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第33話ー狩りの準備ー

「殿下と奥様が戻らないだと?」


厩者から聞いて俺は厩舎へ向かう。


「南のゲートから出て行ったんで、その奥の牧草地か、そのまた奥の森か。」


厩者が言う。もう日が落ちている。その時。


「ブランエール!」


厩者が言う。ブランエールは奥様の馬だ。


「どうした、ブランエール…お前、奥様は?」


厩者が馬をなだめながら様子を見る。


「マドラスさん!これ!」


厩者が言う。


「どうした!」


馬に近付く。馬の後ろ足に何か刺さっている。それを引き抜く。


「…吹き矢か。」


幸いにも麻酔や毒の匂いはしない。…となると。奥様と殿下が森の中という事か。


「全員、聞け!」


その場に集まっていた騎士団員たちに言う。


「奥様と殿下が迷われている可能性がある!日は落ちているが、これから志願した者のみ、馬に乗り、捜索を開始する!」



このままここに残るか、タイランノワールに騎乗して帰るか。しかし、帰るには道が分からない。帰る予定の時間はとうに過ぎている。部下たちが動き出しているだろう。だとしたら、下手に動かない方が良い。火を起こして煙が上がっているからそれが狼煙代わりになるだろう。



それにしても。吹き矢は誰が仕掛けたんだ?最初のブランエールのいななきもきっと吹き矢のせいだろう。あの時、俺たちは走っていた。全力では無いにしても、それなりのスピードだった。馬を狙ったのか、それとも狙いは馬ではなく俺たちなのか。俺たちが狙いなら馬から降りた時に襲撃されている可能性が高い。やはり馬か。それでも人が乗っている馬を狙うなどとは。昔から馬狙いの賊は居たにしても、ここは俺の屋敷の目と鼻の先だ。こんなところに賊が出るなんて話は聞いた事が無いし、もし耳に入っていたら放ってはおかない。屋敷に戻ったら今一度、周辺の警備強化をしなくては。



「殿下ー!」

「奥様ー!」


遠くから声が聞こえて来る。良かった、迎えが来た。ジルはさっきから俺の腕の中でウトウトしている。マントに包んだジルを抱き締め、やっとホッと出来た。パチパチと焚き火が音を立てている。


「ジル、起きて。部下が迎えに来た。」


言うとジルが目を覚ます。


「お迎えが?」


俺は微笑んでジルの頬を撫でる。


「あぁ、聞こえるかい?」


あ、あそこだ!

焚き火だ!

殿下ー!

奥様ー!


迎えに来たのはマドラス率いる数名の騎士団員。中にはルーシーもいた。


「奥様!ご無事で!」


ルーシーが泣きながら馬から降りてジルに駆け寄る。私との遠乗りなのだから護衛は要らないと私が言ったのだ。ルーシーはジルの手を取り、泣いている。


「ルーシー、悪かったな、心配をかけた。」


言うとルーシーは俺を見上げてまた泣く。


「殿下もご無事で…」


タイランノワールに乗る。


「ジル、おいで。」


ジルを引き上げて乗せる。


「タイラン、頼むぞ。」


タイランノワールの首元を撫でる。ジルは俺に寄り掛かり、皆に護衛されながら屋敷に戻る。



敷地内に入ると厩舎前に白い馬が居た。


「ブランエール…?」


ジルが呟く。ジルは俺を見上げて言う。


「あれはブランエールよね?そうよね?」


俺は微笑んで頷く。


「あぁ、あれはブランだな。」


急かすジルをなだめながら、厩舎前まで行く。馬から降りて下から手を広げ、降りて来るジルを受け止める。俺を見上げ、言う。


「ありがとう。」


そして大きな声で呼ぶ。


「ブラン!ブランエール!」


ブランエールに付いていた厩者がブランエールを離すとブランエールはトコトコと歩いて来て、ジルに鼻を寄せる。ジルは愛おしそうにその鼻を撫で、顔をその鼻筋にくっつける。その様子を見て微笑む俺にマドラスが耳打ちする。


「殿下、これを。」


マドラスが見せて来たのは吹き矢だ。


「あぁ、知っている。」


そう言って胸元から同じ吹き矢を出す。


「ではタイランノワールにも?」


聞かれて頷く。


「あぁ、だがタイランは一瞬、暴れはしたものの、俺の制御が効いた。ブランは外部からの刺激に慣れていないからな。」


マドラスを見る。


「これについて調べさせろ。近く賊狩りをする。」



「ジル、手を見せて。」


部屋に戻って軽く食事をとり、部屋に戻った時に言う。乗馬中は革の手袋をするが、あれだけの事があったのだ、確認しておきたかった。ジルが俺に手を見せる。やっぱりか。ジルの手は赤くなっている。その手に触れて聞く。


「痛くはないかい?」


ジルは俺を見上げて俺に抱き着く。


「手は大丈夫。でも今日は疲れたわ…」


ジルを抱き上げる。


「今日はもう寝よう。」


ジルを抱き締めながら眠る。本当に何事も無くて良かった。きっとジルは明日、体中が痛くなるだろうなと思いながら、ホッと息をつく。



翌朝、腕の中でジルは良く眠っていた。その寝顔を見て微笑む。俺の愛する人。俺はジルの額に口付けて、ベッドを出る。出掛ける支度をする。ギリアムがマントを渡してくれる。


「ジルはゆっくり休ませてやってくれ。今日は執務もしなくて良い。きっと体中が痛む筈だ。ゆっくり湯浴みでもさせてやってくれ。」


ギリアムは頷いて言う。


「かしこまりました。」



詰所に行くとマドラスが待っていた。


「おはようございます、殿下。」


軽く手を上げる。早速、本題に入る。


「で、どうだ?」


マドラスは吹き矢を持って来て言う。


「この吹き矢はやはり賊の物で間違い無さそうです。」


溜息をつく。


「そうか。」


敷地外とは言え、目と鼻の先でこんな事が起こるとは。


「賊狩りの準備を進めさせろ。南の森一帯を制圧するぞ。」


マドラスが頭を下げる。


「はい、殿下。」



厩舎へ向かう。


「おはようございます、殿下。」


厩者が言う。


「タイランとブランはどうだ?」


聞くと厩者が微笑む。


「大丈夫です、体調に変化はございません。」


厩舎の中に入ってタイランの様子を見る。ん、大丈夫そうだ。タイランは俺を見てブルルルと鼻を鳴らし、その鼻を俺に擦り寄せる。


「昨日は良く頑張ったな、お前のお陰だ。」


撫でてやる。次はブランだ、そう思ってブランの元へ行く。ブランも特に問題は無さそうだった。


「ブラン。」


呼びかけるとブランは俺を見て近付いて来る。心無しか、申し訳なさそうな顔をしている。


「大丈夫か、ブラン。」


聞くとブランもブルルルと鼻を鳴らす。顔を出し、俺に頭を下げるような素振りだ。俺は笑ってブランの鼻を撫でてやる。


「良いんだ、ブラン、お前のせいじゃない。お前に痛い思いをさせた奴は俺が捕まえてやるからな。」



目が覚める。体を動かそうとすると、体中が痛い。起きる事も一苦労だ。隣にテオは居なかった。テオはもう仕事に行っているんだろう。何とか起き上がり、ベッドを出る。自分の部屋に戻ると、アンが控えていた。


「おはようございます、奥様。」


アンの首元には私があげたアメジストのブローチが光っている。


「おはよう、アン。」


私が歩くのもままならない様子を見て、アンが私の手を取る。


「ありがとう。」


言うとアンは首を振る。


「奥様、湯浴みなどゆっくりされてはどうですか?」



湯浴みをする。アンとルーシーが湯浴みの手伝いをしてくれる。手が滲みる。手はまだ赤い。ブランは元気かしら…。



昨日、ブランが居なくなってしまって、私は泣いた。あの子は良い子だ。何が原因かは分からないけれど、私を乗せて暴走したのだから、本来なら殺処分だっただろう。でもそれはテオが止めてくれた。テオはいつも細やかな気遣いで私を安心させてくれる。ブランが居なくなった時も私の事を思って、他の馬と言ったのだ。それは分かっている。でもブランとは共にした日は短くても、心を通わせたのだ。私にとっては特別な子だ。テオからのプレゼントなのだから。


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