お部屋のベッドへ行く。テオドール殿下は地下牢にて手当を受けている。早く伝えなければ。ベッドに座っている姫君様に近付いて言う。
「姫君様、テオドール殿下は生きておられます。」
その一言で姫君様が真にお目覚めになる事を願いながら言う。姫君様の目が動く。そして私を捉える。
「テオドール殿下は生きておられるのです。」
もう一度言うと姫君様はお顔を動かして私を見る。
「…テオが…生きて…る…?」
姫君様の瞳に力が宿り、その瞳に一気に涙を溢れさせる。
「はい、姫君様、テオドール殿下は生きておられます。」
ポロポロと涙を零し、体が動く。
「テオに、テオに会わせて…」
姫君様がベッドを出る。
「こちらへ。」
姫君様を誘導して地下牢へ行く。地下牢にはシオス陛下もいらっしゃった。姫君様はシオス陛下など視界に入っておらず、牢屋の中で手当を受けているテオドール殿下を見つけると駆け出す。
「テオ!」
牢屋の入口は開け放たれている。その入口から飛び込むように中に入り、テオドール殿下に飛び付く姫君様をシオス陛下は呆然と見ていた。
ジルが俺に抱き着く。俺もジルを抱き留めて抱き締める。
「ジル…すまなかった、怖い思いをさせたね。」
ジルは俺の顔を両手で触れながら泣いている。
「テオ、テオ…」
ジルは自分から俺に口付けて来る。ジルを抱き締め口付ける。
俺とジルは地下牢から出され、荷台に乗せられ、運ばれる。
「このまま国境までお送りします。国境を超える事は出来ません、お許しを。」
太陽が高い。時間は昼くらいか。荷車から下ろされる。ジルは俺に寄り添い、俺は振り返る。マーカスが頭を下げている。国境を超えファンターネの領土内に入る。部下たちはどの辺まで来ているだろうか。頭の中で地図を描く。
どこを見ても同じような森の中。森の中という事は馬車道を歩けば、いずれは部下たちと合流出来るだろうと考える。だが、痛め付けられている俺は体力が削がれている。どこまでもつだろうか。両腕を釣り上げられていた時間が長く、腕がまだ痺れている。背中や両肩の傷が痛む。ジルは俺に寄り添い歩く。ジルの肩を抱きながら歩く。途中、休みながら歩いていても景色は全く変わらない。こんなに長くジルを歩かせてしまった。
「ジル、すまないな、こんなに長く歩く事なんて無かっただろう?」
言うとジルは俺を見上げて言う。
「そんな事はどうでも良いんです…こうしてテオと一緒に居られるなら、何だって良い…」
どれくらい歩いただろうか。日差しは影って傾き始めている。視線の先に小さな小屋が見えてくる。
「あそこに入ろう。」
そう言ってジルと小屋に向かう。小屋はおそらく昔の国境警備の詰所跡だろうと思った。詰所跡なら簡易ではあるが、一晩くらいは何とかなる。暗くなる前に周囲を確認しなければ。扉を開ける。中は小さなテーブルにベッド、暖炉があった。良かった、火が起こせる。小屋の裏側には井戸があり、水もあった。水を汲んで匂いや味を確認する。良かった、飲めそうだ。
「ジル、水が飲めそうだ。」
ジルに水を汲んでやる。水を飲むジルを見て微笑む。
周囲の確認をする。夜は野生動物も出るだろう。小屋の中に居れば野生動物から襲われる事は無い。小屋の中に入り、暖炉に火を起こす。ジルはそんな俺を見て言う。
「テオは何でも出来るのね。」
俺は笑う。
「戦場に居たからな。何から何まで全て自分でやらなくてはいけないから。」
火が灯る。良し、これなら大丈夫だろう。夜に冷えても暖を取れる。
「汗を拭いた方が良いな。」
そう言うとジルが言う。
「えぇ。私にやらせて。」
水を汲んで来ると、ジルが言う。
「さぁ、テオ、こっちへ来て。」
ジルがベッドの上に腰掛けている。ベッドの足元に水を置いて、着ていたシャツを脱ぐ。シャツを水の中に浸して絞り、ジルに渡す。俺がベッドに腰掛けるとジルが体を拭いてくれる。
「傷は酷いの?」
ジルに聞かれて少し笑う。
「戦場で切り付けられた時よりは良い。」
ジルが辛そうな顔をする。俺はジルの頬に触れて言う。
「そんな顔するな。」
ジルはポロポロと涙を零してシャツを落として俺に抱き着く。
「本当にテオが死んでしまったと思ったの…テオが死んでしまったと思ったら、もう何も感じなくなった。目の前が真っ暗になって、そのまま死んでしまおうと思った…」
ジルを抱き締める。
「俺はジルを残して死なないよ。逝くなら一緒だ。」
ジルは泣きながら言う。
「私を一人にしないで…テオが居ないと死んでしまうから…」
そんなふうに言うジルが愛しくて堪らない。
「ジル。」
呼びかけてジルと口付ける。あぁ、ジルだ。片時も離れていたくない。そのままジルを押し倒す。唇を離してジルが言う。
「待って、テオ、貴方、熱があるんじゃない?」
おそらく熱は出るだろうと思っていた。だからこそ多少無理をして小屋に籠る用意をしたのだ。
「そうか?」
私に覆い被さっているテオは微笑んで聞く。そう聞きながらもテオは私の体を撫で回している。
「ダメよ、テオ。熱があるなら、こんな事…」
テオは軽く息を切らして私の腕をベッドに抑える。
「抱かせてくれ、頼む…」
そう言って私の耳元に顔を埋めて私を抱き締める。
「頼むから、抱かせてくれ、ジルを抱きたい…」
熱い吐息が耳をくすぐる。テオが私の耳に舌を入れる。
「んっ…」
そうされるだけで体中に鳥肌が立つ。
息を切らして倒れかかるテオを受け止める。
「テオ、テオ…?」
テオは気を失っているようだった。体中が熱い。熱が上がったのだと分かる。
私はテオの腕の中から抜け出し、脱いだ服を着て、濡らしたシャツをもう一度水に浸して絞る。シャツでは大きい。私は辺りを見回して使えそうな物を探す。火かき棒にシャツを引っ掛け、思いっきり引っ張るとシャツが裂ける。裂いたシャツを水に浸して絞り、テオの体を拭き、別の布を水に浸して絞り、うつ伏せているテオの首に乗せる。包帯には血が滲んでいる。涙が出て来る。血だらけのテオを見て、それでもテオが生きていて、私はとにかくテオに触れたくて、抱き締めて欲しかった。いつもテオは私を守ってくれている。あんな状態なのに、私に怖い思いをさせてすまないと謝る、優しい人だ。泣いている場合では無いのに、涙が止まらない。このままテオが本当に死んでしまったらどうしよう。私はテオが居ないと何も出来ない。いつもテオが何もかもをしてくれるから。泣きながら切り裂いたシャツを水に浸して絞ってテオに乗せる。それしか出来ない自分が情けなかった。