしなかった。
転生をして、なにもかもが新鮮に感じる。過去に戻っただけなんだけど、それでも今この瞬間がとても楽しい。
「そうだ、教室に向かわなきゃ……!」
気づけばいちいち立ち止まりそうになる足を必死に動かして、教室へ向かう。教室の扉を開けると、すでに数人の生徒が席についている。その光景にも懐かしさを覚えながら自分の席へ向かい、カバンを机の横にかけた。
「おはよう、かな。今日は随分早かったわね?」
「まり! そうなんだよねー。実は今日車で送ってもらっちゃってさ」
「なにそれずるい」
横の席から話しかけてきた、羨ましそうにぷくーと顔を膨らまているこの子は新海まり。私の数少ない友人の一人だ。高校一年生から同じクラスで、三年間ずっと同じクラスだったのを覚えている。彼女以上に親しい友人は一人もいないと言ってもいいほどだ。
でも、そんな彼女も高校を卒業すると同時に関わりがなくなって話さなくなっていった。転生前の大人の私は、いつも一人だった。
「でも車って誰に乗せてもらったのよ?」
「近所のお姉さんにだよ。昔からすごくよくしてくれるんだー!」
「ふーん……そうなの」
「……? どうかした?」
「いや、かなは……そのお姉さんのこと好き?」
まりが唐突にそんなことを聞いてくる。急にどうしたのだろう。普段からまりは何を考えているか分からないことが多かったが、今回も例に漏れずよくわからない質問だった。
「……んー、好きといえば好きかな。しおりお姉ちゃんのこと家族だって思ってるくらいには」
「ふーん……そうなのね」
しおりお姉ちゃんの話を出した途端、まりの機嫌が少し悪くなったような気がする。今日はなにか様子がおかしい。
「まりはしおりお姉ちゃんのこと嫌い?」
「別に、よく知らないし嫌いじゃないわよ。でも、かながそのお姉さんのこと好きなら……あたしは……」
「……??」
最後の方がうまく聞き取ることができなかった。なんて言ったのだろう? そんなことを考えていると、教室のドアがガラガラと開いた。どうやらもうホームルームの時間らしい。先生が教卓に立ち、話し始める。
先生がどうでもいい話をしている中、私は推しについて考えていた。
転生前は2020年代後半だったということもあり、VTuberがたくさんいた。しかし、過去に戻った今は2010年代。推しどころかVTuberという単語すら生まれていないみたいだ。そうなると、推しはまだこの時代に存在していないことになる。暇な時間はいつも推しの配信や動画を見ていた私にとってはかなり苦痛だ。
「今日のホームルームは以上だ。それでは、今日も一日頑張ってくれ」
考え事をしているといつの間にかホームルームが終わっていたようだ。気づいた時にはもう先生が教室を去ろうとしているところだった。その先生の後ろ姿に、推しの引退が重なる。もしかしたら私の転生がきっかけで、推しが生まれないこともあるかもしれない。考えたくもないけど。
ネガティブなことを考えていると、自然とため息が零れた。今日は帰ってゆっくり推しについてじっくり考えることにしよう。
授業がすべて終わり、放課後となった。私は帰り支度をして教室を出る。帰る前にまりのいる方を見ると、まだ帰り支度をしている最中だったようでカバンの中に荷物を詰めていた。
「んー、一人で帰るか」
まりのことを待とうかとも思ったが、今の私は推しのことで頭がいっぱいで一人でいた方が気が楽だった。まりには悪いがこのまま静かに帰らせてもらおう。
階段を降り、昇降口へ向かう。上履きを下駄箱にしまい、靴を履き替えて学校を出る。
登校時と違ってゆっくりと景色を堪能できるのが少し嬉しかった。記憶の中の景色と今見ている景色が合致する度にテンションが上がる。ここに雑貨屋があった。ここにはコンビニが。カラオケなんかもあったっけ。そうして気分が高まっていると、なんだか童心に返ったようだった。
授業終わりの時の憂鬱な気分はどこかへ吹っ飛んだらしい。今の私は無敵だと思うほど高揚してきたところで、ふとひとつの結論が導き出された。
「推しもVTuberもいないなら、いっそ私が作ってしまえばいいのでは……?」
そうだ、その考えに辿り着くのが遅すぎた。そんな簡単なことにどうして気づかなかったのだろう。これぞまさに天啓。神の思し召しとしか言いようがない。
推しを永遠と待つより、自分が目指してみればいい。推しのことを見ていて、自分もそうなってみたいという思いがなかったわけでもないから。それに、もしかしたら、私がVTuberになることで推しの引退を阻止できるかもしれないのだ。もうあの瞬間が来るのはごめんだ。推しも悲しそうになにかに怯えているようで、私も悲しくて生きる意味を失ってしまう……そんな状況をもう二度と経験したくない。
「……そういえば、しおりお姉ちゃんの専攻って……」
そこでようやく思い出した。しおりお姉ちゃんは理系で、ITに精通していた。VTuberになった後の知識はたくさんあっても、その前の準備段階は一切わからない。私がVTuberを目指すにあたってしおりお姉ちゃんは頼れる大人であり先生になってくれるかもしれない存在。
それに、VTuberになって推しがいつまでも傍にいてくれる環境を作ることができるかもしれない。
「よし! 決めた!!」
私はすぐさま家に向かって走り出した。家でゆっくりするつもりだったけれど、一刻も早く家に帰ってしおりお姉ちゃんのところに行って色々教わりたいという気持ちが溢れてくる。転生前には考えられなかったことだ。私の行動力と決断力は転生前とは比べ物にならないほど上昇している。これも転生したおかげだろうか?
前までは本当に、ただ見ることしかしてこなかった。見ることしかできないのはそうなんだけど、なにかもっとできることがあったんじゃないかと思ってしまう。転生前の私は、本当にただの傍観者でしかなかった。