その日はゆっくりと過ごした。テオはあんな事があったにも関わらず、普段通りに動いている。やっぱりテオはすごいんだわ。
翌日には準備が整った。大規模な賊狩りだ。
「各々、自分の役目を果たせ!蟻の子一匹逃がすな!」
それぞれが配置につき、南の森を捜索する。
夕刻までには賊が捕まった。賊は全部で20人程。それほど大きな賊では無い。俺とジルの乗った馬を狙った者を引っ立てる。
「話せ。」
俺の前にねじ伏せられた男が俺を見上げる。
「馬を、馬を狙ったんだ、一目で高級な馬だと分かった。売れば高値が付く…」
俺はその男を見下ろす。
「ほぅ、人が乗っていても、か?」
男は少し笑って言う。
「人なんて関係ねぇ、振り落とされれば手間が省ける、だけど、王族の馬だなんて知らなかったんだ!」
俺は笑う。
「まぁ確かにな、タイランもブランも王族の馬装具は付けていなかったからな。でも私のこのマントぐらいは知っているだろう?」
白とサファイアブルーのマント。これは俺しか身に付けない。賊の男は伏したまま言う。
「吹き矢を吹いてから気付いたんだ、まさか王族が護衛も付けずに馬を走らせてるなんて思っていなかった…」
俺は部下に命じる。
「連れて行け。」
とりあえず、南の森は制圧した。平和な王都であろうと、やはり気が抜けないなと思う。ジルは今日あたりから少しずつ体を動かしているようだった。
夕食になり、ジルと食事をする。
「賊は捕まえたよ。ブランとタイランに吹き矢を放った奴らだ。」
ジルは切り分けた肉を俺の口に運びながら言う。
「じゃあ、とりあえずは一安心ね。」
ジルの腰を抱く。ジルは俺を見上げ微笑む。
「食事中は御触り禁止にしましょうか。」
俺は肉を飲み込んで言う。
「それはダメだ。絶対に。」
ジルの手を掴んで口付ける。ジルがクスクス笑う。
そこから時間をかけてジルは体調を戻し、ブランにまた乗るようになった。俺はまた王城と屋敷を行き来し、国政にあたるようになり、日常が戻って来た。
そんなある日。
「王宮より!王弟殿下テオ様に!」
王宮の使者が息を切らして俺の元へ来る。
「テオ様!国王陛下が!」
俺は急いで王宮に上がる。扉を開けるとベッドに兄上が寝ている。
「兄上!」
駆け寄ると兄上が目を開ける。
「…テオか。」
兄上はこんなに弱々しかったか?こんなに顔色が悪かったか?どこかが悪いなんて、思いもしな…いや、違う。俺は兄上の体調に気付いていた。兄上は世継ぎを作るのに忙しいと言っていた…それにまんまと騙されたのか…兄上が体を起こす。俺はそれを支える。
「どこが悪いんだ?!いつから?!」
聞くと兄上は笑う。
「私の病気はもう何年も前からだ。」
そう言われて俺は驚く。そんな事、全然知らなかった。
「なら何故!教えてくれなかったんだ!」
言うと兄上は笑って言う。
「お前に教えたところで、何も変わらん。」
兄上の膝に頭を乗せる。涙が止まらない。兄上は俺の頭をポンポンと撫で、言う。
「皆、下がれ。」
兄上と二人きりになる。
「テオ、お前に話しておきたい事がある。」
顔を上げる。
「セリーヌが身篭った。」
え?身篭った…?
「私の子だ。」
兄上は俺を見て微笑んでいる。
「これから話す事を良く聞いてくれ。」
兄上が俺の涙を拭う。
「まだ懐妊については誰にも話していない。だがそのうちに話は広まるだろう。口さがない連中は多いからな。」
兄上は俺の頭をクシャッと撫で、言う。
「私はいつまでもつか、分からん。だから、」
俺は兄上に言う。
「イヤだ、死ぬなんて許さん!絶対に許さん!」
兄上が微笑む。
「聞け、テオ。」
また兄上が俺の頭を撫でる。
「セリーヌのお腹の子が生まれるのは今年の冬か年を越すか、まだ寒い時期だ。そしてその子が王位を継げるのは成人してからになる。成人と共に結婚出来たとしたら、の話だがな。」
またポロッと涙が落ちる。
「私もすぐに死ぬ気は無い。だが、それがいつになるか分からん。だから、な、テオ。」
兄上が俺の肩に手を乗せる。
「お前に王位を継いで貰いたい。」
俺が王位を継ぐ…?
「お前は今までずっとこの国を守って来た英雄だ。私はお前に支えられて、常に王都で国政に集中出来た。この事は純然たる事実。そしてお前は私の弟だ。私の弟であるという事はお前にもちゃんと王の器は備わっているという事。更に今、お前は最愛の妻を迎え、愛という強固な地盤を手にしている。その地盤は揺るがず、何者にも脅かされない事は、もう既に証明済み。」
また兄上が俺の頭を撫でる。
「これ以上に王位を継がせない理由があるか?」
兄上がふわっと笑う。
「もちろん、私の子が男児で、ちゃんと王の器を持ち、清廉潔白に育ち、私やお前を超えるような人物に育てば、王位を私の子に、とは思うが。」
兄上が俺の頬に触れる。
「お前にもやがて子が生まれるだろう。お前の子が男児で私の子よりも優秀なら、お前の子が継ぐのが世の習わしだ。」
兄上がクスッと笑う。
「まぁそんな先の話はお前に任せるとしよう。お前なら我が子可愛さに判断が鈍る事も無いだろうしな。」
兄上が急に咳き込む。俺は慌てて兄上の背中を撫でる。兄上の手には吐き出された血がついていた。
テオが王宮に呼ばれて、小一時間。国王陛下に何かあったらしいという事は分かったけれど。私は心配で執務が手につかなかった。部屋に戻る。何事も無ければ良いけれど。不意に部屋の扉が開く。そこにはテオが居た。
「テオ!」
駆け寄るとテオは私を見て、私を抱き締めて言う。
「ジル…兄上が、」
テオは悲哀に満ちていた。私のベッドに横になり、私に抱き着き、何も言わずに居る。私も黙ってテオを抱き締めた。こんな事で慰めになるのか分からなかったけれど、そうするしか出来なかった。不意にテオが言う。
「王妃殿下が懐妊されたそうだ。」
なんというタイミングなんだろう。嬉しい筈なのに、胸が苦しい。
「兄上は俺に王位を継いでくれと言った。兄上の子が王位を継ぐまでの間、この国を俺に託す、と。」
私は黙ったまま話を聞く。テオの頭を撫でながら。
「俺には無理だと思った。でも、」
そこまで言ってテオが顔を上げる。
「ジル、君が一緒なら出来る気がするんだ。」
その年の夏、国王陛下が亡くなった。
テオは王位を継ぎ、国王となった。私もまた王妃となった。前王妃のセリーヌ様はお子を身篭られていて、その経過は順調だった。セリーヌ様は後宮に下がられ、テオと私が王宮に住むようになった。前国王陛下の面影が残る王宮は温かく、そして寂しかった。
王宮で過ごす事に慣れてきた頃。俺は執務を終えて、王宮に下がる。風呂に入ると、そこには女が居た。見た事の無い女。女は一糸まとわぬ姿で立ち上がると俺にひれ伏す。
「王国陛下、ご機嫌麗しゅうございますか。」
俺は顰め面で風呂を出ようとする。
「お待ちください!国王陛下!」
女が声を上げるが、俺はそのまま立ち去る。最近、こういう事が増えた。これは由々しき事態だ。王宮に女を送るだと?怒りに震え、俺はガウンを来て、王宮内をずんずん歩く。
「ジル!ジル!」
呼ぶとジルに付いている侍女が出て来て言う。
「王妃殿下はただいま、湯浴み中です。」
そう聞いて俺は笑う。
「そうか、なら、ちょうどいい。」
俺は中に入り、王妃専用の風呂場に入る。
「ジル!」
呼ぶとジルが振り向く。
「あなた。」
侍女たちが頭を下げて伏す。
「下がれ。」
言うと侍女たちが下がって行く。
「どうなさったの?」
ジルが聞く。俺はガウンを脱ぎ捨て、ジルの居る湯船に入り、ジルを抱き寄せる。
「俺の風呂場に女が居た。」
ジルは溜息をつく。
「またなの?」
聞かれてジルの体を愛でて撫でながら頷く。
「あぁ。俺がジルにしか興味が無いという事をまだ理解していないらしい。」
ジルの豊かな胸を愛撫しながら、ジルの首元に唇を這わせる。