『皆さん、こんソルト〜。今日も配信見に来てくれてありがとう!』
画面の向こうは、いつも輝きに満ちていた。可愛い見た目に可愛い声。面白いトークに撮れ高たくさんのゲーム配信や惹き付けられる歌唱力。そしてなにより、心の底から楽しそうなその笑顔。
私の推しは今日もすごくキラキラしていた。
「やっっっばい……可愛すぎる……」
そう、私――白鳥かなはただのVtuberオタク。推しを応援してお金を貢ぐことが生きがいで趣味だ。
どうしてVTuberにハマったかはもう覚えていない。ただ一目見て心惹かれたことだけは覚えている。VTuberにもたくさんの人がいて個性はそれぞれあるが、その中でも私の推しは多才だ。歌に絵、ゲーム実況や雑談配信まで何でもこなす。しかも、動画編集も自分でしているというのだから、憧れる要素しかない。
男女問わず人気で、どちらにもガチ恋勢がいると聞く。私はガチ恋ではないけれど、推しの笑顔を見るだけで癒されるし元気になれる。
本当に毎日が幸せだ。推しを推せるこの日々こそが私の宝物だった。
【今日も配信ありがとう! そるとんの配信が私の生きがいです。そるとん大好き!】
『わぁ! KANAさん今日も愛のあるスパチャありがとう! こちらこそいつも見に来てくれてすごく嬉しいよー!』
スパチャで想いを伝えると、すぐに返事が返ってきた。推しからの返事に思わず頬が緩む。
ああ、本当に可愛い。大好き。ずっと応援してる。
そんな幸せを噛み締めながら配信を見ていると、途中から推しの様子がおかしいことに気づく。
「ちょっと元気ない……?」
いつもより声にハリがないし、笑顔がぎこちない。何か悩み事でもあるのだろうか。推しの幸せは私の幸せでもあるから、あまり無理して欲しくない。
けれど私はただのリスナーだ。配信が終わった後に「なにかあった?」と聞くことくらいはできるかもしれないが、それでも本人が言う気がないのなら聞き出さない方がいいのだろう。もどかしいけれど、それが推しへの愛だと私は思う。
「でもやっぱり心配だな……」
心なしか、コメントも少し荒れている気がする。
【こんなことをして恥ずかしくないのか】
【クリエイターとしても尊敬していたのに見損なった】
【他のVTuberはそんなことしなかった】
などなど……直接的な暴言はサイトによって消されていて見当たらなかったのだが、明らかに何かあったのだろうということが窺える。しかし、ものすごく追っている私ですら、炎上らしきものの原因がわからなかった。
推しはどんどん人気が出ている。今ではVtuber界でもトップクラスの知名度だ。だからこそ、アンチの数も比例して多い。そして何より、アンチは推し本人ではなくVTuberそのものに矛先を向けることが多い。だから私は推しを応援すると共に、VTuber側を守ることも大切にしている。
私は精一杯の思いを込めてコメントを打ち込む。
【私はずっとそるとんを推してるよ!】
推しはいつだって輝いている。推しにはいつも笑っていてほしい。だから、今はただ推しの幸せを願うだけだ。
だけど、私の願いもコメントも届かなかったようで……
『……ということで、みなさんに大切なお知らせがあります』
推しの言葉に胸がざわつく。嫌な予感がする。
『実は……私――ソルトは、本日をもってVTuber活動を引退します』
その一言に、頭が真っ白になった。
引退? VTuberを辞める? どうして……? 何があったの……?
そんな疑問が浮かんでは消える。何も言えず固まっていると、推しは少し震えた声で話を続ける。
『今まで応援してくれたみんなには申し訳ないと思うけど……VTuberの活動を辞めたいって思ったの』
「そんな……」
思わず声が漏れてしまう。涙がぽろぽろと頬を伝って流れていくのがわかった。推しが居なくなるなんて考えられないし、ましてやこんな形で引退だなんて納得できない。
『本当にごめんなさい。でも、これが私の決めたことだから……』
推しが申し訳なさそうに謝る。違う。謝らせたいわけじゃないのに。ただ、私は推しには幸せでいて欲しいだけなのに……
「……いや」
いや、まだ終わりじゃないかもしれない。もしかしたら引退するまでになにかイベントがあるかも……!
まだ何もわからないのに諦めたくない。推しにはずっと笑っていてほしいから……
『今までありがとう! みんなのおかげで楽しかったよ!』
それが、推しの最後の声だった。
【そるとんの引退を悲しんだ声多数】
そんな見出しがネットニュースの一面を飾っている。それだけ推しには影響力があったのだろう。実際、私も推しのおかげでここまで元気になれたと思っている。だからこそ、その引退は受け入れたくなかった。
「……これからどうしよう」
もう推しはいないし、VTuberを見続けていく意味もない。
「とりあえずコンビニ行くか……」
今日は何も食べる気が起きないが、なにか食べないといけないだろう。私は重い足取りで家を出た。
コンビニで適当なものを買い、帰り道を歩く。今日はあまり風がないらしい。生ぬるい空気が肌に纏わりついて不快感を覚える。
「……そるとん」
推しの名を呼ぶ。もう聞くことが出来ないと思うと、涙が溢れてくる。推しは私にとって本当に特別な存在だったんだと思い知らされる。
「うぅ……」
涙は止まらない。いっそ嫌いになれれば良かったのに。そしたらこんなに悲しくないのに。推しがいない世界なんてもう考えられないし、生きていけないだろう。
「……帰ろ」
もう嫌だ。何も考えたくない。家に閉じこもって推しのことで頭をいっぱいにしよう。そうすればきっと元気になれるはずだから……
アカウントが残るなら今までのアーカイブも残るだろう。アーカイブを見直しまくって推しを感じよう。私が想い続ければ推しはそこに存在し続けてくれる。
そんなふうに若干錯乱していた中、遠くからものすごい音が近づいているのがわかった。それが車がスピードを出している音だと気づいたのはもう目の前に迫ってきた時だった。
「え……?」
なんで……どうして……?
その疑問を口にする前に、私は強い衝撃を受けて地面に激突した。
ああ、推しが恋しいな。VTuberの推し活を始めてから毎日幸せだった。推しの笑顔を見るだけで元気になれたし、楽しかったことも悲しかったことも全部話して共有できた。推しは私の太陽で、私を幸せにしてくれる人だった。
そんな推しを私以外の大勢の人が好きになっていった。たくさんの人から愛される推しはやっぱりすごいと思うし誇らしかったけれど、それと同時に少し寂しくあった。推しを幸せにするのは私でありたかった。
でも、それはもう叶わない。両方の意味で。
もう体の感覚がない中、無意識に握りしめていたスマホを見る。その中にはいい笑顔をした推しのスクショがあった。最後に見たのが推しの笑顔でよかった。
安心したからなのか、もう限界だったからなのか、私は意識を手放した。