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第25話ー愛と信頼と…ー

目の前のこの男は東の弱小国、パラベン王国の国王だ。


「覚えていてくれているとは、嬉しいね。」


シオスはそう言うと牢の外からニタニタ笑っている。


「これは、どういう事だ?シオス陛下。」


聞くとシオスはニタニタと笑ったまま言う。


「まだ理解出来んかね。テオドール・フォンターネ。」


シオスは腕を組んで言う。


「私はあの麗しの姫君を手に入れたのだよ。貴様からな。」


そう言われて理解する。あぁ、そういう事か。


「ジルは、無事なんだろうな?」


聞くとシオスはニタニタと笑って言う。


「姫君は上で眠っているよ。」


怒りがフツフツと湧き上がって来る。


「ジルに指一本でも触れてみろ、お前を殺してやるからな!」


言うとシオスが笑う。


「その状態でどうやって私を殺すんだ?」


シオスは俺を見て言う。


「偉大なるファンターネ国の無敗を誇る騎士団長がこのザマだ。」


そして嫌悪する顔で言う。


「こんな図体がデカくて粗野で野蛮な男のどこが良いのか、理解に苦しむね。」


そして衛兵に言う。


「やれ。」


衛兵は持っていた鞭を俺に振るう。両側から鞭を振るわれて、両肩や背中の肌が裂けるのを感じる。


「お前はここで死ぬんだ。そして私はあの麗しの姫君を手に入れるんだ。」


シオスは言いながら笑ったが、俺はそれを笑う。


「ジルを手に入れるだと?」


顔を上げてシオスを見る。


「俺が死んだらジルも死ぬぞ。」


シオスが驚いた顔をする。


「そんな事あるか!」


シオスが言う。俺は笑って言う。


「試してみれば良いさ、お前みたいなナヨナヨの男にジルは手に入れられないさ。」


シオスが叫ぶ。


「やれ!」


鞭が振るわれる。


「俺を痛ぶっても何も変わらないぞ?俺をこんなふうに扱ったお前がジルに嫌われるだけだ。」


シオスが顔を真っ赤にする。


「もっとだ!もっと痛めつけろ!」


鞭が振るわれる。


「シオス陛下、今ならまだ引き返せるぞ?俺とジルを解放しろ、そうすれば悪いようにはしない。」


シオスが引き攣ったように笑う。


「囚われている身で何が出来る!」


俺は笑ニヤリと笑って聞く。


「お前、俺の部下たちはどうした?」


シオスがたじろぎながら答える。


「お前の部下などその場に捨て置いたわ!」


やっぱりなと思う。


「しくじったな。」


言うとシオスが息を飲む。


「俺の部下は優秀だ。参謀を一人連れて来ている。目を覚ました部下たちがここを突き止めるのも時間の問題だぞ?」


シオスが叫ぶ。


「う、うるさい!」


俺は笑って言う。


「このまま俺を殺せば、ジルも死ぬ。俺を生かしておいても俺に会えなきゃジルは死んだも同然だ。逆にジルが死ねば俺も死ぬ。生きている意味無いからな。俺たちが死んだら俺の部下が体勢を整えてファンターネ国の精鋭部隊を引き連れこの国を潰しに来るぞ?今ならまだ間に合う。俺とジルを解放しろ。」


シオスは後ずさりしながら逃げて行く。溜息をつく。さて、どうしたものか。不意に脇に控えていた衛兵が言う。


「テオドール殿下、しばし、お待ちを。」


そして俺の両腕を吊るしていた鎖が下ろされる。手が痺れて感覚が無い。すると牢が開いて黒い長髪の男が入って来て俺の元へ跪く。


「テオドール殿下、私はパラベン王国、宰相のマーカス・ロートンと申します。」


どうやら一つ岩では無いようだ。


「我が国王がとんでもない狼藉を働き、大変申し訳ございませんでした。」


マーカスは顔を上げて俺を見る。


「姫君様はご無事でございます。陛下も私も指一本触れてはおりません。」


俺は背中や肩の傷の痛みに耐えながら聞く。


「これはどういう事だ?」


マーカスが言う。


「先のファンターネ国での夜会にてシオス陛下がテオドール殿下の奥方様を見初めてしまいました。それによりこんな事態に陥っております。私は陛下をお止めしたのですが、力及ばずに…。」


宰相が止めても聞かない国王か。笑えるな。


「私とてファンターネ国を敵に回す程、バカではございません。パラベン王国は弱小国にございます。先程、テオドール殿下の部下がここを突き止めると仰っておりましたが、それにはどれくらいの猶予が?」


俺は少し考える。


「目が覚めてから1、2時間で、シオスの謀略だと分かる筈だ。」


マーカスが驚いて俺を見る。


「そんなに早く?」


俺は思う。これだから戦った事の無い国は。


「お前たちが使った麻酔弾、あれにはホリアツスの花が使われているな?」


マーカスがまた驚く。


「昔の戦闘で麻酔弾を使われた事があってな。ホリアツスはその時に経験済だ。匂いで分かる。そして俺の参謀もその時一緒に居たからな。すぐに気付くさ。」


マーカスは何やら考え込んで、そして言う。


「テオドール殿下、しばしお待ち頂けますか?必ずや姫君様をここへお連れし、お二人を逃がす手筈を整えて参ります。」


俺は聞く。


「そんな事をしてお前は大丈夫なのか?」


マーカスは笑う。


「国王陛下はご乱心遊ばされたのです。姫君様の美しさに魅了され、姫君様がテオドール殿下を見上げるように自分を見てくれると、勘違いしておられます。姫君様がテオドール殿下をあのような麗しい瞳で見上げるのは、お二人の間に深い愛と信頼があるからこそだという事を国王陛下は知らないのです。お恥ずかしながら、我が国王は愛を知らない寂しいお人。私の事は心配には及びません。宰相として止めなければいけなかった事を止められなかった、その責任は取ります。」



お部屋に入る。姫君様がお目覚めになったら、テオドール殿下のことを伝えなければ。姫君様の目が動く。目覚める。そう思って見つめる。姫君様が目を開ける。驚いて言葉を失う。何と形容しようか、姫君様は目を開けただけだった。その瞳には何も映していない。まるで人形のように。


「姫君が起きただと?」


私は急いで姫君の居る部屋に行く。


「やぁ姫君、お目覚めはいかが…」


そこまで言って絶句する。体を起こしてはいるが、その表情は全くの無だった。その麗しい瞳には何も映していない。手にはあの男の銀髪。ツカツカと歩いて近付く。


「姫君!私を見ろ!」


言っても姫君は何も聞こえていないかのように虚ろな瞳でただ座っている。これではただの人形だ。私は姫君に手を伸ばす。途端、マーカスが止めに入る。


「お止め下さい、陛下!」


私はマーカスを振り払おうとした。けれどそれは叶わなかった。


「これはどういう事だ!マーカス!」


言うとマーカスは私を止めながら言う。


「姫君様のお心が壊れてしまったのでしょう。陛下がテオドール殿下が死んだと仰ったからです。」


怒りに身体が震える。これでは意味が無い。あのキラキラ笑う麗しの姫君が欲しかったのだ。あの熱を帯びた瞳で私を見つめて欲しかったのだ。


「どうしてだ!…どうして…!何故!あんな男のどこが良いというのだ!」


マーカスが言う。


「恐れながら陛下、このままでは事態が悪化する一方です。」


私は姫君に背を向け、手当り次第、物をぶち撒けて壊して行く。そして部屋を出る。あの男に会わなければ。



鎖が持ち上がる。


「陛下が来られます。しばしご辛抱を。」


衛兵が言う。ガラガラと鎖が俺の両腕を釣り上げる。完了した直後、シオスが現れる。


「テオドール!」


シオスは何やら急いで来たのか、軽く息が上がっている。


「姫君を元に戻す方法は無いのか!」


ジルを元に戻す?何の事か分からずにいると、シオスが叫ぶ。


「あれではただの人形だ!誰の声も聞こえず、何の音にも反応しない!瞳は虚ろでただ座っているだけ…」


言われて俺は思う。あぁ、ジルは閉ざしたんだ。全てを閉ざして閉じ籠っている。


「だから言ったろ?俺に会えなければ死んだも同然だと。」


少し笑って言うとシオスが怒鳴る。


「うるさい!女など宝石やドレスや花を与えてやればなびくものだろ!」


そう言うシオスが不憫になる。


「ジルにこの世の全ての宝石を与えても、この世の全ての花を与えても、この世の全てのドレスを与えても無駄だ。そんなものにジルは心を動かされない。ジルの心を動かす事が出来るのは俺だけだ。」


シオスが崩れるように膝をついて咽び泣く。


「陛下、このままではいけません。今のままではファンターネが攻め込んで来ます。大国ファンターネに攻め込まれれば我がパラベンなど数時間で落ちるでしょう。」


そしてマーカスは俺を見て聞く。


「解放したら、我々の助かる道は?」


マーカスが頷く。


「まぁ、無くは無いだろうな。ジルに指一本触れずに俺と共に解放したら、その時は俺も善処しよう。」


マーカスが頭を下げ、シオスに向き直り言う。


「陛下、ご決断を。」


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