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第29話ー散策と贈り物たちー

ルーシーはジルに引きずられながらも俺に頭を下げ、ジルについて行く。その様子は本当に微笑ましい。周りに居た騎士たちもニコニコしている。


「本当に愛らしいお方だ。」


またマクリーが言う。


「あぁ、ジルはいつも愛らしいよ。」


二人の後ろ姿を見ながら目を細める。


「殿下も変わられましたな。」


マクリーが言う。


「そうか?」


笑うとマクリーは微笑んで言う。


「はい、それはもう。力がみなぎっていて、こう…お近くに居るだけで、あぁ敵わないなと思わせる、そこは変わりませんが、今は殿下の根底にはしっかりとした愛という地盤がある。我々にもそれが良く分かります。以前の殿下は少し危うさがあったので。」


それを聞いて苦笑いする。


「戦場でいつ死んでも良いと思っていたからな。」


マクリーが言う。


「参謀としてお仕えしてきて、今ほど殿下の強さを実感した事はございません。奥様を腕に抱えていらっしゃった殿下を見た時、それはそれは美しいと思ったのです。」


そう言われて笑う。


「そうか?」


マクリーは胸を張って言う。


「はい。長く仕えておりますが、殿下がお幸せになって、本当に嬉しい限りです。」



街へと出る。最近は忙しくて街にも出ていなかった。街には活気があり、皆、笑顔だ。


「良い街ね。」


ルーシーに言うとルーシーは微笑む。


「はい、王都はいつも活気に満ちていて、民は皆、幸せそうです。」


街に出る時はいつも目立たないように、ローブを羽織る。ルーシーもローブを羽織っている。


「ルーシーは平民の出なのよね?」


ルーシーが微笑む。


「はい。」


歩きながら聞く。


「ご実家は王都なの?」


ルーシーは周りに気を配りながら答える。


「はい。と言っても郊外ですが。」


不意に誰がが私にぶつかりそうになる。ルーシーが素早く移動して、私を庇う。


「ありがとう。」


言うとルーシーは微笑んで言う。


「いえ、私の役目です。」



ねぇねぇ、この間、テオドール様をお見かけしたの!

テオドール様、素敵よねぇ

凛々しくて逞しくて神々しくて!

奥様、羨ましいわ

あら、奥様だって絶世の美女じゃない

あのヴァロアのご令嬢なのよ?

ご婚礼の時のドレス!

素敵だったわよねぇ

あんなに美しいと本当に存在していらっしゃるのか?って思っちゃう

分かるわぁ



そんな街の会話が聞こえて来る。私は何だかくすぐったくなってしまう。テオが素敵なのは分かる。あんなに素敵な人はもう世界中どこを探しても見つからない。何だか気恥ずかしくてうふふと笑ってしまう。ふと、目に付いたショーウィンドウの中。そこにはテオに似合いそうな青い革の手袋があった。立ち止まる。ルーシーが私を見て聞く。


「奥様?」


私はルーシーに微笑む。



お店に入ると革製の物が所狭しと並べられていた。手袋、靴、ベルト…。


「いらっしゃいませ、マダム。」


お店の店主らしき人物が声を掛けてくる。


「何かお探しで?」


とても礼儀正しい。


「あのショーウィンドウに飾ってある青い手袋を見たいのだけど。」


言うと店主らしき人物は微笑んで頷く。


「かしこまりました。」


今度は女性の方が近付いて来て言う。


「宜しかったらこちらへ。」


促されるまま、店の奥にあるソファーへ座る。青い手袋を手に店主らしき人物が戻って来る。


「申し遅れました、私、ここの店主をしております、クエロトーロと申します、こちらは妻のアルディージャ。」


礼儀正しく挨拶してくれる。


「今日はお忍びで?」


クエロトーロが小声で聞く。少し驚くとクエロトーロが微笑む。


「お見かけしてすぐに分かりました、王弟妃殿下。」


私は何だか気恥ずかしくて俯く。


「ローブをお召になっていても、その麗しさは隠しきれておりませんよ。」


そして青い手袋をトレーに載せて見せてくれる。手に取るとその青はとても美しかった。


「さすがはマダム、お目が高いですね。」


クエロトーロはそう言うと目を細める。


「革を青く染めるのは実は一苦労なのです。染料のラーゴラの花は希少なので。」


手袋の触り心地はとても良かった。


「革製品はお使いになる方によってどんどん変わります。その方の生活に馴染み、色が変わり、その方独特の味が出るのです。」


私は決める。これにしよう。


「これを頂くわ。」


クエロトーロは深くお辞儀をして言う。


「私共の品を選んで頂き、大変光栄に存じます。プレゼント用にお包み致します故、お待ちください。」


テオがあの青い手袋をするところを想像して、ワクワクする。きっと似合う。立ち上がって店内を見る。ブラウンの手袋が目につく。手に取ると柔らかく、でもしっかりとした作り。女性用で小さく作ってある。


「ルーシー。」


呼ぶと入口に居たルーシーが来る。


「はい、奥様。」


私はブラウンの手袋をルーシーに渡す。


「付けてみて。」


ルーシーは少し困惑しながらも手袋を付ける。


「どう?」


聞くとルーシーは照れ笑いしながら言う。


「えぇ、とても柔らかくて心地良いです。」


私はそれを聞いて嬉しくなる。振り返るとアルディージャが控えている。


「これも頂ける?」


アルディージャが笑顔で頷く。


「かしこまりました。」


ルーシーが手袋を外そうとするのを止める。


「貴方にあげるのよ、ルーシー。」


ルーシーが驚く。


「いえ!奥様!そんな、頂けません!」


私はルーシーをわざと睨み付ける。


「いいえ、許しません。これは私から最初の護衛騎士へのプレゼントよ。」


ルーシーが片膝を付く。


「有り難き幸せにございます…」


私は笑って言う。


「ほら、立って、目立ってしまうわ。」



「ここの革製品はとても良いのね。」


言うとアルディージャが微笑む。


「お褒めに預かり光栄です。」


私は考える。


「馬具などは扱っていないの?」


アルディージャが苦笑いする。


「馬具などの大きいものは手に余ります。小さい店なので、身の回りの物で精一杯です。」


少し考えて聞く。


「先ほどの青い手袋のように、ベルトやブーツも青く染められるかしら?」


アルディージャが頷く。


「少しお時間を頂ければ。」


青いベルトに青いブーツを履くテオを想像すると鳥肌が立つ程、格好良いと思う。


「それではそれもお願いしたいのだけど、やって貰えるかしら?」


アルディージャは微笑んで頷く。


「もちろんでございます。」


奥からプレゼントの包みを持ったクエロトーロが来る。アルディージャは私にホンの少しお辞儀をして、クエロトーロに近づき、耳打ちする。クエロトーロは驚き、そして笑顔になる。プレゼントの包みを受け取り、金貨を渡す。


「ブーツとベルトの分も今、支払うわ。」


そう言って金貨を追加する。


「こんなに頂けません。」


クエロトーロが言う。私は微笑む。


「良いのよ、受け取って。腕の良い職人には当然の報酬よ。」



店を後にする。私は嬉しくて仕方なかった。私の大事な人にプレゼントを贈ってあげられる、とても幸せだ。



その後も街を見て回った。鎖細工のお店で眼鏡用のチェーンを二つ買う。宝飾品のお店で小さなブローチとシルバーとサファイアで出来ているマントの留め具を買う。それ以外にも錫で出来ている渋めのマントの留め具を二つとルビーをあしらった留め具を二つ、アメジストの留め具はその場でルーシーに付けさせる。それぞれプレゼント用に包んで貰う。皆、喜んでくれるかしら。



屋敷に戻る。たくさん見て回った筈だけど、まだお昼だった。昼食にテオが戻って来る。


「街は楽しかったかい?」


聞かれて頷く。


「えぇ、とても。それでね、あなた。」


あなたと呼ばれてドキッとする。


「ん?何だい?」


聞くとジルは微笑んで俺に何かを差し出す。それはプレゼントの包みだった。


「これは…?」


聞くとジルが言う。


「あなたに。開けてみて。」


俺は包みを開ける。中には青い革の手袋が入っていた。


「ほぅ、青か、珍しいな。」


ジルがワクワクした様子で言う。


「付けてみて。」


言われて手袋を付ける。柔らかく、それでいてしっかりとした作りだ。職人の腕が良いんだろう。


「どうだい?似合うかい?」


聞くとジルはうっとりしている。


「似合うわ、とても…」


そんなジルに微笑んで、俺は手袋を付けたまま、ジルの顎に手を添えて顔を上げさせる。


「こういうふうに使うんだろ?」


顔を近付けて言うとジルが言う。


「そうよ。」


そのまま口付ける。口付けたままジルのうなじに手を回す。革の音がする。

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