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第2話、これが転生ってやつ?

「ん……」


 なにやら暖かな光が見える。もう私に光は射さないと思っていたのに。

 意識がはっきりしてくると共に、やかましい音がどこからともなく聞こえてくる。この頭が痛くなるような爆音は、目覚まし時計が鳴っているんだと嫌でも知らされた。


「うるせーっ!」 


 ジリリと耳を刺すような音に耐えられなくて飛び起きる。やっと目覚ましを切って意識がはっきりしてきた時、妙な違和感に気づく。


「あれ? ここって実家……?」


 高校卒業と共に一人暮らしをはじめていたのに、いつの間に戻ってきたのだろうか。いや、そもそも私は車に轢かれたはず。推しの引退が悲しくて、周りが見れてなくて、哀れにも命を落としてしまっていたと思うのに。

 車に轢かれたのも、推しが引退したのも、そもそも高校を卒業したことも夢だったのだろうか。そうとしか思えないほど現実離れした出来事に、私は混乱するしかなかった。


「と、とりあえず顔洗お……」


 慌てて洗面所で鏡と向かいあう。鏡に映る人物は、まぎれもなく高校時代の自分だった。少しだけ若く見えるし、思春期はニキビに悩まされていたことを思い出すほど肌が荒れている。


「え? え? どういうこと?」


 鏡に映る自分はどう見ても高校生。でも、私はもう社会人になっていたはず……と、頭がこんがらがる。しかし、もし車に轢かれたことも社会人から高校生に戻ったことも、夢じゃないとしたら……


「ま、まさか、これが転生ってやつ……?」


 ファンタジーな小説や漫画でよく目にする言葉を口にしてみる。そうすると全てのことが納得できた。元々オタクということもあり、そういう知識だけは入っている。まさか自分の身に起こるとは思いもしなかったが。

 周りを見渡すと、高校時代使っていたコップや化粧品がそのまま置かれている。どうやらここは実家で間違いないようだ。しかし、前世の記憶を持ったまま転生というのがあまりにもファンタジーすぎて現実感がない。いくらそういう知識があるとはいえ、二次元の世界の知識であり、それが現実に起こるとなると話は別だ。


「あら、かな起きてたのね。早く学校行かないと遅刻するわよ」

「へ? あぁ、うん」


 懐かしいお母さんの声。これから朝ごはんを食べるところなのか、お味噌汁のいい匂いがする。


「かな?」

「え? あ、うん! 今行く!」


 お母さんに声をかけられて、慌てて私も居間に向かう。すでにお父さんは仕事に出ていったらしく、家の中は私とお母さんだけだった。


「どうしたの?」

「な、なんでもないよ!」


 まじまじとお母さんを見つめるが、どう見ても若々しい。私が学生だったころのお母さんとそっくりだ。過去に戻ったのだとしたら、そっくりというよりそのものではあるのだろうけど。でも、やっぱり信じられない。転生だなんて非現実な話、到底受け入れることはできない。

 でも、VTuberの推しがいたのだということを夢にしたくなかった。引退してしまったとしても、私が推しからもらったものはたくさんあるから。だから、これは神様がくれたチャンスなんだと思うことにした。もしかしたら、この過去の世界に生まれ変わったことで、推しの引退を阻止できるかもしれないしいい方向へ導いていけるかもしれないから。


「かな、顔色悪いわよ? 大丈夫?」

「う、うん! 大丈夫!」


 お母さんは心配そうな表情で私を見つめている。それはそうだ。転生してしまった私は、高校一年生の春に戻ってしまっているのだから。いくら高校時代に戻ったとしても、中身は大人だ。お母さんを心配させたくなくて、慌てて笑顔を作る。


「そう? あ! お味噌汁冷めちゃうから早く食べちゃいなさい」

「うん!」


 久しぶりのお母さんのお味噌汁はじんわりと心に沁みる。温かいものを感じて涙腺にきたため、急いでご飯をかき込んだ。

 そうしてちょっとむせながらも食べ終わり、超特急でカバンに荷物を詰め込む。これ以上ここにいると、どうにかなってしまいそうだった。


「いってきまーす!」

「いってらっしゃい」


 お母さんが見送ってくれるのを少しだけ嬉しく思いつつ、私は急いで家を飛び出した。家の周りの風景も懐かしくて、つい足が止まる。一つ一つ丁寧に見回って感傷に浸りたいが、そんな時間はない。


「かなちゃん?」

「え?」


 懐かしい声がする。思わず声のしたほうへ視線を向けた。そこにはジャージ姿で気だるそうにこちらを見ている短髪のお姉さんがいた。


「しおりお姉ちゃん! 久しぶりー! 元気だった?」


 近所に住んでいて幼なじみの水樹しおりお姉ちゃん。兄弟がいない私にとっては実の姉のような存在だ。小さい頃から面倒を見てくれて、勉強も教えてくれたのを覚えている。しおりお姉ちゃんは私よりも年上なのにいつも眠そうにしていて、だらっとしている。でも、そんな姿もまたかっこいいと密かに思っているのは内緒である。

 そういえば、いつも気だるそうにしているしおりお姉ちゃんが迷子になった私を見つけてくれたことがあったっけ。幼なじみだからか、面倒くさいだとか言いながらも気にかけてくれるのが優しい。


「かなちゃん、久しぶり。なんか……大人っぽくなったね」

「え? そう?」


 確かに今の私は高校生だが、中身は成人済みなので、しおりお姉ちゃんがそう感じるのも無理はないのかもしれない。

 それにしても、しおりお姉ちゃんとの久しぶりの会話は懐かしかった。転生前は一人暮らしをしていたので、なかなか会える機会がなかったから。しおりお姉ちゃんとの会話はとても落ち着く。声がまず低くて聞きやすいし、昔から関わりがあるから会話に困ることもない。


「しおりお姉ちゃん、大学はいいの?」

「あぁ、今日は休みだから大丈夫」


 そういえばしおりお姉ちゃんは大学生だったことを思い出す。だけど、しおりお姉ちゃんの専攻は何だったっけ? と記憶を巡らせるが思い出せない。まぁ、今はそれどころではないのですぐに思い出すことを諦める。


「かなちゃん、学校遅刻するよ?」

「あ! もうこんな時間!? ごめん! またね!」

「あ、まって」

「?」


 慌てて学校へ向かおうとする私を、しおりお姉ちゃんが呼び止める。どうしたんだと首を傾げると、しおりお姉ちゃんは表情を変えずに提案してきた。


「車乗せてこうか?」

「え?」


 しおりお姉ちゃんから思わぬ提案をされた。どうやら、私が遅刻するのを見越して車で学校まで送ってくれるということらしい。この誘いに乗らない手はないだろう。それに……


「うん! 乗せて!」


 しおりお姉ちゃんともっと話したいという下心もあったりするわけで……

 私は二つ返事で車に乗せてもらうことにしたのだった。

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