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第28話ー一抹の不安と変化ー

ジルと二人で過ごし、肩や背中の傷も癒えた。切られてしまった髪は整えると肩くらいまでになり、執務や訓練に邪魔になりそうな時には髪を結った。アルギニアまでの道の建設は予定通りに進められていた。俺の執務室にはジルの為の机も用意され、二人であれこれと相談し合いながら執務をするのは楽しかった。


「そろそろ王城に出向かなくてはな。」


王城からは常に書類が送られて来ていて、政務や国防に関する事や、国の財務など、その種類は多岐に渡っている。それらの書類に目を通し、それをジルにも見て貰った。


「そうですね、あまりここに籠っていると、お仕事がどんどん溜まってしまうわ。」


そう言ってくれるジルの優しさに微笑む。ジルは目を通しながら書類にメモを書き記して行く。



その日の夕食後、ジルと一緒に湯浴みをする。ジルは俺に寄り添い、俺はそんなジルを自分の上に乗せる。


「ねぇテオ。」


ジルが俺を見ずに俺にもたれ掛かる。


「ん?」


聞くとジルは俺に体を預けながら言う。


「あの時ね、」


どの時の事だろう?


「あの時?」


聞くとジルが言う。


「パラベンから出て、あの小さな小屋でテオが熱を出して、気を失った時…」


俺はジルの肩に湯を掛けてやる。


「うん。」


ジルは俺の首に腕を絡め、俺に寄り掛かる。


「私、何も出来なかったの…ただ、水にシャツの切れ端を浸して絞ってテオに乗せるだけ…それを繰り返す事しか出来なかった…」


ジルの声が涙に濡れる。


「怖かった…目の前のテオがこのまま本当に目を覚まさなかったら?何もかもをテオがしてくれるから、私はそれを見てるだけしかしてなくて、私は無力なんだって、実感したの…」


ジルを見る。ジルはポロポロと涙を零している。


「テオがこのまま死んでしまったらどうしようって、泣く事しか出来なくて、情けなくて…」


ジルの頭を撫でてやる。


「だから朦朧としながらも私の名前を呼んで、抱き寄せてくれた貴方にまた抱き着いてしまった…テオの腕の中で思ったの、もしこのままテオが死んだら、私もこのままテオを抱いたまま死のうって…」


胸が苦しくなる。ジルを抱き締める。


「そんな思いをさせてすまない。怖かったよな、ごめん…」


ジルが泣く。あぁ、そうか。俺はパラベンでの一件以降、こうやってジルを腕に抱いて、ゆっくり泣かせてやる事もしていなかったなと思う。きっと我慢していただろうに。救い出された後はバタバタと俺の手当や移動があって、俺たちには常に誰かが付いていた。王都に戻る頃には王城に駆り出され、シオスの処刑やパラベンへの制裁措置やその後の国の再建などを話し合ったりしていた。その後は俺の静養とジルの心の安定をと思って過ごしていたのに。俺はまだジルを分かっていなかった。気丈に振舞っていても、本当はこうして甘えて泣きたかったに違いない。


「ごめん…」


そう言う事しか出来ない。


「本当はね、いつもずっと不安なの…」


そう言われて少し驚く。


「不安?」


ジルが俺を見上げる。


「離れている時はいつも考えてる、テオに何か起こっていないか、怪我してないか、誰かがテオに言い寄ってないか…」


ジルの涙を掬う。


「いつも心配なの…」


あぁ、何て可愛いんだ、こんなにも俺の事を愛してくれているなんて。ジルが体勢を変える。俺に跨り俺を見下ろし、俺の頬を両手で包む。


「愛してるの、テオ…」


顔が近付く。口を半開きにしてジルの口付けを待つ。あともう少しのところでジルが止まる。


「しないのかい?」


聞くとジルが聞く。


「したい?」


俺はジルのうなじに手を回して言う。


「したい…」


ジルは俺を見つめたまま動かない。息が上がる。


「あまり俺を煽るな。」


言うとジルが聞く。


「煽るとどうなるの?」


俺はジルの唇を見つめて言う。


「タガが外れてしまう、理性が飛んで、ジルを壊してしまうかもしれないよ?」



風呂から出てベッドにジルを横たえる。


「のぼせてしまうな。」


俺が笑うとジルも微笑む。


「そうね…」


うつ伏せになっているジルの背中を撫でながら、言う。


「俺も心配だよ。」


ジルが俺を見る。


「離れている時はいつも心配してる。何か起こっていないか、誰かに何かされていないか、誰かに何か言われて傷付いてないか、一人で泣いてないか。」


ジルが笑う。


「離れていても同じ事を考えているのね…」


俺も笑う。


「そうだな。」


俺が体を横たえるとジルが寄り添う。



仕事に復帰する。なまった体を鍛え直し、王城に行き国政を兄上と執り行う日々に戻る。家の執務はジルが取り仕切り、俺が持ち帰った書類にも目を通してメモを書き残してくれる。ジルの指摘は的確で、アドバイスも役に立った。俺はそれを決して自分の手柄にはせず、ジルが提言してくれているとハッキリ表明した。



「やはり、お前の妻は有能だな。」


休憩中のお茶を飲みながら兄上が言う。


「長く王妃教育を受けていたからな。」


ふと兄上を見る。顔色が悪い気がした。


「何だ、兄上、具合でも悪いのか?」


聞くと兄上が笑う。


「次の世継ぎを作るのに忙しくてな。」


そう言われては何も言えない。


「そうか。」


俺はふと疑問に思って聞く。


「まさか、妾じゃないだろうな?」


兄上は笑って言う。


「私の相手はセリーヌしか居ないよ。もう懲りた。」


言われて笑う。そうか、励んでいるのだな、と思うと兄弟でも何だか恥ずかしくなる。


「お前も励んでいるか?」


聞かれて俺は吹き出す。


「まぁな。心配するな。」


兄上は微笑んでまたお茶を飲む。



それからしばらくして、ジルの護衛騎士に任命したルーシーが正式に護衛騎士となった。ジルが決めたデザインの服は凛々しく、ルーシーに良く似合っている。騎士団での小さな任命式を終えて、俺はルーシーに言う。


「頼んだぞ、ルーシー。」


言うとルーシーは頭を下げて言う。


「はい。この命に代えてもお守りします。」


ジルはその様子を見守ると、すぐに言う。


「ねぇ、テオ、ルーシーを連れて、街へ行っても?」


俺は笑って頷く。


「あぁ、良いよ。」


ジルはルーシーの手を取ると引っ張って言う。


「行きましょう!」


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