ルーシーはジルに引きずられながらも俺に頭を下げ、ジルについて行く。その様子は本当に微笑ましい。周りに居た騎士たちもニコニコしている。
「本当に愛らしいお方だ。」
またマクリーが言う。
「あぁ、ジルはいつも愛らしいよ。」
二人の後ろ姿を見ながら目を細める。
「殿下も変わられましたな。」
マクリーが言う。
「そうか?」
笑うとマクリーは微笑んで言う。
「はい、それはもう。力がみなぎっていて、こう…お近くに居るだけで、あぁ敵わないなと思わせる、そこは変わりませんが、今は殿下の根底にはしっかりとした愛という地盤がある。我々にもそれが良く分かります。以前の殿下は少し危うさがあったので。」
それを聞いて苦笑いする。
「戦場でいつ死んでも良いと思っていたからな。」
マクリーが言う。
「参謀としてお仕えしてきて、今ほど殿下の強さを実感した事はございません。奥様を腕に抱えていらっしゃった殿下を見た時、それはそれは美しいと思ったのです。」
そう言われて笑う。
「そうか?」
マクリーは胸を張って言う。
「はい。長く仕えておりますが、殿下がお幸せになって、本当に嬉しい限りです。」
街へと出る。最近は忙しくて街にも出ていなかった。街には活気があり、皆、笑顔だ。
「良い街ね。」
ルーシーに言うとルーシーは微笑む。
「はい、王都はいつも活気に満ちていて、民は皆、幸せそうです。」
街に出る時はいつも目立たないように、ローブを羽織る。ルーシーもローブを羽織っている。
「ルーシーは平民の出なのよね?」
ルーシーが微笑む。
「はい。」
歩きながら聞く。
「ご実家は王都なの?」
ルーシーは周りに気を配りながら答える。
「はい。と言っても郊外ですが。」
不意に誰がが私にぶつかりそうになる。ルーシーが素早く移動して、私を庇う。
「ありがとう。」
言うとルーシーは微笑んで言う。
「いえ、私の役目です。」
ねぇねぇ、この間、テオドール様をお見かけしたの!
テオドール様、素敵よねぇ
凛々しくて逞しくて神々しくて!
奥様、羨ましいわ
あら、奥様だって絶世の美女じゃない
あのヴァロアのご令嬢なのよ?
ご婚礼の時のドレス!
素敵だったわよねぇ
あんなに美しいと本当に存在していらっしゃるのか?って思っちゃう
分かるわぁ
そんな街の会話が聞こえて来る。私は何だかくすぐったくなってしまう。テオが素敵なのは分かる。あんなに素敵な人はもう世界中どこを探しても見つからない。何だか気恥ずかしくてうふふと笑ってしまう。ふと、目に付いたショーウィンドウの中。そこにはテオに似合いそうな青い革の手袋があった。立ち止まる。ルーシーが私を見て聞く。
「奥様?」
私はルーシーに微笑む。
お店に入ると革製の物が所狭しと並べられていた。手袋、靴、ベルト…。
「いらっしゃいませ、マダム。」
お店の店主らしき人物が声を掛けてくる。
「何かお探しで?」
とても礼儀正しい。
「あのショーウィンドウに飾ってある青い手袋を見たいのだけど。」
言うと店主らしき人物は微笑んで頷く。
「かしこまりました。」
今度は女性の方が近付いて来て言う。
「宜しかったらこちらへ。」
促されるまま、店の奥にあるソファーへ座る。青い手袋を手に店主らしき人物が戻って来る。
「申し遅れました、私、ここの店主をしております、クエロトーロと申します、こちらは妻のアルディージャ。」
礼儀正しく挨拶してくれる。
「今日はお忍びで?」
クエロトーロが小声で聞く。少し驚くとクエロトーロが微笑む。
「お見かけしてすぐに分かりました、王弟妃殿下。」
私は何だか気恥ずかしくて俯く。
「ローブをお召になっていても、その麗しさは隠しきれておりませんよ。」
そして青い手袋をトレーに載せて見せてくれる。手に取るとその青はとても美しかった。
「さすがはマダム、お目が高いですね。」
クエロトーロはそう言うと目を細める。
「革を青く染めるのは実は一苦労なのです。染料のラーゴラの花は希少なので。」
手袋の触り心地はとても良かった。
「革製品はお使いになる方によってどんどん変わります。その方の生活に馴染み、色が変わり、その方独特の味が出るのです。」
私は決める。これにしよう。
「これを頂くわ。」
クエロトーロは深くお辞儀をして言う。
「私共の品を選んで頂き、大変光栄に存じます。プレゼント用にお包み致します故、お待ちください。」
テオがあの青い手袋をするところを想像して、ワクワクする。きっと似合う。立ち上がって店内を見る。ブラウンの手袋が目につく。手に取ると柔らかく、でもしっかりとした作り。女性用で小さく作ってある。
「ルーシー。」
呼ぶと入口に居たルーシーが来る。
「はい、奥様。」
私はブラウンの手袋をルーシーに渡す。
「付けてみて。」
ルーシーは少し困惑しながらも手袋を付ける。
「どう?」
聞くとルーシーは照れ笑いしながら言う。
「えぇ、とても柔らかくて心地良いです。」
私はそれを聞いて嬉しくなる。振り返るとアルディージャが控えている。
「これも頂ける?」
アルディージャが笑顔で頷く。
「かしこまりました。」
ルーシーが手袋を外そうとするのを止める。
「貴方にあげるのよ、ルーシー。」
ルーシーが驚く。
「いえ!奥様!そんな、頂けません!」
私はルーシーをわざと睨み付ける。
「いいえ、許しません。これは私から最初の護衛騎士へのプレゼントよ。」
ルーシーが片膝を付く。
「有り難き幸せにございます…」
私は笑って言う。
「ほら、立って、目立ってしまうわ。」
「ここの革製品はとても良いのね。」
言うとアルディージャが微笑む。
「お褒めに預かり光栄です。」
私は考える。
「馬具などは扱っていないの?」
アルディージャが苦笑いする。
「馬具などの大きいものは手に余ります。小さい店なので、身の回りの物で精一杯です。」
少し考えて聞く。
「先ほどの青い手袋のように、ベルトやブーツも青く染められるかしら?」
アルディージャが頷く。
「少しお時間を頂ければ。」
青いベルトに青いブーツを履くテオを想像すると鳥肌が立つ程、格好良いと思う。
「それではそれもお願いしたいのだけど、やって貰えるかしら?」
アルディージャは微笑んで頷く。
「もちろんでございます。」
奥からプレゼントの包みを持ったクエロトーロが来る。アルディージャは私にホンの少しお辞儀をして、クエロトーロに近づき、耳打ちする。クエロトーロは驚き、そして笑顔になる。プレゼントの包みを受け取り、金貨を渡す。
「ブーツとベルトの分も今、支払うわ。」
そう言って金貨を追加する。
「こんなに頂けません。」
クエロトーロが言う。私は微笑む。
「良いのよ、受け取って。腕の良い職人には当然の報酬よ。」
店を後にする。私は嬉しくて仕方なかった。私の大事な人にプレゼントを贈ってあげられる、とても幸せだ。
その後も街を見て回った。鎖細工のお店で眼鏡用のチェーンを二つ買う。宝飾品のお店で小さなブローチとシルバーとサファイアで出来ているマントの留め具を買う。それ以外にも錫で出来ている渋めのマントの留め具を二つとルビーをあしらった留め具を二つ、アメジストの留め具はその場でルーシーに付けさせる。それぞれプレゼント用に包んで貰う。皆、喜んでくれるかしら。
屋敷に戻る。たくさん見て回った筈だけど、まだお昼だった。昼食にテオが戻って来る。
「街は楽しかったかい?」
聞かれて頷く。
「えぇ、とても。それでね、あなた。」
あなたと呼ばれてドキッとする。
「ん?何だい?」
聞くとジルは微笑んで俺に何かを差し出す。それはプレゼントの包みだった。
「これは…?」
聞くとジルが言う。
「あなたに。開けてみて。」
俺は包みを開ける。中には青い革の手袋が入っていた。
「ほぅ、青か、珍しいな。」
ジルがワクワクした様子で言う。
「付けてみて。」
言われて手袋を付ける。柔らかく、それでいてしっかりとした作りだ。職人の腕が良いんだろう。
「どうだい?似合うかい?」
聞くとジルはうっとりしている。
「似合うわ、とても…」
そんなジルに微笑んで、俺は手袋を付けたまま、ジルの顎に手を添えて顔を上げさせる。
「こういうふうに使うんだろ?」
顔を近付けて言うとジルが言う。
「そうよ。」
そのまま口付ける。口付けたままジルのうなじに手を回す。革の音がする。